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レーデンヤの呪術式 -幼女化xヤンデレx異世界バトル-  作者: ラノ
第二章 姫野ララ/エンジェリア・セレスタ・ラムエゥル編
21/32

No.001

 四月二十一日。

 午後零時半過ぎ。

 図書室。

「こっちよ」

 昼休みになったので、図書室にいると言うリリカノさんと合流した途端、別の場所へと連れて来られた。

 図書室の横にある、各クラスの教室の一室半分程の空教室。

「とてもちょうど良い広さだったから、ここを買い取ったの」

「は……? 買い取った……?」

「ええ。この少子化世界。何処の学校も臨時の収入は、喉から手が出る程欲しい、と言うわけよ。だから、買い取ったの。この部屋の中では学校の校則なんて無意味。言ってみれば、ここでは私が校則ってところかしら。さ、入りなさいな」

 ピピピ、ガチャン。

 未来的な電子音がして、ドアが開き、その空き教室に入ると、そこは…………。

「何だ、ここは…………」

 完全に個人の部屋だった。

 小型の冷蔵庫に電子レンジ。

 大型液晶テレビにプレステ4。

 ふかふかソファーにローテーブル。

 パソコンにプリンター。

 エアコンに空気清浄機。

 フローリング処理に高級感漂う絨毯。

「これ……完全に住んでいません……?」

「住んでなんていないわよ。ただ、あると便利な物を揃えたってだけ。あぁ、入る時は、そこで靴は脱ぐ事」

 ははは、金の力って……凄いなぁ……。

 金さえあれば、学校の中でこんな事までまかり通るだなんて……。

「そうそう、この事は他の生徒には秘密だから、誰にも言わないようにしなさい。後で色彩認証を登録しておくから、出入りは自由に出来るわよ」

 色彩認証だってさ……どこの未来だよ、ここは……。

「ボケッとしていないで、座ったらどうなの」

 と言われてので、適当にソファーへと腰を下ろす。

「うおうっ!」

 なんだ、これ?!

 絶妙な硬質のクッションが身体にフィットして、座っているだけだってのに、とても心地良い。

「ソファー横に付いているリモコンを操作すると、マッサージ機としても動作するわよ」

 ……そうか、どうりでベンチシートじゃ無く、キャプテンシートなわけだ。

 アクセサリーソケットやらカップホルダー、アームレストにオットマンまで……これ、いったいいくらするんだろう…………。

「それで、初音さん、高瀬さんとは会話したの?」

「あ、あぁ、はい、今朝しました。記憶の事も気になったので」

 リリカノさんへ、高瀬から今回の件についての記憶が無くなっている事を伝える。

「そう。彼女の中で、どう整理されているのか分からないけれど、特別変わった雰囲気も無いと言う事だろうし、高瀬さんは呪術式から解放されたとみて良さそうね」

 記憶が無くなった事は少し残念だけれど、呪術式と関係が無くなったのであれば、一先ず安心、だな。

「それじゃあ、今後の対策だけれど。私が上げたスマートフォンは出来る限り肌身離さず持っておく事。身に着けている物に関しては、リアル側からアナザー側へ持ち込む事が出来るだろうから」

