21 賢者様冗談を言う
お屋敷に帰ってきた。
「何があったのか説明してください」
僕は競技場で起きたことを説明した。
「ずっと気になってたんだ、何か見落としてる気がして」
「どういうことですか?」
「帝国から直接王国にトビラは開けなくても、あっちからならそれができるということだったんだ」
「魔物を一旦あちらに送って、そこから競技場に送り込んだということですね」
「あっちをイメージするとき何を拠り所にしたの?」
「人の魂がたくさん集まっている所です」
「それで魔物が現れるのは都市部に限られてたのか……
あのね、あっちで魔物が現れるのは人口の多い都市だけだったんだけど、都市は警備が固いからすぐに倒されてたんだ。
でもさっき魔物を送り込めたということは、帝国はあっちのどこかに人目につかずに魔物を捕らえておける場所を確保したんだと思う」
「そんな……」
「でも、あっちからではあのタイミングで競技場の、しかもあの場所にトビラを開くことは不可能だから、競技場の中に敵の魔術師がいると思ったんだ」
「どんな人でした?」
「うーん、それが目しか記憶にないんだ。すごく冷たい目をしてた。たぶん意識操作の術を使ったんだと思う」
「だいじょうぶですか?」
「うん、だいじょうぶ。でも目的がよくわからないんだ。被害を与えることが目的なら他にもっとやり方があると思うし、示威行為だとすれば名乗るはずだよね」
「確かに、あれを見ただけでは魔物が突然現れたとしか思えませんね」
「あれを誰がどうやって倒すのかを確認しに来たということでしょうか」
「それに、ちょっと気になったんだけど、さっきの魔術師は本当に帝国の魔術師だったのかな?」
「理由は?」
「僕が帝国の魔術師かって聞いたら、それは意味のない質問だって言われたんだよ」
「どこの魔術師でも関係ないという意味なら、今回のことはその人の意思でやったことで、国は関係ないということになりますか」
「そういう意味なのかな」
「そうか……例えばだよ、もともと帝国にはトビラを使える魔術師はいなくて、さっきの魔術師が例の皇国の大魔導師だったとしたら?」
「……帝国に協力するかわりに皇国が戦争に巻き込まれることを回避しようとしていると考えることはできますね」
「いずれにしても相手がどこの魔術師なのかは常に両方の可能性を考えておかないといけませんね」
「そうですね」
「宰相様にはどこまで話すべきなのかな?」
カオルちゃんの顔が曇る。
「リョウの実力を目にした上で、さらにあちらの人間だと分かれば、宰相様はリョウを国家魔術師として迎えようとすると思います。国家魔術師というのは大変名誉なことなので、リョウが望むなら私はかまわないのですが……」
「そんなのは絶対にいやだよ。名誉とか出世とかまったく興味ないし、ただみんなと普通に暮らせればいいんだ」
カオルちゃんの目が細くなる。
(えっ、なんで?)
「キキョウ、そういう男の人をどう思います?」
「いやぁ、そんな男性にはぜんぜん魅力を感じませんねぇ」
「そうなりますね」
「そんな……」
「冗談にきまってます」
「「あははは」」
「もーっ、カオルちゃんが冗談を言っても冗談に聞こえないんだからね」
「そうなんですか?」
「うんっ……冗談はさておき、宰相様にはリョウのことは秘密にして、今後いつ王都に魔物が現れてもおかしくない、ということをお話ししなくてはなりませんね」
「そうですね、それと学生だけでなく騎士と魔術師の訓練も必要になると思います」
「それで、わだかまりがなくなるといいんだけど」
翌朝、魔術学校の三人がやってきた。
「「「おはようございます」」」
「おはようございます。何か用でも?」
「はい、昨日あったことを報告しようと思いまして」
「では中へどうぞ」
「キョウスケと申します、お見知りおきを」
「スズネと申します。お会いできて大変感激しております」
「二人とも、そんなに固くならなくていいよ」
「でも、賢者様と直接お話しができるなんて夢のようです」
「楽にしてください」
タカシくんが昨日のことを話してくれた。
「昨日あの後、騎士学校の生徒たちと食事をすることになりまして、夕方、カモメ亭に集まったのですが、最初の話題はやはりあの魔物のことになりました。
模擬戦のことやリョウとキキョウさんの戦いぶりも含めて、あの魔物は騎士と魔術師が協力しないと倒すことはできないという結論になりました」
「それはいい判断です」
「それから合同訓練の話になりまして、できるだけ早く始めるべきだということになりましたが、効率とかを考えると、この夏休みに集中的にやるのが最も効果的だろうという結論になり、学校側に申し出ることになりました」
「もっともです」
「あとはリョウとキキョウさんの戦いをみんなが絶賛して、あんな戦いができるようになりたいと意欲に燃えていました」
キョウスケくんが口を挟んだ。
「キキョウさんは騎士学校では伝説の人らしいですよ」
