17 賢者様ため息をつく
夜遅くキキョウさんが帰ってきた。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい」
「お疲れ様でした」
「それで何かわかりましたか?」
「ええ、でも今日はもう遅いですし、もう少し整理してからお話ししたいと思います」
「では、明日ということで」
「はい」
翌朝早く宰相様から手紙が届いた。
明日の午後、王宮に出向くようにという内容だった。
そして、驚いたことに使いの方と入れ違いにタカシくんがやってきた。
「おはようございます、突然の訪問をお許しください」
「一体どうしたんですか?」
「とりあえず中へ」
「ありがとうございます」
「学校は?」
「休講になりました」
「「えっ」」
「高等科の生徒たちはこれから生徒集会を開くことになっています」
「先生は?」
「職員会議だそうです」
「何があったのか説明してください」
カオルちゃんが口を開いた。
タカシくんが説明する。
「賢者様が帰られた後、生徒代表として報告書を受け取りに校長先生のところへ行くと、二部とも国家魔術師が持って行ってしまったと言われました。
そして、明日は職員会議で一日中休講にするので、生徒は自習するようにと言われたので、会議の内容を訊ねると、報告書と騎士学校の件だと言われました。
戻って生徒たちにそのことを伝えると、生徒集会を開こうということになりました。
それで、できるだけ早く賢者様にお報せしておいた方がいいと思いまして、失礼を承知で早朝から参った次第です」
「よく報せてくれました。あとで生徒集会の内容も報告してもらえますか?」
「もちろんです」
タカシくんが帰っていった。
「何が起きてるのかな」
「国家魔術師を敵に回した可能性があります」
「「えっ」」
「昨日私が仕入れてきた情報とも関係があるので、お話しします」
「騎士学校と魔術学校について騎士仲間から聞いたところでは、帝国の脅威が増したことで軍事費や騎士学校の予算は年々増額されているとのことでした。それに比べ魔術学校の予算は据え置きどころか減額を迫られているそうです。
魔術学校の校長としては魔術の有用性をアピールする機会がほしかったのでしょうね。そこであの模擬戦ということになったのだと思います。結果的には負けたのですが、ミウラさんが受けた評価は高く、それなりの効果はあったようです」
「それで模擬戦の後、校長の機嫌が良かったのか」
「ところが、それが気に入らなかったのが国家魔術師だったようです」
「魔術をアピールできたのだから良かったのでは?」
「相手がカオル様ではなく国家魔術師だったならということです」
「どういうことですか?」
「前にも話したように、魔術師たちは賢者様に劣等感を抱いています。それに、平和が長く続いた弊害とでもいいますか、現状では魔術師だけでなく騎士さえも名を上げる機会がないのです。従って名誉を与えられることもなく、ただ鍛錬に明け暮れる日々が続くだけで、目的を失っているのです。
それが、これまで表に出ることのなかったカオル様が、あのような形であれ一躍王都の人々の注目を集めることになり、魔術師たちのプライドは傷つき嫉妬したのだと思います」
「そんなこと……」
「それで今回、カオル様の講義が開かれるということで国家魔術師が乗り込んできたのだと思います。カオル様の存在感が増すことに焦りを感じたのでしょう。
結果的に今回も生徒たちから大きな支持と人気を集めてしまい、存在感を示されたことが余計に彼らの劣等感を煽ったと考えられます」
「魔術師のトップは国家魔術師であるべきと考えるのは当然でしょうね、それが圧倒的な力の差を見せつけられては穏やかではいられないか」
「そういうことになりますね」
「学校側の立場も微妙でしょうね。生徒が目指しているのは国家魔術師なわけですよね」
「そうです、国家魔術師は皆卒業生ですし、関係を悪くするわけにはいきませんからね」
「どうしてそうなるのでしょう」
「明日、宰相様が何をおっしゃるつもりなのかも気になります」
