20 賢者様激怒する
競技場には思った以上に多くの人が詰めかけていた。
「学校関係者だけじゃなかったんですか?」
「きっと家族も来ているのでしょう」
「なるほど」
貴賓席に数人の人たちが入ってきた。
「宰相様もおみえになったようです」
「どの人ですか?」
「玉座の左側に座ったのが宰相様です、他は軍人や魔術師、それに大臣の方たちですね」
「へーっ」
「ただ今より騎士学校対魔術学校の代表選手による模擬戦を行います。選手入場!」
大きな声が場内に響いた。
東西の入り口から双方の選手たちが一列になって入場してくる。
会場全体から歓声があがる。
魔術学校側はタカシくん、キョウスケくん、スズネさんの順だ。
中央で三メートルほどの距離を置き立ち止まると、向きを変え貴賓席に向かって全員が深々とお辞儀をした。
「用意」
双方の選手が十メートルほど距離をとった。
騎士学校はやはり一対一を選択したようだ。
それに呼応して魔術学校の方も動いた。
相手の体格に合わせるように並び方を変え、向かい合った。
「はじめっ!」
掛け声と同時に騎士学校の三人が突進する。
ばんっ、という音が同時に三つ、放たれた空気砲が三人に命中した。
(合図の前から溜めてたのか、いい作戦だ)
不意を突かれた三人は転がった。膝をついたまま呆然とする三人。そこへ竜巻が襲い掛かり、一人が巻き上げられて宙に浮く。
あとの二人がまた突進を開始するが突然足元に穴が空き一人が落ちた。残った一人がタカシくんに迫る。しかし横からスズネさんがもう一度空気砲を撃つ。
ばんっ。
「ぐっ」
今度はかなり後方へ飛ばされた。
(さすがスズネさんだ)
竜巻で落とされた生徒が起き上がりキョウスケくんに向かうが風のバリアに守られたキョウスケくんに近づくことができない。
(ここまででかなり魔力を消耗したな)
穴から這い出し突進してきた生徒がスズネさんを狙って剣を振る。
ガキッ、タカシくんが短剣で受け止め、相手の腹に蹴りを入れた。
双方が一旦離れた。全員肩で息をしている。
すると突然、双方が向かい合うその中央に青白い光が浮かび上がった。
光はトビラの形になり、そこから二足の魔物が現れた。
全身真っ白な毛で覆われ、口には二本のキバが生えている、目は真っ赤だ。
「グオオォォ!!」
魔物が吼え、空気が震える。
場内からいくつもの悲鳴があがった。
(まずいっ)
キキョウさんと二人で駆け出す。
魔物はゆっくりと辺りを見回し、いきなり騎士学校の一人に襲い掛かる。剣で受け止めようとするが太い腕に弾き飛ばされた。
《霧を》
スズネさんに念話を送る。
《はいっ》
たちまち魔物を霧が包み込む。
次はタカシくんに
《みんなを逃がして》
《はいっ》
僕とキキョウさんが中央に辿り着くと、突風が吹き霧が晴れる。
《ナイス》
キョウスケくんに念話を送り、手ぶりで逃げるよう促す。
恐怖で足がすくみそうになるのを何とかこらえつつ正面に立つ。
キキョウさんは僕から三メートルほど離れて剣を構えている。
(おちつけ)
魔物が僕を狙って迫ってきた。キキョウさんが位置を変える。
右手を上げ、狙いを定めて空気砲を撃つ。
ばんっ!
魔物は尻餅をつき後ろに倒れた。
両手をついて起き上がろうとするところをグラビティで押さえ込み間合いを詰める。
「右腕いきますっ!」
「了解!」
ふた手に別れて回り込み、僕は右腕、キキョウさんは左腕に切りつける。
「ギャアッ!」
魔物の体勢が崩れ、頭が地面をこすった。
「セイッ!」
キキョウさんの渾身の一撃が首を切り裂く。
魔物はズンッと音を立てて崩れ落ち、やがて動かなくなった。
静まりかえる場内。
振り向いてみんなを確認する。
タカシくんがさっき倒れた騎士学校の生徒を助け起こしながら、右手を挙げてこたえる。
(よかった、無事だ)
「うおおおおおーーーーっ」
いきなり大歓声が湧き起こった。
「よくやってくれました」
振り返ると宰相様が二人の騎士を伴って立っていた。
「宰相様」
キキョウさんが深々とお辞儀をする。
「そちらは?」
「下男のリョウと申します。お目にかかれて光栄です」
キキョウさんに倣ってお辞儀をする。
「なるほど…それにしても見事な戦いぶりであった」
「お褒めに預かり恐縮です」
「明日の午後、賢者様と三人で王宮へ来るように」
「「はい」」
場内を見回す。どこかに帝国の魔術師がいるはずだ。
《お前は何者だ》
念話が届いた。
《ずいぶんと間抜けな質問ですね》
《なるほど》
《あなたは帝国の魔術師ですか》
《それも意味のない質問だな》
見つけた、目が合った。
とたん、戦慄が走る。なんて冷たい目だ。
恐怖に負けそうになるのをぐっとこらえる。
(これは…意識操作か)
《耐えるか。賢者以外は取るに足らぬと思っていたが》
《私程度の者はいくらでもおります》
《さっきの術はお前が編み出したのか》
《賢者様です》
《おもしろい、またいつか会おう》
消えた。
追うことはできないだろう。
「どうしました?」
「今、敵の魔術師と話しました」
「えっ!」
小さな歓声が聞こえた。
そちらへ目をやると、何とカオルちゃんが二人のメイドを連れてこちらにやってくるところだった。
「一体何があったのですか?」
「カオルちゃんこそどうして」
「トビラが開くのを感じたので心配になって」
「だいじょうぶだったよ」
カオルちゃんはチラッと魔物の死体を見て言った。
「これのどこがだいじょうぶなんですかっ!!」
「あははは」
「笑ってごまかさないでください!!」
思いっきり怒られた。
「……ごめんなさい」
いつの間にかみんな集まってきていて、揃って苦笑いを浮かべていた。