 僕が自分で買って来て着替えたジャージ姿のまま、リアルからアナザーへ入った実績から、身に着けていれば持ち込める、と言うのがリリカノさんの憶測だ。

「装具はさすがにずっと身に着けているわけには行かないでしょうから、初音さんの下駄箱の中に常時入れておく、でいいかしら?」

「了解です」

「連絡が取れるようであれば、初音さんのいる場所まで私が持って行くようにしてあげるわ」

「いまいち想像出来ないんですけど、そうした場合、何もない所へパッと出現するんですか?」

「たぶんね」

「そしたら、リアル側の装具は消える、って事?」

「いいえ、無くならずにそのまま残るでしょう。あなた自信がアナザーへ引き摺りこまれても、リアル側にはちゃんと身体が存在するのと一緒よ」

「……そう、ですか」

 理屈が全く理解出来ないけれど、呪いだから理不尽で当たり前。辻褄や理屈、脈絡なんてお構い無し、って事か。

「後、他に懸念する事と言えば、もしかするとパターンが変わるかもしれないわ」

「パターン、ですか?」

「ええ。アナザー側からの脱出が最初になるか、ゲーム側の戦闘が最初になるか、この辺りは臨機応変に対処しましょう」

「パターンが変わるのは、まぁ、いいですけど…………また別の世界が増えたりしない、ですよね?」

「それは、無いとみていいと思う。登場人物が限られているもの。一人は、この学校の誰か。そしてもう一人はテレビゲームのキャラクター。他に世界が増える登場人物が存在しないから、それを踏まえると、世界が増える事は極めて無いでしょう」

 そっか、それは朗報ってとこだな。

 あれ以上別世界が増えたなんて事になったら、身体がもたないっての。

「引き摺り込まれる時間は、高瀬さんの時と同じような時間でしょう。午前零時過ぎ」

「なんなんですかね……そのおかしなとろこで律儀なのって……」

「悪事ごとってのはね、明るい時よりも暗い時のほ方が、効果が上がるのよ。ただ、間違って欲しく無いのは、明るい時は効果が薄いと言う事では無いと言う事。元々効果が高い所から更に上がるのよ。私の言っている事、理解出来るかしら?」

「え、えぇ、大丈夫です。ちゃんと理解出来ました」

 要するにレベル100の数値が明るい時間帯だからと言って、下がるわけじゃ無いって事だ。

「簡単だけれど、対策としては以上ね」

「あの、リリカノさん、聞いてもいいですか?」

「ええ」

「僕がアナザー側へ引き摺り込まれている最中に、リアル側の僕を強引に目覚めさせた場合、どうなるんですか? 戻って来れたりするんです?」

「それは無いわ。リアル側の初音さんを強引に目覚めさせてしまうと、肉体と魂の繋がりが途切れてしまって、リアル側では植物人間になってしまう。そしてアナザー側のあなたは、一生アナザー側から出る事が出来ない状態になるわよ」

「こ、怖いですね…………」

「気を付けなさい。おかしな場所で引き摺り込まれると、良かれて思って、あなたを助ける他者がいるかもしれないから」

 深夜は外出せず、自分の部屋に籠るか……幸い、引き籠もりは得意だし。

「他に質問は?」

「…………今のところは、無いです」

 高瀬の時に脱出方法は確立出来ているし、次は少しくらい心に余裕があるかもしれない。

「引き摺り込まれたら、まずは私に連絡をする事。いいわね?」

「はい」

「あぁ、そうそう。しばらくあなたの家に住む事にしたから、よろしくお願いするわ」

「へ?」

「都合が良いでしょう? 一千万くらい居候代として渡せばいいかしら?」

「い、要らないですってっ!」

「何を言っているの。人一人が増えると、色々と費用がかさむものよ?」

「分かってますけど、一千万って…………それだけあるなら、家、建てればいいじゃないですか」

「家がポンと出来るのなら、そうするけれど、そうは行かないじゃない。だから、あなたの家に住むと言っているの」

「ん、んー……念の為言いますけど、僕、男ですよ?」

「それが何か? 私を襲っても、XXXが無いのだから、私の処女は守れるじゃない」

「だーっ! だから、そう言う言葉はですねぇっ!」

「あぁ、もううるさいわね」

 ズビッ!

「ひぎぃぃぃぃいいっ! 目がぁぁぁぁあああっ、目がああああああっ! 第二章になってもこれかよぉっ!」

 ソファーの上でジタバタする。

 くそぉ……目の儀式はもうこりごりだから、この場面は是非無くして貰いたい。

「とにかく、住む事にしたから。お金の問題はおいおいと言う事で」

 どうせこれ以上言ったって無駄だろうな。

 確かにリリカノさんの言う通り、都合は良くなると思う。

 途轍もなく理不尽なレーデンヤの呪術式の事を鑑みると、少しでも有利な状況を作っておく事に越した事は無い。

「分かりました。部屋は余っているので、帰ったら一つリリカノさんへお貸しします」

「そうして貰えると助かるわ。自分の部屋が無いと、ゆっくり自慰が出来ないもの」

「だから、そう言う発言は」

 ズビッ!

