No.XXX
四月二十一日。
午前四時半過ぎ。
現実世界。
「随分ボロボロだけれど、無事に帰って来れたようね。おかえりなさい」
「リリカノさん……ただいま。正直、疲れました……はぁ」
「でしょうね。あなたは本当に良く頑張ったわ」
ある程度想定は出来ていたけれど、最後のアナザー世界はただの人間である初音さんには、相当負担が掛かった事だろう。
体力的にも、精神的にも。
「リリカノさん、これで、終わった……んですか?」
「ええ、文献にも新しい記載は増えていない事だし、これで終わりよ」
「そうですか……あれ? でも、姿が戻ってないですよ? それに、記憶も……ちゃんと残っているみたいだし……」
「まぁ、それはこれから、じゃないかしら? 姿に関しては、私の施した呪術を解除すれば、元に戻るでしょうから、どちらか片方、手を貸してちょうだい」
「こう、ですか?」
「えいっ」
ゴキンッ!
「いてええええええっ! 変な方向に曲がってたじゃないですかっ?!」
手首を思いっ切り、捻じ曲げる。
「これでいいわ」
「めっちゃ痛かったんですけど……やるならやるって言ってくださいよ……」
「そんな事一々告げていたら、いつまで立っても決心がつかないでしょ? 処女喪失と似たような物だと思いなさいな」
「そんなの分かるわけ無いでしょっ!」
「私も処女だからどんな気持ちか知らないけれど」
やっぱり痛いものなのかしら?
何でもそうだけれど、痛いのだけは勘弁して貰いたいものだわ。
「……あの、痛い思いしたのにまだ戻って無いんですけど?」
「それはラグでしょう。呪術式が強力だったから、数時間もすれば元に戻るはず。しばらく我慢なさいな」
「そうですか、分かりました……」
いったいどう言った経緯でレーデンヤの呪術式なんて強力な呪術が出来上がったのかは調べようが無いけれど、ここまで強力な呪術式は極めて珍しい。
こんなのが世界規模で発呪していたら、大変な事態になっていた事だろう。
対応なんて仕切れるわけが無い。
「初音さん、繰り返しになってしまうけれど、呪術式の影響が無くなれば姿が戻るのと一緒に、呪術式に関係する件についての事は忘れてしまうでしょう。おかしな出会いだったのは残念だけれど、あなたと過ごした数日は、それなりに楽しかったわ」
「……やっぱり、忘れちゃうんですか?」
「ええ、前例者の傾向から考えると間違い無くね。私も、呪術式の影響が完全に無くなったのを確認して帰国するつもり」
「……寂しいですね…………忘れちゃうなんて」
「呪いがあった事なんて、忘れるに越した事が無いわ。イレギュラー出来事に関与した状態でいると、それをまた呼び寄せる場合もあるのだから。今回の件を忘れたとしても、あなたはしっかり高瀬さんと仲良くするようにしなさいな」
「ん、んー……そうしたいですけど、どうやって切り出したらいいのか……」
「そんな事を難しく考えているから悪いのよ」
物事なんて、実際は行動を起こしてみると、案外アッサリ行く場合だってある。
初音さんの場合は、それが不足し過ぎている。
過去の出来事のせいで諦めているのは分かるけれど、もう少し他人行儀にならずに接すればきっと上手く行くだろう。
元々、人当たりは良いみたいだし、温厚な性格をしているのだから。
「高瀬さん相手なら大丈夫でしょう? 彼女だって、あの性格を考えれば邪見にしたりはしないわよ」
「う、ん……そう、ですね」
「少しだけ、努力してみる事ね。一人よりは楽しいって事に気付いたのでしょう?」
「…………分かりました、僕なりに頑張ってみます。全力バトルするよりは、楽だと思いますから……たぶん」
多少心配ではあるけれど、まぁ、本人が頑張ると言っているのだから、信じて上げる事にしよう。
