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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第二章 皇国の大魔導師
25/65

25 賢者様退屈する

 久し振りに森の屋敷に帰ってきました。


 道中はみんな無口になっていました。

 いえ、リョウが来る前に戻っただけです。

 リョウがいるだけで、皆あんなに明るく賑やかだったのです。

 本を読んでも内容が少しも頭に入ってきません。つまらないのです。



 物語を読んで恋愛というものは知っているつもりでした。

 でも、私がリョウに抱いている感情が恋愛感情だとは、なかなか認めることができずにいました。

 嫉妬したり、心配したり、嫌われたくないと思ったり、初めての感情ばかりでした。

 いつも一緒にいたい、どこかに触れていたい、そんなことを思う自分が不思議でした。

 できることなら私がついて行きたかったです。


 いなくなって初めてわかりました。

 リョウがいた日常がどれだけ私に安らぎを与えてくれていたかを。



 書斎にこもっていても気が滅入るだけなので、外で術の練習を始めることにします。

 飛行術です。

 リョウが、私なら空を飛べるはずと言っていたので、挑戦してみます。


「キキョウ、術の練習をするので見ていてもらえませんか?」

「はい」


 二人で外へ出る。

「それで、何を始めるのですか?」

「飛行術です」

「危なくないですか」

「怖がらなければ大丈夫だとリョウが言っていました」

「そうはいっても落ちたら危ないですよ」

「あまり高くは飛びませんから、見ていてください」

「わかりました」


 まず一メートルほど浮いてみる。

 次は横に移動。

「おおーっ、すごいです」

 キキョウが驚いている。そのまま周りを回ってみる。


「今度はもう少し高く浮いてみるので、もし落ちたら受け止めてください」

「はい」

 三メートル、四メートル……

「そのへんにしておいてください、怖くて見てられません」

「あはは、はい」

 ゆっくりと下りてゆく。

「落ちたらケガをするんですからね」

「わかっています」


「次は、キキョウを持ち上げてみたいのですが……いいですか?」

「えっ、それはいくらなんでも……」

「力で持ち上げるわけではないので」

「で、ではどうぞ」


 キキョウに後ろから抱きつき、浮けと念じる。

 二人の体がゆっくりと浮かび始める。


「怖がってはダメですよ」

「でも…足の下に何もないのですよ、怖いにきまってます」

「そこを我慢するのです」

「そういわれても……」

「バランスが崩れます、動かないように」

「はい」

 二メートルほど浮いたところで前に進む。


「これは……楽しいです」

「うんっ、楽しいですね」

 ぐるぐる回る。

 リョウもきっと楽しいと言ってくれるでしょう。

 もっと練習して長く飛べるようになろう。


 そっと着地する。


「目が回りますよ」

「自信がついたので、あとは一人で大丈夫です」

「あまり無茶をしてはダメですよ」

「もし落ちたら空気でクッションを作ります」

「それでも気を抜いたらダメですよ」

「わかりました」



 でも、限界は知っておかないとね。

 上へ十メートルほど浮かび上がり、下を見てみる。

 これくらいなら怖くないですね。

 あと少し昇ってみよう、せめて森の向こうが見渡せるところまで。


 少しずつ高度を上げてゆく、あと少し…


「すごい!」

 初めて見る景色に驚く。遠くヒノ村が見える。

「なんてきれいなの……」

 リョウにも見せてあげたいな。


 しばらくは高く上がる練習だけを続けることにしよう。



 夕食後、これからどうするべきかキキョウと考えてみることにしました。


「王都の守りは宰相様にお任せするとして、私たちがすべきことは事実をはっきりさせることだと思います。不確定な要素が多すぎます。そのためにリョウは皇国へ行ったのですから」

「リョウは王国の民ではないのに……」

「カオル様の力になりたいと思っているのでしょう」

「無理をしないといいのですが……」

「リョウはなかなか思慮深いですから大丈夫だと思います」

「そうですか?」

「はい」


「実は、私は以前から宰相様に不満があるのです」

「えっ」

「宰相様はカオル様をないがしろにしています。国家魔術師や軍隊だけで事を運ぼうとされています。情報もこちらから求めなければ教えてもらえません。カオル様を甘く見ているとしか思えないのです」

「それは……」

「そちらはそちらで勝手にやってくださいと言われているようなものです」

「ああ、そういうことになるのですか。私はそんなふうに思ったことはありませんでした」

「それはカオル様がまだ若く、素直すぎるからです。もっとひねくれた考え方も覚えるべきです。それに私からすればカオル様が何もそこまでしなくてもと思ってしまいます。本来、騎士も魔術師たちも自分たちの愚かさには自分たちで気付くべきだったのです」

「そう…ですね」

「騎士も魔術師も堕落してしまっています。このまま戦争になっても、まともに戦えないでしょう」

「そうなのですか?」

「私はそう思っています。そしてそれは本来、宰相様が正すべきことなのです」

「わかっていても、見ていることしかできないということですか、それでは無責任ではありませんか?」

「カオル様の意見を素直に聞き入れると思いますか?」

「……そうですね」

「それでも共和国が条約を守る限り、戦争には勝てるでしょう。多くの犠牲者が出るでしょうけど。ですがその後のことを考えてみてください。より一層堕落が進むとしか思えません。戦う相手がいなくなるわけですから」

「そうなりますか」

「間違いなく」


「はぁーっ」


「リン様が守ろうとした王国はどうなってしまうのでしょうか」

「国民の自覚が大切だと思います。もっと危機感を持つべきです。学校の生徒たちのように」

「困ったものですね」

「同感です」



「それにしても…リョウがいないと何て退屈なのでしょう」

 キキョウがニヤリと笑いました。


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