「無言からの目潰しなんて卑怯ですよぉっ! 目がぁぁあああ、お目めがぁぁぁあっ!」

 ゴロンゴロン。

 ソファーの上で器用に転がる僕。

 こんな特技は別に欲しく無いけれど、徐々にゴロンゴロンスキルのレベルはアップしている気がする。

「ところで初音さん、お昼は?」

「いえ、まだですけど……」

「そう、ならばちょうど良かったわ。はい、適当に食べなさいな」

 おもむろに取り出したコンビニ袋は、パンパンに膨れ上がっている。

「……貰えるのは食費の節約になるので、嬉しいんですけど……リリカノさん、それにしたって買い過ぎじゃないですか……?」

 どう見たって食べ切れるような量では無い。

 そして、適当に選んで買ってきました感が半端無い。

 おにぎりやらパンやらカップ麺やら、惣菜にドリンク。

「有るに越した事無いじゃない」

「…………それはそうですけど……リリカノさんはどれくらい食べるんです?」

「そのおにぎり一つとお茶さえあれば充分よ」

「それを三食としても、一週間分くらいあるじゃないですかっ!」

「別にいいじゃない。不足する栄養はサプリメントで取れば済む事だもの」

「そこが問題じゃないんですけど…………」

「初音さんのように、好きな物だけを食べている食生活よりはマシだと思うけれど?」

 うぐ……バレている。

 栄養、偏ってるのは分かっているのだけれど、実際一人暮らしすると、つい、好きな物ばかりになるんだよ。

「勿体ないと思うなら、食べてちょうだい。残りは持ち帰るから、夕飯にでもすればいいでしょう?」

「……分かりました、じゃあ、これとこれ、後、これを」

 おにぎり二つと唐揚げと、ドリンクを貰う。

「あなただって思ったよりも、小食じゃないの」

「身体が幼女化したから、どうにも入らなくて」

 元の状態と同じ量を食べると、お腹が苦しくなって、動けなくなってしまう。

 これだけ小さくなったんだから、当たり前か。

「はい、後はサプリメントね。適当に選んで飲みなさい」

「……食事って言うよりも、摂取?」

「とても効率的でしょう? 無駄な時間を費やさずに、必要な栄養が摂れるのだから」

 リリカノさんらしいと言えばらしいよな…………でも、頭の良い人間の考える事って、ちょっと理解不能だわ……。

「えっと、いただきます」

 食事をしながら、部屋の中で気になった物についてリリカノさんへ質問をした。

「何故テレビゲームを?」

「これからレーデンヤの呪術式がいつまで続くか分からないから、初音さんがMagical formulaをいつでもプレイ出来るように用意しておいたのよ」

「でも、家に帰ればプレイ出来ますけど?」

「ちょっとした時間もプレイしておきなさい、と言う事だから」

「学校の中プレイしていいんでしょうか……?」

「ついさっきも言ったけれど、この中での校則は無意味だから、安心なさいな」

「か、金の力って凄いっすね…………」

「結局物事を簡単に解決する方法は、お金、なのよ。世の中の物事を解決する方法を思い返してご覧なさい。賠償金だな保証金だの、担保だの。初音さんに合わせて例えてあげるなら、スマートフォンのゲームなんて、課金さえすればいくらでも簡単に強くなれるでしょう? お金さえあれば、問題が一気に解消するのが世の中なのよ」

 なんて説得力の強い言葉だろうか……反論のしようが無い。

「無課金でどんなに頑張っても、お金で解決してしまえば一瞬で終わり。それまでいったい何をムキになって無課金で頑張っていたのか、バカバカしく思える事でしょうね。時は金なり、とはよく言ったものよ」