「生徒たちの動向もね」
夕方、タカシくんがやってきた。
「遅くなりました。生徒集会の結果を報告しに来ました」
「それで、どうなりました?」
カオルちゃんが訊く。
「はい、私達生徒は国家魔術師に対して報告書の返還を求めることになりました。そして、騎士学校との合同訓練の件は、訓練を始める前に試合を申し込むことに決まりました」
「なぜ試合をしなくてはいけないのですか?」
「申し上げにくいのですが、もともと私達魔術学校の生徒は騎士学校の生徒からばかにされているのです」
「キキョウ、それは本当ですか?」
「そうですね、残念ながらそういうところがあります」
「はぁーっ」
カオルちゃんがため息をつく。
「それで、いきなり合同で訓練といわれましても、わだかまりがありますので、いっそ試合をしてどちらが優秀かはっきりさせようということになりました」
「はぁーっ」
「も、もちろん私は止めたのですが、一部の生徒がどうしても納得してくれなくて……」
「ですから私は、両者が力を合わせることを……はぁーっ」
「報告ありがとうございました。明日宰相様と会うことになっていますから相談してみます」
「ありがとう」
「いえ、当然のことです」
手を振って別れた。
「前回の模擬戦も、今回の講義も、宰相様は許可してるわけだし、宰相様にはあまりこだわりはなかったと思っていいのかな」
「宰相様も魔術師たちの感情にまでは思いが及ばなかったのでしょう。ただ、許可なく新しい術を公開したことを咎められる可能性はありますね」
「ごめんね、僕があんなことを言い出さなければこんなことにはならなかったのに」
「リョウのせいではありません。それに私も必要なことだと思いましたから」
「ありがとう、でも、そういうことだと前もって報告していても許可されたとは思えないね」
「なぜですか」
「魔術師たちが自分達の知らない術が生徒に公開されることを許すとは思えない。だから報告書を持って行ったのだと思う」
「校長の出方も気になりますが、生徒たちがあまり無茶をしないといいですね」
「はぁーっ」
「がまんするんだよ」
「はい」
「いってきます」
翌日の午後、二人を見送ってから僕は魔術学校の校長を訪ねた。
校長は嫌な顔もせずに迎えてくれた。
「率直に申し上げて、今後賢者様が講義を行うことはないと思ってください」
「やはり、そうなりますか」
「はい」
「仕方ありませんね」
「校長先生にはこうなることが予測できなかったのですか?」
「まさか、ここまで国家魔術師がひねくれているとは思いもしませんで……」
(また本音が……)
「でも、みなさん卒業生なのでは」
「いつの間にこうなったのでしょうか」
「あと一つお聞きしたいことがあります。あの模擬戦の相手は初めからカオル様の予定だったのですか」
「いいえ、当初は国家魔術師の方にお願いしたのですが断られまして、そのかわり賢者様が王都におみえになった時にお願いしてみてはと勧められ、宰相様にも取り計らっていただきました。ミウラ君や他の生徒、教師たちもとても乗り気になって、無理を承知でお願いした次第です」
「勝つ気はあったのですか?」
「もちろんです。いや、ミウラ君は優秀ですからひょっとしたら、とは思いました」
「なるほど」
夕方、疲れた顔で二人が帰ってきた。
キキョウさんが説明してくれた。
今回の術は生徒にも公開するが、今後新しい魔術を公開したいときは魔術院を通して公開すること、公開の時期は魔術院に一任すること、むやみに生徒を扇動しないこと、などを約束させられたそうだ。
生徒の試合は一週間後、競技場で行う。合同訓練は様子を見ながら随時行うということに決まったらしい。
僕は校長先生の話を報告した。
「結局、初めから魔術学校に悪意はなかったみたいです」
「校長先生は信用できる方のようですね」
「そう思います」
「それで、試合はどうします?」
「私は早く帰りたいですけど」
「見に行かないわけにはいかないでしょうね」
「ですよね」
「はぁーっ」
「「あははは」」