「えっ、どういうこと?」
キキョウさんが微妙な顔をしている。
「なんでも、女性でありながら主席で卒業した、美しき最強の女剣士、だそうです」
「おおーーっ、さすがキキョウさん」
「昔の話です」
キキョウさんが照れくさそうにしている。
「それで、俺も剣術を習おうと思います」
「それはいいですね」
「国家魔術師は賢者様に対して嫉妬したり劣等感を抱いたりしてるみたいなんだけど、スズネさんはどう思ってるの?」
「賢者様は気高く美しく聡明で、その上強くて雲の上の存在ですから、憧れることはあっても嫉妬したり劣等感を抱くなんてありえません」
「みんなスズネさんみたいならいいんだけどね」
「我々の世代が国家魔術師になればそんなことはなくなると思います」
「期待してますよ」
「まかせてください」
三人が帰っていった。
「なんかうまくいったみたいだね」
「そうですね、何とかなったようで良かったです」
「次は、宰相様か」
「そうなりますね」
「僕はただの使用人だけど、普段カオルちゃんとキキョウさんに稽古をつけてもらっているから戦える、ということでいいよね」
「はい」
「話すのはカオルちゃんに任せて、質問されたこと意外は話さない、マズいことは、わからないでごまかす」
「そういうことで押し通しましょう」
「了解です」
翌日、王宮へ到着。
初めてなのですごく緊張する。
それでも今回は王様に会うわけではないから少しは気が楽だ。
応接間に通された。
そこには宰相様以外に四人の人が集まっていた。
「今回は公式の会議ではないので楽にしてください。ただし、ここでの話の内容は絶対に秘密にしてください。
私は今回司会を務めさせていただきます筆頭国家魔術師のスガワラです。
僭越ながら私からみなさんを紹介させていただきます。
あちらから、軍隊を代表してイシカワ将軍、騎士学校のナカガワ校長、魔術学校のニシダ校長です」
「これは執事のキキョウ、あちらが下男のリョウです」
「ではさっそく、始めさせていただきます。まずは生徒たちがあのような試合を開くことになった経緯を説明していただきたい」
「では私からご説明します」
先に口を開いたのは魔術学校の校長だった。
「もともと魔術学校と騎士学校の生徒はライバル意識が強く、一部の生徒から丁度良い機会なので一度騎士学校の生徒と試合をしてお互いの実力を測ってみてはどうかという提案があました。他の生徒もそれに同調する形で騎士学校の生徒に試合を持ちかけましたところ、騎士学校の生徒もそれに応じたということです」
「それで間違いありませんか?」
騎士学校の校長が応える。
「私が聞いたところでは魔術学校の生徒から一方的に試合の申し入れがあり、断わるわけにはいかなかったということでした」
「なるほど、大体わかりました」
「次に賢者様に昨日のことを分かる範囲でご説明願いたいのですが」
「トビラのことは皆さんご存知なのですか?」
「先ほど私から説明しておきました」
「わかりました。あの場にあのタイミングでトビラが開かれたということは、競技場のどこかに敵の魔術師がいたということになります。そして今後いつ王都に魔物が現れてもおかしくないということです」
全員が驚きの表情をした。
「ここからはあくまで推測になりますので、そのつもりでお聞きください。
仮に相手が帝国だとして、帝国には魔物を操れる魔術師がいる可能性があります。
それから魔物は別の世界から送り込まれた可能性があります」
「なんということだ……」
「今私が申し上げられるのはこの程度です」
「わかりました」
「これは大変なことになりましたな」
「それは後で協議することにして……それでそちらの二人は魔物と戦ってみてどうでした、率直な感想を聞かせてもらいたいのですが」
「キキョウ、お話しして」
「はい、騎士だけで倒そうとすると被害が多く出ると思います。昨日はリョウの魔術に助けられ倒すことができました」
「リョウ」
「はい、魔術であの魔物に止めを刺すのは難しいと思います。そこまでの威力の魔術は修得するのが大変ですから、やはり騎士の方に止めを刺して頂くべきかと」
「なるほど、騎士と魔術師が協力して戦うことが必要ということですな」
「「はい」」
「それで、先日私が公開した空気砲の術ですが、あれをできるだけ早く魔術師の方たちに身に付けていただけるようお計らいください」
「わかりました」
「後は我々で協議しますので賢者様はお帰りください」
「森へ帰ってもよろしいでしょうか」
「念のため、明日一日王都に留まっていてください。連絡がなければそのままお帰りいただいてかまいません」
「わかりました。では下がらせていただきます」
「ふぅーっ、緊張したー」
「あはは、初めてですから無理もありません」
「あれでよかったでしょうか」
「うん、今話せるのはあんなところだよね」
「無難なところでしょう」
「おつかれさまでした」
「「はい」」