 まぁ、僕はスマフォンゲームを一切プレイしないから、課金も無課金も関係は無いけれど、リリカノさんの言う事は余りにも的を射過ぎている。

「話の本筋から外れてしまうけれど、私から言わせて貰えるのなら、お金で解決出来てしまうような物に課金して、更に時間を割いている事自体、信じられないけれどね」

 な、何も言い返せん…………。

「大分脱線してしまったけれど、初音さん。次の当てはあるのかしら?」

「当て、と言いますと?」

「高瀬さんの次の役の事よ」

 あぁ、そう言う事か。

 確か高瀬から聞いた呪術式の事実は“誰かに好意を寄せている人物が呪いに掛かると、寄せられている人物もその後に呪いに掛かる”だったよな。

「何か変じゃないですか? 今回の場合、高瀬が僕に好意を寄せていたから、高瀬が呪いに掛かった。だから、好意を寄せられている僕も呪いに掛かった、と言う事ですよね?」

「そうね」

「じゃあ、すでに呪いに掛かっている場合はどうなるんですか?」

「そこは言い方の違いってだけよ。呪いに掛かると言う表現よりも、呪いの効果が発動する、と表現すべき。高瀬さんが初音さんに好意を寄せたから、狂気的な言動を起こすように、高瀬さんへ呪いの効果が発動した。そして、好意を寄せられた初音さんは、別世界に引き擦り込まれる呪いの効果が発動した、と言う事よ」

「な、なるほど……」

 じっくり言葉を考えて理解しないと、ちんぷんかんぷんだわ…………。

 要約すれば、僕はすでに呪いに掛かっているけれど、誰かが僕へ好意を寄せてしまえば、僕はまたアナザー側へ引き擦り込まれるって事か(随分要約してしまったけど、これで間違いないだろう)。

「けど、当てなんて全く無い、ですよ」

「相手が男の場合はどうなるのかしら?」

「え……? それは……さすがに嫌なんですけど…………」

「容姿だけであれば、あなたはすでにこの学校の男子の一人くらいからは、好意を寄せられているでしょうし。私から見ても、あなた、とても可愛らしい見た目だもの」

「嫌だぁーっ! そんな事実は知りたく無いですよぉっ!」

「処女を奪われないように、せいぜい気を付けなさいな」

 危うい事になったら……ぶっ飛ばす事にしよう。

 幼女化したって、普通の人間相手であれば負ける事は無いだろうから。

 アナザー世界で見ず知らずの男子生徒から襲われるなんて…………うわ、想像しただけでおぞましいんだけどっ!

 そんな事になってしまったら、とっとと脱出ルートを確保する事だけに注力しよう……うん、それがいい。

「今日の夜には分かるでしょうね。すでに容姿だけで好意を寄せられているようなら、アナザーへ引き摺り込まれるでしょうから」

「あの、リリカノさん。引き摺り込まれた後って、やっぱりまたドアなんでしょうか?」

 高瀬の時は、引き擦り込まれたアナザー側に、自分の学校その物が存在して、校舎内のドアや窓が開かず、その中の一つだけ開く箇所が有り、それがアナザー側からの脱出ルートになっていた。

「良い所に気付いたわね。正直分からないけれど、ドアじゃなかった場合は、普通とは違う事象を探すようになさい。不自然な事がきっと、脱出する方法に繋がっているでしょうから」

