11 賢者様怒る
出発の日になった。
今回はユウガオさんがヒルガオさんと交替するということで一緒に行く。途中ヒノ村でいろいろ買い込んで、まず目指すのはオオクワ村。
カオルちゃんとユウガオさんは馬車の中。僕はキキョウさんと並んで御者台に座る。
日暮れ前にオオクワ村に到着。
オオクワ村はヒノ村よりも一回り大きかった。
(これはもう完全に町だな)
宿屋はいつも決まっているそうだ。
馬の世話は下男の仕事なので、馬屋へ連れて行き預ける。
宿の食堂は賑わっていた。ここでもカオルちゃんは注目の的だ。
「カオルちゃんが賢者だってこと知ってるのかな」
小声でキキョウさんに訊いてみる。
「それはないと思います。カオル様の身分は秘密にしていますから。貴族の娘に見えるんじゃないですか」
「じゃあ、同じテーブルはまずかったんじゃ?」
「別々にしたらカオル様に怒られます」
「へ?」
三人は王都での買い物の話で盛り上がっている。
僕も早く見てみたい。どんなところなんだろう。
部屋は、僕だけ使用人用の小さな部屋だった。
「ごめんなさい」
カオルちゃんが謝る。
「ぜんぜんかまわないから、謝る必要なんてないよ」
「ほんとに、ごめんなさい」
「不自然に見えるのは良くないからね」
「…はい」
王宮ってやっぱりお城なのかな。中世のヨーロッパっぽいあれかな……などと思いを巡らせながら眠りについた。
次の日の夕方、王都に到着。
王都は立派な城壁で囲まれていて、入口には門番がいる。入門はすぐに許可された。
やっぱりお城だ。遠くに塔らしきものが見える。
お屋敷はお城の近くにあった。近くで見るお城はさすがに立派で感動的だ。
ヒルガオさんが出迎えてくれた。
「はじめまして、リョウといいます。新しく雇ってもらった下男です」
「ヒルガオです、よろしくお願いします」
「あのですね、その自己紹介はやめてください」
カオルちゃんに怒られた。
「リョウについては食事の時にゆっくり説明します」
キキョウさんがフォローしてくれた。
ヒルガオさんとユウガオさんが再会を喜んでいる。
ヒルガオさんは無口でおとなしい感じの人だ。
屋敷の中を案内してもらった。
夕食のときにはみんなで食卓についた。ヒルガオさんが驚いている。
「リョウが来てからはいつもこうなんだよ」
「へーっ」
ユウガオさんとヒルガオさんが話している。
キキョウさんが僕のことを説明するとまた驚いた。
「森に戻ったら、一緒に向こうへ行けますよ」
「ぜひ連れていってください」
「はい、お母さんも喜ぶと思います」
「リョウのおかげで術が二つも使えるようになったんだよ」
「えええーーーっ、ふたつも?」
「うん」
「すごいね」
それからヒルガオさんがこの一か月の間に王都であったことをいろいろと話し始める。
食事は賑やかで楽しかった。
久し振りのフカフカのベッドですぐに眠りに落ちた。
次の朝キキョウさんとユウガオさんも一緒に三人で王宮へ向かう。
到着の報告をした後、僕の武器と服を買うためだ。
カオルちゃんはお屋敷で報告書の最終チェックをしている。
「ありがとうございます」
「お礼はカオル様に」
「はい」
キキョウさんはお屋敷に戻り、ユウガオさんに街を案内してもらう。
イタリアの古い街並みのような立派な街並みだ。到る所に彫刻がほどこされている。
昼前にお屋敷に戻り昼食の後、カオルちゃんが報告書を見てほしいと言うので書斎へ行く。
「これでいいと思うよ」
「それなら安心です」
「王様ってどんな人?」
「立派な方です。おかげでこの国は豊かで平和でいられます」
「宰相様は?」
「とても有能な方で、農地に水路を作ったり、作物に改良を加えたり、その実績はなかなかのものです」
「でもそれって、賢者様のおかげなんじゃないの?」
「それを言ってはいけません。賢者はあくまで助言をするだけで、最終的な判断を下すのは宰相様ですから」
「そんなものかな」
「そんなものです」
「カオルちゃんは謙虚だね」
「いいえ私は……ワガママです」
「そういえば、そうだった」
「ふーん」
「あはは」
「あのね、僕にもトビラ使えるかな?」
「使えるはずです」
「森に戻ったら教えてくれる?」
「はい」
(あれっ、顔が赤くなったのは何故?)
