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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第一章 王国の賢者
16/65

16 賢者様講義をする

「ほんとにあれを教えてもらえるのですか?」

 ほとんどささやくように訊いてくる。

「はい、それで、タカシくんには手伝いをお願いしたくて」

「俺でよければ、喜んで」

「ありがとうございます」


 タカシくんに今日の手順を説明する。


「俺にも使えるでしょうか」

「はい、意外と簡単なんですよ」

「それは嬉しいですね」

「皆さんに強くなってもらいたいというのが賢者様の願いですから」

「感謝します」

「それは賢者様に言ってください」

「はい」



 応接室に案内され、お茶をいただく。

 もちろん僕はみなさんとは別のテーブルだ。


 国家魔術師らしき人がカオルちゃんに質問しているのが聞こえる。


「今日は一体何の講義をされるおつもりですか?」

「魔術の基礎をお話しするつもりでいます」

「そう言ってはなんですが、高等科の生徒に今更基礎など教えても……」

「私も最近わかったことですが、わが国の魔術や魔法は固定化されすぎていると思うのです」

「どういうことですか?」

「柔軟性がないということです。一つの結果を導くための方法は一つだけでしょうか」

「ちがうのですか?」

「ちがいます。例えば水を呼び出すとき、その水はどこからくると思いますか?」

「いえ、それは考えたこともありませんが……」

「そこなのです、古くから伝わってきた方法を何も考えずに使っていますね。どこからともなく湧いてくると」

「そうですが」

「ところが水は狙ったところから呼び出すこともできるのです」

「そんなことができるのですか?」

「はい、例えば、あなたの体の中からも」

「………」

「そういったことを今日はお話ししようと思っております」


「そろそろお時間です」

「はい」




「賢者のタチバナカオルと申します。本日はお招きにあずかり大変光栄に存じます」

 いよいよカオルちゃんの講義が始まった。


 カオルちゃんの講義は魔術の理論を今一度生徒のみんなに理解してもらうためのものだ。

 基本理論から始めて、基礎、応用の仕方、そのための知識の必要性を解説した。


「最後に、私は魔術師はあくまで騎士を補助する役割だと考えます。少人数の敵ならば魔術師だけで倒すこともできるでしょう。しかし、戦場においては戦い続ける必要があります。