 不自然な事か…………あのアナザー世界そのものが不自然な事だから、その不自然が分かり易いといいな……。

「結局レーデンヤの呪術式って、ヤンデレ化した対象から、僕が襲われる呪い、なんですよね?」

「あぁ、なるほど、そう言う意味があったのね。ヤンデレなんて言葉、この国特有の言葉でしか無いから、気付かなかったわ」

 高瀬やアリスの態度から察すると、間違い無く、そう言う呪術なんだと思う。

 それに、レーデンヤを逆から読むと、ヤンデレになるしなぁ……こんなに安直な名前を付けるって……なんてセンスが無いんだろうか……。

 そこへすぐ気付けなかった僕も僕だけど。

 ツンデレとクーデレはいくらでもウェルカムと言うか、是非来てくれっなんだけど、ヤンデレは勘弁して欲しい…………あの狂気だけは受け付けられないもん……。

 それがもし男子のヤンデレ化って事になったら…………全力で引くわ……。

 考えようによっては、同性だし気を遣わずにぶっ飛ばせるから、気が楽になると思えば呪術解除も捗るのかも。

 ヤンデレ男子に追い掛け回されるのなんて……本当に嫌だけどアナザー側の対処が楽になる分、ゲーム側の対処に集中出来るようになるなら、我慢するべきか。

「それにしてもリリカノさん、凄い事出来るんですね。干渉を利用したあの能力、半端無かったですよ」

 ゲーム世界での身体能力向上にはホント、驚かされた。

 何せ、僕のイメージした事がそのまま実現出来てしまうのだから。

 空だって飛べちゃったしさ……。

「干渉を利用したと言うだけで、元々呪術式が強力だから出来ただけよ」

「でも、干渉を利用するなんて事が可能なんですよね?」

「そうね、そればかりは誰でも簡単に出来るような事じゃないでしょうけれど」

 おかげで真面目に助かったけど、そんな事をさらりとやってしまうのだから、リリカノさんの能力も相当なものなのかも。

「次も勝てそうなのかしら?」

「どう、でしょう……そればかりはその時にならないと分からないですよ」

 でも。

「ちゃんとまた帰って来ますから、絶対」

 消してしまったアリスに…………現実世界へ帰るって僕は言ったんだ。

 途中で負けてしまったら、アリスを犠牲にして戻って来た意味が無くなってしまう。

 アリスにしてみれば、そんな約束は僕の一方的な押し付けなんだろうけれど、それでも僕は……何があっても絶対に帰って来る……何度だって。

「それじゃあ、リリカノさん。もう少しで昼休みが終わるので、教室へ戻りますね。ご馳走様でした」

「授業が終業したら連絡してちょうだい。家まで送って上げるから、どうせ私も同じ家に行くわけだし」

 冗談じゃなくて、本当に住むのか……。

「リリカノさんはこれからどうするんです?」

「寝るわ」

 そう言ってソファーをリクライニングして、取り出したブランケットを被り出した。

 これも冗談じゃなくて、本当に寝るのか……。

 なんて自由人なんだろうか、このわがままロリボディ(巨乳)は。

「あぁ、そうそう、出て行く時に、ドア横にあるパネルに自分の目を映しなさい。それで色彩認証の登録が完了するから」

「……分かりました。えっと、出た後に鍵を掛けるんですか?」

「大丈夫よ、オートロックだから」

 …………ここだけ時代が未来なんじゃないのか?

 言われた通りに色彩認証の登録を済ませてから、部屋を出ると。

 ピピピ、ガチャン。

 電子音が鳴り、鍵がオートで掛かったようだ。

「すご…………」

 この部屋、他にもまだ機能を色々と隠し持っている気がする。

 まさか……部屋ごと飛んだりしない、よな?

 自分で言っててそんな馬鹿な事がと思うけれど、この部屋の主はリリカノさん。

 本当に飛ぶかもしれない……。

 まだまだ未知なる機能を隠しているであろう例の部屋を後にして、自分の教室へと向かう。

 こうして歩いている最中でも、もしかしたらレーデンヤの呪術式の影響でヤンデレ化した誰かが襲って来るとも限らない。

 普段の生活においても気が抜けないのは精神的に疲れそうだけど、注意だけはしておかなければ。

 それにしても、僕に好意を寄せる人物なんているのだろうか。

 確かに男子だったら有り得そ……たふん。

「むぐっ」

 角を曲がった所で、僕は誰かとぶつかったしまった。

 注意しようと考えていた矢先がこれじゃあ、先が思いやられる。

 気を引き締めないと……。

「すいません、だいじょう、ふぐぅ」

 ぶつかったと言っても幸いある程度は踏み止まったので、慌てず騒がず謝罪をしようとしたところ、何故か僕は相手に熱烈なハグをされてしまっている。

 な、なんだっ?!

 何が起こっている?!

 新手の痴漢冤罪方法かっ?!

 柔らかい……じゃなくてっ、冷静に考えろ……こんなおかしな事をされる覚えがあるとするならば、これは、今回の呪術式の影響を受けた相手以外に考えられない。

「ふぐぅ、むむむぅっ!」

 マズイマズイマズイッ!

 どうにかこの状況から脱出しなければっ!

