10 賢者様美容院へ行く
昨日あんなことを言ってしまったので、恥ずかしくてカオルちゃんと目が合わせられない。カオルちゃんもなんかよそよそしい。
気付いていた。昨日カオルちゃんに対して異性スイッチが入ったこと。
今まで通りに接することができるか少し心配だけど、やるべきことはやらなくちゃ。
ということで、アサガオさんに新しい術を覚えてもらうことにした。
考えたのは二つ、空気砲と竜巻。
まずネットで空気砲のしくみや動画を見てもらう。カオルちゃんも一緒だ。
(やりにくいなぁ)
「できそうですか?」
「やってみないとわかりません」
次に竜巻。
「どうかな?」
「できるかもしれません」
控え目な人だ。
森へ移動して、空気がイメージしやすいように、家から持ってきた透明なビニール袋を膨らませて手渡す。
「「おおー」」
「空気は見えないけど、ちゃんとあるんです、こう押してみて」
両手で挟むように身振りで伝える。
「わかります」
「空気砲は風ではなくて、これをぎゅっと押しつぶして、ぶつける感じで」
「はい」
「じゃあ、やってみましょう」
最初は風にしかならなかったけど、何度かやっているうちにコツを掴めたようだ。
「あとは自分でもっと威力を上げるように練習してくださいね」
どうもアサガオさんには敬語になってしまう。
「竜巻は回すだけじゃなくて、空へ吸い上げる感じで、回転はできるだけ速く」
「はいっ」
意外にもこっちの方が簡単にできた。やっぱり見えるのと見えないのとでは勝手が違うということか。あとは威力を上げるだけだ。
カオルちゃんには空気砲だけやってもらった。さすがにここで本物の竜巻を出されたら困るので。
あとは、キキョウさんには相手を拘束できるようなもの、ヒルガオさんには土系か。
明日はお母さんがお休みなので、約束通りカオルちゃんとお出掛けすることになった。
キキョウさんもついて行きたがったけど、僕があっちのことをもっと教えてほしいと言うと承諾してくれた。地図を持ってきてもらった。
美容院の予約が十時ということで、二人とも泊まっていくことになった。
ビール片手に、いわゆるパジャマパーティーですね。
もちろんカオルちゃんは炭酸飲料。
ポテチがうけた。
お母さんが僕のアルバムを出してきて三人で盛り上がっている。
(やめてよ)
居場所がないので二階へ上がる。
一度にいろいろなことが起こりすぎて、整理がつかない。
そもそもリン様は僕なんかに何を期待したんだろう。リン様には何が見えてたのかな。
帝国がこっちに魔物を送り込んでくる理由も分からない。何が目的なんだろう。
行方不明になった人のうち何人かは情報を集めるために誘拐されたんだろう。
帝国にはトビラを開ける魔術師が何人もいるのかな。どうやってこっちにトビラを開いたんだろう。それに、魔物を操れる魔術師がいるのは確実だろう。
お母さんには聞かせたくない話だから、ちょうどいい。
心にひっかかっているものもそのままだし……
翌朝二人を見送る。
「「いってきまーす」」
「「いってらっしゃい」」
お母さんは張り切って出かけていった。
もちろんカオルちゃんはマスクをつけて。
地図を見ながら四つの大国について教えてもらう。
「大陸の南東に位置するのが私達の国、ハンゼイ王国です。穏やかな気候と広い平地があるため農業が盛んです。その面積はシュウダ帝国に次いで大陸で二番目の広さです。
北にはシュウダ帝国、国土は大陸で一番広いのですが北側三分の一は寒すぎて人は住めません。山が多く鉱業と林業は盛んですが、平地が少なく寒いため農作物はあまりとれません。農産物は南西のケイコウ共和国にかなり依存しているようです。帝国と王国の間には険しい山脈があって、それが国境となっています。
共和国は帝国ほど寒くはなく平地もあるので農産物を輸出する余裕もあるようです。この三国は国境を接しています。
イズモ皇国はイズモ教の本山があり教皇を中心とした宗教国家です。外交的には中立の立場をとっていて、面積は一番狭く帝国とは国境を接していません。