次の日の午後、二人が不機嫌そうな顔をして王宮から戻ってきた。
「何かあったんですか?」
「面倒なことになってしまって……」
「面倒なこと?」
「謁見の間を出たところで、魔術学校の校長に呼び止められて、カオル様と高等科の生徒が模擬戦をすることを無理矢理約束させられたのです」
「どうしてそんなことに」
カオルちゃんはブスッとしている。
「校長が言うには、その生徒はとても優秀で、ぜひ賢者様に手合わせをお願いしたいと申し出て、大半の生徒や一部の教師も後押しするのでお願いに来たというのです。その上、王様や宰相様にも許可はとってあるとのことでした」
「なんか悪意を感じますね」
「理由はわからなくもないのです。賢者様の身分が魔術師達よりも高いことを妬んだり、劣等感を抱く者がいて、相手がリン様ならばそんなことは考えなかったのでしょうが、カオル様なら勝てる可能性があるとでも考えたのでしょう。あさはかなことです」
「カオルちゃんを晒し者にする気ですか」
「そういうことになりますね」
(すごくムカつく)
カオルちゃんはしかめ面をしている。
「王様は何故そんなことを許可したと思いますか?」
「カオル様は表に出ることがありませんから、王様でさえその力を測りかねているといったところでしょうか」
「実力を知るいい機会だとでも?」
「そんなところでしょう」
ますます腹が立ってきた。
(だめだ、ここは冷静にならないと)
「それって明日ですか」
「そうです」
「………」
「お茶をどうぞ」
いつの間にかヒルガオさんがお茶を用意してくれている。
ヒルガオさんは無口だけど、空気が読める人なんだなと感心する。
「あのね、さっきはそんなやつ瞬殺してやればいいと思ったけど、やっぱりやめたほうが良さそうだね」
「どうしてですか」
カオルちゃんが訊いてくる。
(やっぱり怒ってたんだ)
「あまり目立つのはどうかなと思って。それに敵は増やしたくないから」
「そうはいっても、あちらが言い出したことですよ」
「それはそうなんだけど……」
「私が負けるとでも?」
「そんなことは絶対ないと思う。でも、圧勝じゃなくて相手のプライドも保ちつつ勝つ方法を選んだ方がいいと思う」
「確かにそうですね」
キキョウさんが口を挟む。
「帝国のこともありますから、ここで遺恨を残すようなことはしない方が賢明だと思います」
「じゃあ、どうすれば……」
「ルールはどうなってるんですか?」
「模擬戦といっても今回は魔術の腕くらべなので、武器の使用は禁止、相手を傷つけるようなことはできるだけ避ける、どちらかが降参した時点で終了ということらしいです」
そもそも、この世界で攻撃に使える魔法や魔術の種類は限られている。防ぐのは簡単そうだ。
「それなら考えがあります」
「「?」」
「ヒルガオさん、紙とペンをお願いします」
「はい」
新しい術は、空気砲を応用した空気バリアだ。撃ち出した空気を狙った場所に溜め続けることで、さらに密度を上げてバリアを作る。壁型のものとドーム型のものを絵にかいて説明する。カオルちゃんならできるはず。
「まず、自分から先に術を使わない、できるだけ相手と同じ術で応戦する。そして、カオルちゃんの方が少しだけ力が上だと思わせること。僕が教えた雷や光の術は使っちゃだめだよ。水とか石とかをぶつけてきたら、バリアを使う。気持ちはわかるけど、ぜったい本気を出さないこと。いいね」
「わかりました」
しぶしぶ納得してくれた。
「じゃあ、練習」
中庭で練習開始。
バリア自体は簡単にできた。問題はその強度と展開までの時間だ。
一瞬である程度の強度までもっていけないと意味がない。
強力な魔術は発動に時間がかかるから、逆に問題なさそうだが……
「じゃあやるよ」
小石をカオルちゃんに向けて投げる。
小石は空中で見えない壁に当って跳ね返される。
「いけそうだね」
次はキキョウさんにも手伝ってもらって、二人がかりで不意をつくようにして投げる。
何度か繰り返すうちに実戦で使えるくらいになった。
ヒルガオさんにも空気砲を覚えてもらった。アサガオさんほどではないけれど充分な威力がある。とても喜んでもらえた。
「あとは、落とし穴とかやってこられると、やっかいだね」
「それは問題ありません」
「何で?」
「秘密です」
「えーーっ」
「あはは」
(機嫌がなおったみたい、よかった、よかった)