 幼女化して背丈が小さいってだけで目立っているってのに、こんな場面、他の誰かに見られたら大事になってしまう。

 どうするっ?!

 どうしたらいいっ?!

 ぶつかった瞬間に気付いていたけれど、この感触は明らかに女子だ。

 さすがに殴るわけには行かないし、身体を引き離すにしても、何処を触ればいいんだ?!

 く、苦しい……。

 酸素が……不足して来ている…………。

 まさかハグされているだけで、こんなにも苦しいだなんて思いもしなかった。

 死ぬっ、このままだと、窒息しちゃうっ!

 新聞の一面に、ハグされて死亡なんて見出しにされちゃうよっ!

「んーんーっ!」

 相手の背中をとにかくタップした。

「ふぐぅっ、むふぅっ!」

 そして数秒後。

「ハァッ! ハァッ! フウッ!」

 ようやく解放された僕は、相手から数歩距離を取って、呼吸を整える。

 明るいブラウンのセミロングの髪にカチューシャ、大きな二重に、にこやかな笑顔で僕を見ている女子生徒は……知り合いでは無い。

 一年生っぽいな…………。

「初音先輩、こんにちは。苦しかったですか? くすくす」

「……死ぬかと思ったよ」

 笑顔だけれど……でも、狂気孕んだゾクリとするような笑顔。

 この雰囲気……明らかにレーデンヤの呪術式の影響が出ている。

「安心してください。殺すつもりはありませんから。今のところ、は」

「…………で、僕に何か用?」

「そんなの、決まっているじゃないですか」

 一歩僕に歩み寄り、小さい声で続けて告げて来る。

「初音先輩に……犯して欲しいと思ったから、会いに来たんですよ。くすくす」

 状況は高瀬の時とほぼ同じ、か。

「僕にはそうするような理由が無い…………それに、気付いているはずだ。自分が呪術式の影響下にあるって事を」

 高瀬がそうだったからきっと、この女子生徒も、呪術式の影響を受けている事を気付いているのに、それを受け入れている。

「知ってますよぉ。でも、この気持ちは私の素直な気持ちでもありますから、呪術の影響の事はどうでもいいんです。ねぇ、先輩……私を犯してくれませんか?」

「断る…………」

「いいじゃないですか。私の初めて、上げると言っているんですよ? 先輩が望むなら、どこかの空き教室でして貰っても私は一向に構いません。むしろ、そんなアブノーマルな方が個人的には好きかも。くすくす」

「何を言われても、僕の返答は変わらないよ……」

「どうしてですか? 知ってるんですよ? 先輩が本来、男の人だって事。断る理由なんて無いと思いますけど?」

「なっ、なんでその事をっ?!」

 高瀬の時と違う…………高瀬はたまたまカメラ越しに僕を見た時に、僕の姿が男だった事へ気付いたと言っていた。

「さぁ、どうしてでしょうね。理由は分かりませんけど、知っているんです」

 くっそ、相変わらずこの呪術式は理不尽だ。

 コロコロと傾向を変えやがって。

「先輩が男の人であれば……えっちな事に興味がありますよね? くすくす、だから、見返りなんて必要無く、私を好きにしていい、と言っているんです」

 興味は…………ある、あるに決まっているじゃないか。

 そうだとしても……呪術式の影響がある子に手を出せるはずが無い。

 呪術式の影響が無ければ、そんな事、僕に対して絶対言うわけが無いのだから。

「それとも私に魅力が無いのがいけないですか? 確かに、私はクラスの中でも目立たない地味な方だし、もっと可愛い子はたくさんいます。私、先輩の言う事であればどんな事も悦んで聞き入れるつもりです。だから、私が他の子に劣っている部分は、何でも忠実に言う事を聞く先輩だけの淫乱な後輩、それで手を打って貰え無いですか?」

