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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第一章 王国の賢者
12/65

12 賢者様再び怒る

 次の日の午後、指定された競技場へ行って驚いた。

 観客の数がすごい。


「どうしてこんなことに……」

 キキョウさんが眉間に皺を寄せている。


「魔術学校の生徒って何人くらいいるんですか?」

「一学年百人ほどのはずですから、全員で六百くらいだと思います」

「それにしては多くないですか?」

「多すぎます」

「宣伝して回ったということですか」

「よほど自信があるのでしょう」

「負けた時のこと考えてあるのかな」

「思い上がりも甚だしいです」

(うわーっ、キキョウさんも怒ってる)

 王様や宰相様はまだ来てないみたいだった。


 控室に戻ってカオルちゃんにすごい数の人が集まっていることを伝える。

「緊張してる?」

「少し」

「何かあったらキキョウさんと助けに行くから安心してて」

「わかりました」

 大きな歓声が上がった。王様が到着したのだろう。



 係の人が呼びにきた。三人で付いて行く。

「呼ばれましたら賢者様だけ中央へお進みください」

 ロイヤルボックスというのだろうか、一際豪華な一画に偉そうな人たちが集まっているのが見える。

(あの中に王様がいるのか)


「ただ今より魔術学校高等科三年ミウラタカシと賢者タチバナカオル子爵の魔術による模擬戦を開始します。両者中央へ」


「行ってきます」

 カオルちゃんが中央へ向かって歩み出る。

 向こう側からは一人の青年が進んでくる。

 魔術師より騎士の方が向いてるだろ、と突っ込みたくなるほどの立派な体格をしている。

 カオルちゃんが一層小さく見える。

 顔は秀才タイプでなかなかのイケメンだ。

(きっと女の子にモテるんだろうな)


 競技場の中央で十メートルほど離れて二人が向き合う。

 それから二人とも王様の方を向き深々とお辞儀をする。

 競技場全体が静まりかえった。


「はじめっ」


 青年が念じ始める。

「おちろ!」

 次の瞬間、カオルちゃんの足元の地面が大きく凹む。

(そうきたか)

 だがカオルちゃんは落ちることなく平然とその場に浮いている。

(秘密ってこれか、さすがだ)

 青年の顔が歪む。


「水よ出でよ!」

 今度はカオルちゃんの頭上に水の塊が現れしだいに大きくなってゆく。

 誰もがカオルちゃんがずぶ濡れになるところを想像しているだろう。

(ここでバリアだよ)

 カオルちゃんはちらっと頭上を見た。


「おちろ!」

 水の塊が落ちる。しかし水はバリアに弾かれ、カオルちゃんを濡らすことなく周りに流れ落ちた。

「なっ…」

 ますます青年の顔が歪む。

(そういう作戦だったのか、めちゃくちゃ腹が立ってきた)


「これならどうだ!」

 地面の小石がいくつも浮かび上がった。

(風でぶつけるつもりか)


「いけっ!」

 たくさんの小石が一気に襲いかかる。当たれば怪我をする勢いだ。もちろんカオルちゃんには届かず、見えない壁に当って落ちた。

 茫然とする青年。



「こんなものですか」

 カオルちゃんの目が細くなった。

(怒ってる)


「だっ…だったらこれでどうだ!」

 青年はズボンのポケットに両手を入れると何かを掴み出した。

 空中に二つの玉が浮かぶ。


「火よ!」

 二つの玉が大きく燃え上がる。

「いけーっ!!」

 火の玉はカオルちゃんに向かって飛んでゆく。

(それ反則だろ!)


 だがカオルちゃんは表情一つ変えることなく右手を上げ、手の平を火の玉に向けた。

 その瞬間、二つの火の玉は向きを変え、青年に向かって飛んでゆく。

 青年は尻餅をつき、かろうじてそれをよけた。

 そして、尻餅をついたまま見上げた青年の目に映ったのは巨大な水の塊だった。


「ま、まいりました」


「そこまで、勝者タチバナ子爵」

 喚声と拍手がわき上がった。


 カオルちゃんは王様達にお辞儀をすると戻ってきた。

 青年はまだ立ち上がることができないみたいだ。


「お疲れさま」

「お疲れさまです」

「くだらない茶番です。さっさと帰りましょう」

(まだ怒ってるね)


 控室に戻って荷物を片付けていると、初老の紳士がやってきた。校長のようだ。

「いやあ、さすがは賢者様です、生徒相手に遅れをとるようなことはないと思っておりましたが、正直あそこまでとは思わなかったです」

(なんか本音が漏れてるぞ)

「いえ、あの青年もあそこまで魔術を操れるとは、なかなか見事でした」

「そう言っていただけると、彼も満足でしょう」

「これからも優秀な生徒を育ててください」

「ありがとうございます。また機会がありましたら是非」

「はい」


 初老の紳士は何故か上機嫌で帰っていった。


「よく我慢したね」

「私だって、少しは成長してますから」

「森に帰ったら僕の家で祝勝会をやろう」

「あんなの勝利でもなんでもないです」

「そんなこと言わないで、とっておきの料理があるんだ」

「なんですか?」

「ヤキニクって言うんだ。ヤキニクの後のアイスクリームは格別なんだよ」

「じゃあ、早く帰りましょう」

「そうだね」



 お屋敷に帰ってきた。


「あの様子なら、なんとか穏便に済みそうですね」

 キキョウさんが安心したように呟く。

「リョウのおかげです。バリアがなかったら先制攻撃で吹き飛ばすしかなかったと思います」

「役に立てて良かったよ」


 もう一日滞在して買い物をすることもできたけど、カオルちゃんが早く帰りたいと言うので予定通り明日出発することになった。気持ちは分かる。




 次の朝、ユウガオさんが見送ってくれる。


「最近は賑やかだったので一人で留守番は寂しいです」

「うん、僕も寂しいよ。でもひと月なんてあっという間だから」

「早く迎えに来てくださいね」

「うん、体に気をつけるんだよ」

「はい」

「リョウも」

「うん」


「ずいぶんユウガオと仲がいいのですね。何なら王都に残ってもいいのですよ」

「そ、それは、ちょっと困るかな」

(なんか怒ってない?)

 キキョウさんが苦笑いしている。


 そこへ一人の青年がやって来た。昨日のミウラくんだった。

 キキョウさんと二人で身構える。


「おはようございます。あの、覚えていらっしゃいますか? 昨日の相手のミウラタカシですが……」

「私がそれほど馬鹿だと?」

(うわっ、いきなり)

「ひぃっ」

(ほら涙目になっちゃったよ)

「それで、何のご用ですか」

「さ、昨日の失礼をお詫びに、それと…少しお話がありまして…」

(何か歯切れが悪いな)

「さっさとどうぞ」

「あの、できれば二人だけで……」

「ここで話せないような内容なら聞く気はありません、それに急いでおりますので」


「あ、では、あの、実は昨日、賢者様の麗しいお姿と、素晴らしい魔術にすっかり魅了されまして…で、できれば友達になっていただけないかと…思いまして」

(そっちか)

「私があなたと友達になることに何か意味があるのですか?」

「いえ、もし、もしもです、友達になっていただける可能性があるならと…」



「……では、もしもあなたが、うちの下男に勝てたら友達になりましょう」

「「「「ええええーーーーーっ」」」」

(なんでそうなるの)


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