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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第一章 王国の賢者
13/65

13 賢者様は焼肉派

 中庭で五メートルほど離れて向き合う。

「準備はいいですか?」

「「はい」」

「では、はじめっ」


 ミウラくんが念じ始める。

(土系か、遅い)

 身体を強化し一気に間合いを詰め、短剣を相手の鼻先に突きつける。

 目を大きく見開き呆然と立ち尽くすミウラくん。ダメ押しに空気で押すと尻餅をついた。


「そこまで」


「戦場なら今ので死んでますよ」

「そ、そうですね」

「それに、土系の術を使おうとしましたね。そんなことをされては、せっかく手入れした庭が荒れてしまいます。その術を選択した時点で友達失格です」

「た、確かにその通りです……思慮が足りませんでした」

  手を差し伸べると両手でつかんできた。そのまま引っ張り起こす。


「あなたの魔術は発動に時間がかかりすぎです。もっと早くできないと相手に読まれてしまいます。それと、その体格を活かす体術を会得すれば、もっと強くなれるはずです。剣術でもかまいません」

「わかりました」

「私たちは王国の民として、この国を守る義務があります。共に力を合わせて戦うため、私も鍛錬に励みますから、あなたも一層勉学に励んでください。

 いろいろ生意気なことを申しました。失礼をお許しください」

(いいかげん手を放してほしいんだけど…)

「いいえ、とんでもありません。私こそ、自惚れ、思い上がっておりました。おかげで目が覚めました。ありがとうございますっ!!」

 ミウラくんがいきなり抱きついてきた。

「ちょっと、苦しいです」

「すいません、つい」

 目には涙が浮かんでいる。

  (案外いい人かも)


「あの、あなたは本当に男性なのですか?」

「えっ?」

「いえ、その美しい顔立ち、あの身のこなし、それに加えて冷静な判断、賢者様の使用人でなければ従者に迎えたいほどです」

「「「「ええええーーーっ」」」」

「賢者様は諦めます、その代わりあなたと、まずは友達から……」

(からって言った? からって……)

「そろそろ出発しないと日暮れまでにオオクワ村に着けません」

(キキョウさんありがとう)

「そうですね、さっさと出発しましょう」

(カオルちゃんもフォローしてくれる。当然か)



 ユウガオさんとミウラくんに見送られ、王都を立ち去る。

 今日はカオルちゃんと二人並んで馬車の中だ。


「リョウは男の方にもモテるのですね」

「あのね、そもそもああなったのは誰のせい?」


「まさか…あんなことになるとは思わなかったので……」

(なぜ顔を赤くする)

 軽くゲンコツでカオルちゃんの頭をたたく。

「ごめんなさい…」


 そっとカオルちゃんの小さな手に自分の手を重ねる。


 カオルちゃんがもたれかかってきた。




 やっと森のお屋敷に戻ってきた。

 ずいぶん久し振りな気がする。


 まずはヒルガオさんに新しい術を覚えてもらおう。

 焼肉パーティーもしなくちゃ。

 お母さん元気だったかな。


「おかえりなさいませ」

 アサガオさんが迎えてくれる。

「ただいま」

「変わったことはありませんでしたか」

「はい、なにも」


 向こうへ行っても遅くなるから、今夜はこっちで泊まっていこう。



 次の朝、トビラを開いてもらって、みんなで僕の家へ行く。

 お母さんはもういなかった。帰ってきたことをメールしておく。

 交替でシャワーを浴びた。

 アサガオさんとヒルガオさんが洗濯を始める。


 お昼にお母さんから電話があった。

「おかえりー」

「ただいま」

「大丈夫だった?」

「うん、みんな元気だよ。今夜は?」

「通常勤務だよ」

「じゃあ焼肉でいいかな」

「いいね、キキョウちゃんも一緒?」

「うん」

「じゃあ、ビール買っといて」

「わかった」

「じゃあね」

「うん」


 電話を切るとカオルちゃんとキキョウさんが僕を見ていた。

「使ってみたい?」

「「はいっ」」

「あはは、じゃあお母さんにかけるね」


「ごめん、カオルちゃんとキキョウさんが電話したいって言うから」

「いいよ昼休みだから」

「替わるね」

 スマホをカオルちゃんに手渡す。

「カオルです」

「おかえり、ごはんちゃんと食べてた?」

「はい、頑張って食べました」

「よしよし、久し振りに会えるね、待っててね」

「はい、お帰りをお待ちしてます。キキョウに替わりますね」


「キキョウです」

「久し振りー、お疲れ様でした。リョウのことありがとう」

「いいえ、またいろいろとリョウに助けてもらいました」

「そうなの?」

「はい」

「後でゆっくり土産話聞かせてね」

「はい」

「リョウにビール頼んどいたから」

「お待ちしてます。リョウに替わります」


「ありがとう」

「どういたしまして」

「じゃあ」



「すごいですね」

「何が?」

「スマホ」

「向こうにも似たようなのあるんでしょ?」

「あるにはありますけど、こんなふうに本当の声が聞こえるわけではありません」

「うん、テレパシーだもんね。あっ、そうだ、ちょっとやってみて」

「えっ」

「だから、僕に話しかけてみて」

「いいですよ」


 《リョウ? 聞こえますか》

 《おおーっ、聞こえるよ。これってキキョウさんには聞こえてないんだよね》

 《はい》

 《これはこれで、すごいね》

 《そうですか?》

 《うん》


「相手が見えていればこうして簡単に話せます。遠く離れているときは、魔道具を使うこともあります」

「今持ってる?」

「いいえ、書斎の机に入っています」

「じゃあ、こんど見せてね」

「いいですよ」



 いつものようにキキョウさんとスーパーへ買い出しに行ってきた。好みが分からないので、いろんな味のタレを買ってきた。お肉は奮発して上等な和牛だ。何しろ祝勝会だから。


 メイドさんたちと焼肉の準備をする。

 ホットプレートを用意して、食器を並べて、野菜も切っておく。


 夕食はいつも以上に盛り上がった。

「こんなお肉は初めて食べます」

「「「うんうん」」」

 珍しくカオルちゃんも箸が止まらない。

「あわてて食べないの。たくさん食べるのはいいことだけど、食べ過ぎると胃にもたれるからね」

 お母さんが釘をさす。

「アイスクリームもあるから」

 メイドさん達は食べるのに忙しく無口になっている。

「このあいだのスキヤキとどっちがおいしい?」

「スキヤキもおいしかったけど、ヤキニクはいろいろな味が楽しめるから、私はヤキニク」

 カオルちゃんは焼肉派だった。

「私もヤキニクです」

「了解です」


 酔った勢いもあって、キキョウさんが模擬戦の様子を大げさに話す。お母さんも楽しそうに聞いている。

 お屋敷でのミウラくんの話は大うけで、みんなお腹を抱えて笑った。

 僕だけは、ブスッとしてたけど…



 いつもの日常が戻ってきて、ほっとする。


 このままずっと、みんなが笑顔でいられますように……


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