「…………何度も言うけど、それは受け入れられない」

 外見だけで言えば、充分可愛い。

 そんな子が何でも言う事を聞いてくれるなんて言われたら、理性を保つ方がキツイ……けど、ここで僕が耐えないと呪術式に抗い負けてしまう。

 だから、何が何でも彼女の言う事を肯定してはダメだ。

「まぁ、いいです。今日は挨拶に来ただけ、なので。それじゃあ、先輩、私は教室に戻りますね。そうそう、先輩の机の中、見てください。イイモノを入れておきましたから」

 一方的に告げるだけ告げて、その女子生徒は階段を下りて行った。

 まさかこんなにも早く接触があるとは……。

 せいぜいあっても、今日の夜にアナザー側へ引き摺り込まれてからだと思っていた。

 それに、あの態度。

 高瀬はまだ、普通に話す状態の時があって、それからヤンデレ化していたのに、さっきの子はすでにヤンデレ化が最大まで進行しているように思える。

 状況が、今までと違う…………。

「…………? あの子、どっかで」

 見知った顔じゃないけれど、見覚えが……あるような。

 何処だ?

 いつ、会ったんだっけ?

「……あ、そうだ、つい最近、階段で本を運んでいた子か」

 まさか……それがきっかけになっていたとでも言うのか?

 それ以外に接点なんて、絶対に無いと言い切れる。

 あんな些細な出来事で好意が芽生えた……?

 そんな馬鹿な…………怪我をしていたから、治療したってだけだぞ?

 しかも治療って言う程、しっかりなんてしていなくて、とても雑だった。

「あんな事で……人に好意を寄せられるものなのか……?」

 授業が始まってしまう、考えるのは教室へ戻ってからでもいいだろう。

 机の中に何か入れたって言っていたし。

 急いで教室へ向かいながら考える。

 何を入れたんだ……?

 もしかして…………ノートや教科書が使い物にならなくなっていたり?

 ノートにバカとかウザいとか死ねとか、書かれていたり?

 いや……あの子は、入れた、と言っていたんだから、さすがに今の考えは無いか。

 じゃあ、何を?

 画鋲とかホチキスの針とかっ?!

 はたまた、数日前の食べ掛けのパンとかっ?!

 陰湿過ぎるっ!

 そんな事されたら僕の弱い精神が挫けちゃうよっ!

 なんて事をしてくれるんだ、あの子はっ!

 人当たりの良さそうな子だってのに…………女子って怖いっ!

「…………」

 教室へ到着して、窓側の一番後ろの自分の席に座りながら、しばらく机をジッと見詰めた。

 怖いな…………呪術の影響でヤンデレ化した人間のする事は、全く想像が出来ない。

 高瀬なんて僕の自宅に無断で侵入していたくらいだし……あの子はいったい、どんな恐ろしい事を仕込んだんだろうか。

 でも……確認しないと……。

 背筋に言いようの無い寒気を感じながら、意を決して机の中を覗き込む。

「…………封筒?」

 明らかに僕の持ち物では無い白地の封筒が、机の中に入っている教科書の一番上に載っていた。

 変に緊張しながら、その封筒を手に取って、その中から数枚の便箋を取り出すと、そこには。

『初音先輩へ 初めまして、1年A組姫野ララと言います。覚えていますか? 二日前の放課後、階段のところで落としそうになった本を先輩に拾って貰いました。ついでに指の治療もして貰って、私はそれ以来、先輩の事ばかり考えるようになりました。あの時はありがとうございました、私なんかの為に嬉しかったです。今はもう先輩の事しか考えられません……大好きです。心の底から先輩の事が好きです。それなのに私は外見が良いわけでも無くて、性格だって至って普通で、周りから良い子に見えるようにしているだけで、取り得も無くて……自信の持てる事が何一つ無いので、先輩と友達になるきっかけすら見付からず、好きな気持ちだけがどんどん膨れ上がって行くばかりでした』

 ここまで読んだ限りでは、恋する女の子って感じだよな。

 僕は女じゃないし……恋愛経験なんてゼロだから、憶測でしか無いけれど、たぶん、これくらいは好きな相手が出来た女の子であれば、普通に抱く思いなんじゃないだろうか。

 しっ、仕方ないだろっ憶測でも!

 外見なんて全く自信が無いから、恋愛に奥手になってもさっ!

