13 賢者様は焼肉派
中庭で五メートルほど離れて向き合う。
「準備はいいですか?」
「「はい」」
「では、はじめっ」
ミウラくんが念じ始める。
(土系か、遅い)
身体を強化し一気に間合いを詰め、短剣を相手の鼻先に突きつける。
目を大きく見開き呆然と立ち尽くすミウラくん。ダメ押しに空気で押すと尻餅をついた。
「そこまで」
「戦場なら今ので死んでますよ」
「そ、そうですね」
「それに、土系の術を使おうとしましたね。そんなことをされては、せっかく手入れした庭が荒れてしまいます。その術を選択した時点で友達失格です」
「た、確かにその通りです……思慮が足りませんでした」
手を差し伸べると両手でつかんできた。そのまま引っ張り起こす。
「あなたの魔術は発動に時間がかかりすぎです。もっと早くできないと相手に読まれてしまいます。それと、その体格を活かす体術を会得すれば、もっと強くなれるはずです。剣術でもかまいません」
「わかりました」
「私たちは王国の民として、この国を守る義務があります。共に力を合わせて戦うため、私も鍛錬に励みますから、あなたも一層勉学に励んでください。
いろいろ生意気なことを申しました。失礼をお許しください」
(いいかげん手を放してほしいんだけど…)
「いいえ、とんでもありません。私こそ、自惚れ、思い上がっておりました。おかげで目が覚めました。ありがとうございますっ!!」
ミウラくんがいきなり抱きついてきた。
「ちょっと、苦しいです」
「すいません、つい」
目には涙が浮かんでいる。
(案外いい人かも)
「あの、あなたは本当に男性なのですか?」
「えっ?」
「いえ、その美しい顔立ち、あの身のこなし、それに加えて冷静な判断、賢者様の使用人でなければ従者に迎えたいほどです」
「「「「ええええーーーっ」」」」
「賢者様は諦めます、その代わりあなたと、まずは友達から……」
(からって言った? からって……)
「そろそろ出発しないと日暮れまでにオオクワ村に着けません」
(キキョウさんありがとう)
「そうですね、さっさと出発しましょう」
(カオルちゃんもフォローしてくれる。当然か)
ユウガオさんとミウラくんに見送られ、王都を立ち去る。
今日はカオルちゃんと二人並んで馬車の中だ。
「リョウは男の方にもモテるのですね」
「あのね、そもそもああなったのは誰のせい?」
「まさか…あんなことになるとは思わなかったので……」
(なぜ顔を赤くする)
軽くゲンコツでカオルちゃんの頭をたたく。
「ごめんなさい…」
そっとカオルちゃんの小さな手に自分の手を重ねる。
カオルちゃんがもたれかかってきた。
やっと森のお屋敷に戻ってきた。
ずいぶん久し振りな気がする。
まずはヒルガオさんに新しい術を覚えてもらおう。
焼肉パーティーもしなくちゃ。
お母さん元気だったかな。
「おかえりなさいませ」
アサガオさんが迎えてくれる。
「ただいま」
「変わったことはありませんでしたか」
「はい、なにも」
向こうへ行っても遅くなるから、今夜はこっちで泊まっていこう。
次の朝、トビラを開いてもらって、みんなで僕の家へ行く。
お母さんはもういなかった。帰ってきたことをメールしておく。
交替でシャワーを浴びた。
アサガオさんとヒルガオさんが洗濯を始める。
お昼にお母さんから電話があった。
「おかえりー」
「ただいま」
「大丈夫だった?」
「うん、みんな元気だよ。今夜は?」
「通常勤務だよ」
「じゃあ焼肉でいいかな」
「いいね、キキョウちゃんも一緒?」
「うん」
「じゃあ、ビール買っといて」
「わかった」
「じゃあね」
「うん」
電話を切るとカオルちゃんとキキョウさんが僕を見ていた。
「使ってみたい?」
「「はいっ」」
「あはは、じゃあお母さんにかけるね」
「ごめん、カオルちゃんとキキョウさんが電話したいって言うから」
「いいよ昼休みだから」
「替わるね」
スマホをカオルちゃんに手渡す。
「カオルです」
「おかえり、ごはんちゃんと食べてた?」
「はい、頑張って食べました」
「よしよし、久し振りに会えるね、待っててね」
「はい、お帰りをお待ちしてます。キキョウに替わりますね」
「キキョウです」
「久し振りー、お疲れ様でした。リョウのことありがとう」
「いいえ、またいろいろとリョウに助けてもらいました」
「そうなの?」
「はい」
「後でゆっくり土産話聞かせてね」
「はい」
「リョウにビール頼んどいたから」
「お待ちしてます。リョウに替わります」
「ありがとう」
「どういたしまして」
「じゃあ」
「すごいですね」
「何が?」
「スマホ」
「向こうにも似たようなのあるんでしょ?」
「あるにはありますけど、こんなふうに本当の声が聞こえるわけではありません」
「うん、テレパシーだもんね。あっ、そうだ、ちょっとやってみて」
「えっ」
「だから、僕に話しかけてみて」
「いいですよ」
《リョウ? 聞こえますか》
《おおーっ、聞こえるよ。これってキキョウさんには聞こえてないんだよね》
《はい》
《これはこれで、すごいね》
《そうですか?》
《うん》
「相手が見えていればこうして簡単に話せます。遠く離れているときは、魔道具を使うこともあります」
「今持ってる?」
「いいえ、書斎の机に入っています」
「じゃあ、こんど見せてね」
「いいですよ」
いつものようにキキョウさんとスーパーへ買い出しに行ってきた。好みが分からないので、いろんな味のタレを買ってきた。お肉は奮発して上等な和牛だ。何しろ祝勝会だから。
メイドさんたちと焼肉の準備をする。
ホットプレートを用意して、食器を並べて、野菜も切っておく。
夕食はいつも以上に盛り上がった。
「こんなお肉は初めて食べます」
「「「うんうん」」」
珍しくカオルちゃんも箸が止まらない。
「あわてて食べないの。たくさん食べるのはいいことだけど、食べ過ぎると胃にもたれるからね」
お母さんが釘をさす。
「アイスクリームもあるから」
メイドさん達は食べるのに忙しく無口になっている。
「このあいだのスキヤキとどっちがおいしい?」
「スキヤキもおいしかったけど、ヤキニクはいろいろな味が楽しめるから、私はヤキニク」
カオルちゃんは焼肉派だった。
「私もヤキニクです」
「了解です」
酔った勢いもあって、キキョウさんが模擬戦の様子を大げさに話す。お母さんも楽しそうに聞いている。
お屋敷でのミウラくんの話は大うけで、みんなお腹を抱えて笑った。
僕だけは、ブスッとしてたけど…
いつもの日常が戻ってきて、ほっとする。
このままずっと、みんなが笑顔でいられますように……