山脈があるため帝国が直接わが国に侵攻することは難しいでしょう。帝国が侵略を開始するとすればまず、共和国に対して現在結ばれているわが国との同盟を破棄し、新たに帝国と同盟を結ぶことを求めるか降伏を迫ると思われます。決裂して戦争となれば当然わが国は派兵することになりますが、皇国が動くことはないでしょう」
「時間はまだあるということですね」
「そう思います」
「キキョウさん土系の魔術は?」
「私はほんと不器用で他の術がまったく使えないのです」
「敵を拘束できるような術が使えれば無敵だと思うんですけど」
「それができれば嬉しいですね」
「何かないかな」
夕食の材料を買いにキキョウさんとスーパーへ。
今夜はスキヤキにしようと思う。材料を切るだけで簡単にできるからちょうどいい。
家に帰って支度をしていると二人が帰ってきた。
二人とも両手に大きな袋を提げている。
「おかえり」
「おかえりなさい」
「「ただいまー」」
「あー…きれいになったね」
「そうですか…ありがとう」
カオルちゃんの頬が赤くなる。
何だか少し大人っぽくなった気がする。
お母さんとキキョウさんがニヤニヤしているのは見なかったことにしよう。
「すごかったんだよ。美容院に入ったとたん、みんな固まったもんね。お客さんも鏡ごしにガン見してた」
「それは見たかったな」
「娘さんですかって聞かれたけど、仕方ないから姪って言っておいた。ほんとは娘って言いたかったけど」
カオルちゃんがまた赤くなった。
髪をカットして眉を整えてもらったそうだ。
(それで少し感じが変わったのか)
お母さんお疲れだろうから、夕食は僕が作る。その間カオルちゃんたちにはテレビを見ていてもらう。
メイドさんたちに手伝ってもらって準備に取り掛かる。
二人ともカセットコンロにすごく驚いた。今度お屋敷用に買ってこよう。
食器をセットし終わり、お母さんたちを呼ぶ。
お母さんがキキョウさんにビールを手渡す。キキョウさんの笑顔が眩しい。
スキヤキは大好評だった。
「なんか、いいねぇ」
「やっぱ大勢で食べるとおいしいね」
「「うんうん」」
カオルちゃんが今日の出来事を興奮気味に話してくれる。
メイドさんたちが興味津々といった様子で聞いている。
「女の子のいる生活もいいもんだね」
「姉妹のいる生活もね」
「ちょっとね、憧れてた」
「男でごめんね」
「「あははは…」」
こんな日がずっと続くといいのに……
王宮から手紙が届いた。
謁見の日と、相談の内容が書かれていた。
カオルちゃんは相談の内容を調べた上で、指定の日までに王都へ行かなければならない。
今回の相談は一つ、ナルミ村での桑の栽培に関するものだけだった。
ネットで調べると品種改良で問題は解決しそうだった。
「やっぱりすごいですね。助かります」
カオルちゃんが感激している。
「王都へはいつ出発するんですか」
「六日後になります」
「行程は?」
キキョウさんが説明してくれた。
王都での滞在は大抵三日間。片道二日かかるから、往復で一週間ということになる。
一日目は、謁見の前日。王宮へ到着したことを報告。カオルちゃんは報告書の最終チェック。二日目、謁見の当日。王宮へ行って王様をはじめ重臣の方たちに拝謁。最近はもっぱら帝国の情勢について話し合うことが多くて相談はあまりないらしい。そして、カオルちゃんは子爵だけど領地を持っていないので、宰相様から顧問料としてお金を受け取るそうだ。三日目は主に買い物、王都でしか手に入らない上等な服や本、化粧品なんかを買うのが決まりらしい。
カオルちゃんは服装にあまり関心がないので、服はキキョウさんとメイドさんで選ぶ。本は、行きつけの本屋さんがあって、珍しい本が手に入ると取っておいてくれるそうだ。
今回は僕の武器と服も買ってもらえることになった。
トビラで行くわけにはいかない。突然王都に現れたりしたらいろいろと問題が起きるだろう。観光がてら、のんびり馬車で行くのは僕としても楽しみだ。
お母さんに王都へ行ってくること、日程と、その間は家に帰ってこないことを伝えた。