 闇雲に魔術を使っては、すぐに魔力が尽きてしまいます。魔力の尽きた魔術師など足手まといにしかなりません。

 いかに効率良く、長く戦い続けられるか、それが戦場において魔術師に一番求められるものだと思います。

 従って、私は皆さんに騎士学校の生徒との合同訓練をお勧めします」

「えーーーっ」

 生徒たちから嘆息が漏れる。

 校長がうろたえている。


「納得できないようですね、では」

 カオルちゃんが僕とタカシくんに目配せをする。

 二人で中庭での戦いを再現することになっている。

 離れて向き合い合図を待つ。


「これからこの二人に戦ってもらいます。よく見ていてください」

「おおおーっ」

 生徒たちから喚声が湧き上がる。


「はじめっ」


 今度も一瞬で間合いを詰め短剣を突きつける。


 全員が呆然としている。


「騎士ならば、これくらいのことはできるのです。魔術師がいかに無力か分かってもらえましたか?」

 静まり返る教室。

 カオルちゃんがダメ押しする。

「見てもわかるように、ミウラさんの相手をつとめたのは騎士ではありません。ただの平民の私の使用人です。言ってる意味がわかりますか?」

 ますます静まり返る教室。青ざめる教師たち。


「学校の方針もあるでしょうから、この件につきましてはここまでとします」


「ここで私からみなさんに贈り物があります」

「………」

 全員呆けていてカオルちゃんの言葉が理解できていないようだ。


「先月の模擬戦のときに私が使った防御の魔術を皆さんにお教えします」


「おおおおおーーーーーっ」

 一瞬遅れて大歓声が湧き起こった。



「あの術を身に付けるためには、その基本となる別の術を覚えてもらわなくてはなりません。術の名は空気砲。今から体で感じてもらいます」

 そう言うとカオルちゃんは生徒に向かって両手を突き出す。


「まずは風です」

 たちまち風が生徒に向かって吹きつける。

「次が空気砲」

 ばんっと音がした。

 生徒たちの頭がのけぞる。

「違いがわかりますか?」


「風は空気をそのまま押し出すだけです。それに対し空気砲は、圧縮した空気の塊をぶつけるということになります」

 またカオルちゃんが僕たちに目配せをする。

 今度はタカシくんがカオルちゃんに向って立つ。僕はその後ろだ。


「いきます」

 ばんっ。

 タカシくんの体が吹っ飛んだ。それを僕が空気のクッションで受け止める。


「おおおーっ」

 生徒たちが興奮している。


「これが使えるようになれば戦いに余裕が生まれます。空気砲で牽制し時間を稼ぐことで、仲間が強力な魔術を発動させることができます。騎士が切り込む隙を作ることも、矢を打ち落とすこともできます。発動までの時間が短いことと魔力の消費が少ないのが特長です」

「おーっ」

「初めは空気を圧縮する練習からです。次にそれを撃ち出す練習をしてください。空気砲ができるようになったら次の段階に進みます。

 空気バリア。あの防御の術の名前です。空気砲のように打ち出すのではなく圧縮した空気を空間に留めておき圧縮し続けることで空気の壁を作ります。壁型でもいいですし、ドーム型でもいいです。状況に応じて変型させることが大切です」


 こんどはタカシくん一人に目配せをする。

「どうぞ」


 タカシくんがカオルちゃんに突進するが、見えない壁にはじかれて尻餅をついた。

「こんなかんじです」

「おおおおーーーーっ」


「詳しいことは報告書にまとめておきました。校長先生に渡しておきますので、みなさんで書き写してください。それとたぶんミウラさんは空気砲は使えると思いますので、教えてもらってください」


「えーっ」

 タカシくんが驚いた。

「本当ですか?」

「試してみては?」

「はい」


 生徒たちが固唾を呑んで見守っている。


 ぱんっ、と軽い音がした。威力はないが確かに空気砲だ。

「これでいいですか?」

「木の実も落せそうにありませんね」

「あははは」

(あははは)



「以上で私の講義を終わらせて頂きます。ご静聴ありがとうございました」

 カオルちゃんがゆっくりとお辞儀をした。

 盛大な拍手と、われんばかりの歓声が湧き起こった。


 タカシくんが駆け寄ってきて僕の両手を掴み、何度もありがとうと繰り返した。

「ですから、お礼は賢者様に」



 応接室に戻ってきた。

「いやぁ、なんとも素晴らしい講義でした。ありがとうございました。目からウロコとはああいうことをいうのですね」

(わざとらしいな)

「こちらこそ、貴重な経験をさせていただきました」

「もしよろしければ、これからも定期的にお願いできないでしょうか」

「考えてみます」

「どうかよろしく」

「校長先生も、騎士学校との合同訓練のことよろしくお願いします」

「わかりました。宰相様にも相談してみます」

「そうですね、それがいいと思います」

「新しい魔術の報告書を二部用意しましたので、一部は学校で保管してください。もう一部は国家魔術師の方にお渡しください」

「ありがとうございます。確かにお預かりしました」


「では、玄関までお送りしますので、ついてきてください」


 玄関前は生徒であふれていた。

「賢者様ー」

「カオル様ー」

 すっかり人気者だ。


 見送りの人たちにお礼を言って。用意された馬車に乗る。

 タカシくんも手を振っている。

(今日はありがとう)



「おつかれさま。がんばったね」

「はい、ほんとに疲れました」

「大勢の人は苦手だもんね」

「はい」

「そういえば、学校に通ったことあるの?」

「一度もありません。すべてリン様から教わりました」

「そうなんだ」

「……」



 そっと手を握った。


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