「さてと、自宅まで送って上げるから、もう少し頑張って歩いてくれるかしら?」
「……リリカノさんは、どうするんです?」
「念の為、校舎の中を一回りしておくつもり」
「それなら僕も」
「その足で? 邪魔よ、足手まといだから、あなたはとっとと帰って休みなさい」
「そんなぁ、これっきりかもしれないのに、冷たいじゃないですか……」
「嫌よ。時間の無駄遣いはしたく無いの。バイクで送って上げるから、大人しく家で休みなさい」
素直に言えば、私自身もこれで終わりと言うのは、物寂しい気持ちになる。
それでもこう言う事は、私のような事を職にしている以上、何度も訪れる場面。
その度に別れを惜しんでいるわけにも行かないし、割り切って別れる方がむしろ気が楽なのかもしれない。
初音さんを後部のシートに乗せて、十分と掛からず彼の自宅へ到着し、バイクから降りた初音さんに向かって淡々と告げる。
「では、初音さん、この数日間、なかなか悪くなかったわ。またこの国に来て気が向いたら顔くらいは拝みに来て上げる。それじゃあ、ご機嫌用、さようなら」
初音さんの言葉を聞かずに、私は言いたい事だけを告げて、学校へと戻った。
結構忙しい数日間は、確かに大変だったけれど、それなりに私自身も楽しかったのかもしれない。
同じくらいの年の知り合いなんていなかったから。
私は耐性があるから記憶は消えないけれど、たまには本当に顔くらいは見に寄ってみても良いかもしれない。
彼が私の事を覚えていないとしても……。
ブオンブオン。
学校へと帰って来てから、私は後者の中を一回りする。
アナザー世界には相当影響があったのだろうけれど、リアル側は至って普通。
何かが起こっていた事なんて、微塵も感じさせず綺麗なモノだ。
途中で初音さんに与えた装具とスマートフォンを回収し、職員室から拝借していたマスターキーを返して、学校を後にする。
「スマートフォンは、彼の家に置いておく方が良さそうね」
初音さんとアリスが写し出されている写真が表示されている状態だった。
万が一、この写真を見て初音さんが何かを思い出すような事があるかもしれないけれど、これは……預けておくべきだと感じる。
装具は、もう必要無いから、処分するとして、後は、文献。
パラパラと捲り、最後に記載のあるページを念のために確認。
「…………ふむ、どうやら、装具を処分するのはまだ先になりそうね」
A Preview
「うわ、初音くん。どうしたのその頭」
「んあ? 寝癖だよ……直しても全然治らんのよ……」
「寝る前にちゃんとお手入れしないからだよー。んー、ここまで凄いと、寝癖直しじゃダメかも。一層の事洗った方が早いかな」
「……面倒くさい。もうこのままでいいよ」
「本人がそう言うならいいけど、ここだけ、アンテナみたいになってて、これがいわゆるアホ毛ってヤツなのかな?」
「ははは、バカな。アホ毛ってのはな、何かに付けてリアクションを取る、不思議な毛なんだぞ? 僕の髪の毛がそんな事に」
「あ、ほら、動いてるよ? ぴょこぴょこしたり、ぴこぴこしたり、ぷるぷるしたり」
「表現おかしいでしょっ?!」
「あ、ほら、今、一瞬だけ分離したよ。すごーい」
「それはもうホラーだよっ!」
「今度はエクスクラメーションマークになった」
「うそっ?」
「クエスチョンマークも」
「……アホ毛だ…………それ、まさにアホ毛だよ…………」
「便利なんだねー、本人に代わって感情表現してくれるんだもん。今なんて、orzを表現してるくらいだし」
「それはもうエイリアン的なモノが取り付いてる領域だってっ! リリカノさーん、助けてーっ!」
「慌てて行っちゃったけど、オカルト専門って事だったけど、エイリアン退治は出来るのかなぁ?」