 いいんだよっ、僕にはモニターの向こうにたくさんのオレの嫁がいるからっ!

 僕の外見がどんなに悲惨だとしても、無償で笑顔をくれ、優しく会話をしてくれるっ!

 会話と言っても決まった事しか投げ掛けてくれないけどさっ!

 いいのっそれでっ!

 …………落ち着いて、手紙の続きを読もう。

『でも……見付けました。先輩と二人きりになれる世界があるって事を。そしたらもう、今まで何を悩んでいたんだろうってバカバカしく思えて、もう我慢する事を止めましたっ! もう少しです、もう少しで先輩と二人だけの世界へ行けますね。それまでは、封筒に入れた私の一部を大切に持っていてください。本当に大好きです。好きです好きです好きですすきですすきです』

 途中からはもう完全に文字の体を成していなかった。

 ぐちゃぐちゃに、でたらめにペンを走らせたいたずら書き。

 何も知らなければそう見えるけれど、”好きです”と言う同じ言葉を繰り返し書いている事を理解出来る僕にとっては、ただただ恐怖しか感じられない。

「…………」

 そして気になる一文。

 なんだよ……私の一部って…………。

 封筒を逆さまにすると、音も無く机の上に。

「糸……?」

 両の端で円を作るように結ばれている、数本を束にした黒い糸が落ちて来た。

 それを指で拾った瞬間。

「ひぐっ……」

 その糸の束を机の上に放り投げる。

 その触感を感じた途端、声を上げそうになった……。

 だってそれは……糸なんかでは無く…………人間の髪の毛だったから……。

 何を意味するのか分からないけれど、数本束にされた髪を送られる事が、ここまで恐怖を抱かせるなんて……。

 鼓動が早くなり、冷たく嫌な汗が身体をジワリと伝って行く。

 こんな事を突然されて、喜ぶヤツなんて普通いないっ!

 あの子は……何を考えているんだ?!

 尋常じゃ無い……異常を来たしているっ!

 …………いや、そうじゃない……これは呪術式の影響による事。

 いくら何でもこんな事、正常な人間は実行しないし、何より思いつかない……はず。

 けど……高瀬もそうだし、あの子もさっき言っていたじゃないか。

『呪術の影響はどうでもいい。これは自分の素直な気持ちでもある』

 そう言っていた。

 多少は……自分自身でも思い付いた事、なのか……?

 分からない、分かるわけが無い……どんなに考えたって、僕はその本人では無いのだから……。

 でも、今日の夜、僕がアナザー側へ引き摺り込まれるのは確実だろう。

 あの子の狂気は度を超え過ぎているのだから……。

「…………」

 正直触りたく無いけれど、震える指先でその髪の毛を掴み、封筒の中へ便箋と一緒に閉まった。

 放課後になったらリリカノさんへ伝えなくては。

 レーデンヤの呪術式は……第二章がもうすでに始まったと言う事を……。


A Preview

「良かったじゃない、仕事が継続出来て」

「そうですね……リリカノさんと違って、僕の中の人はこれしか無いですからね」

「何をむくれているのよ?」

「第一章の打ち上げ……大変だったんですよっ! 高瀬の中の人も、アリスの中の人も、リリカノさんの中の人も、みんな仕事だって行って来ないんですからっ! 四人分の料理、全部食べて来ましたよっ!」

「良かったじゃない、食費が浮いて」

「おかげで二、三日も苦しくて大変だったんですからねっ! それに……太ったし……」

「あぁ、それはまた、災難だったわね」

「真面目に災難でした……もうこんな思いしたく無いから、第二章でこの予告コーナーが無くなる事を祈っていたのに、継続されているし…………」

「だって仕方ないじゃない。本編よりも楽しまれているらしいから」

「え……?」

「動画サイトのコメントに、このコーナーが始まると『本編来た』『やっと始まったか』なんてコメントが流れるらしいわよ」

「……どこまで報われないストーリーなんでしょうね」

「そのうち本編と予告の量が逆転するんじゃないかしら?」

「……本編、必要無いじゃないですか」

「そして、あなたのお仕事も激減ね」

「それだけは嫌だぁぁぁああっ!」

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