No.012
四月二十一日。
午前四時くらい。
別のアナザー世界。
「リリカノさん、どうやったら変身が出来るんですか?」
『アナザー側で装具を装着する時に、音声認識させたのを覚えているかしら? あの時、今身に付けている装具とあなた自身とを紐付けた事になったのよ。要するに装具との契約、のようなものね』
契約?!
なんかテンション上がる言葉なんだけどっ!
「そしたら変身って言えば、今度は本当に変身が可能って事ですか?」
「そう言う事ね」
あれ、意味があったのか。
恥ずかしい思いをしたけれど、無駄にならなかった事が分かって報われた気分になる。
頑張ったもんなぁ、薄暗い中でさ……今、思い返してもやっぱり恥ずかしいし……。
っと、そんな事よりもさっさと済ませてしまおう。
モタモタしていたら、僕なんてあっという間にアリスから引導を渡されてしまう。
「じゃあ、変身」
五秒程待った……けれど、反応が無い。
「まさか……また魂を込めて叫べ、とか?」
『そんなはずは無いわ。あれはただのお遊びですもの』
「酷いよっ!」
『いいじゃない、楽しかったでしょう?』
「主にリリカノさん一人だけですけどねぇっ!」
全然楽しくなかったし、やっぱり、報われてはいなかった。
「それはそうとして……うわーっ、待った待ったっ! ちょい待ちっ!」
アリスが黒の火葬華を放つモーションに入る。
展開されて行く魔法陣。
そう言えば僕も飛び道具を放った時、勝手に魔法陣が展開されてから飛び道具が放たれたから、同じようにあの飛び道具も魔法の一種だと捉えられていたって事か。
「変身する直前と変身中は攻撃無しだってっ! リリカノさん、どうしたらいいんですか?! アリスが魔法を放とうとしているんですけどっ!」
『アリスと同じ言葉で試してみなさいな。干渉の利用によって、言葉も同じじゃないとダメなのかもしれないから』
「わ、分かりました。えっと、マジカルフォーミュラ」
おっ?
おおおおっ、身体が光始めたっ!
シャウトしなくて良さそう、良かったぁ!
「リリカノさん、行けそうですよっ!」
『そう、安心したわ。あぁ、そうそう、変身を開始すると勝手に可愛らしいポーズを取ったり、眩しい笑顔をカメラ目線に振り撒くように、調整をしておいたから』
「また余計な機能をっ! どうしていちいち遊びを取り入れ……えへっ☆ ぎゃー、今のは僕じゃないっ、勝手に口がぁああっ! あはっ☆」
誰にも見られていないからまだ良いようなものの、とにかく僕の身体はリリカノさんの言ったように、それはもう媚びるような可愛らしいポーズと、多少鬱陶しいくらいの全力笑顔を振り撒きながら、アリスと同じように、装甲であるアーマーが勝手に出現して勝手に装着されて行く。
「望んで無いけど、口と身体が勝手にぃっ!」
『身体は正直なのね』
「リリカノさんが余計な調整したせいで……キャハッ☆ いやぁぁあああっ!」
そして拷問とも言えるような恥ずかしい時間も佳境となり、変身シーンが完了するのに合わせて、右手でVサインを作った指の間に、挟むような仕草で右目を囲い、小首を傾けて……。
「マジカルナイト、初音七、ばーく誕っ、だよっ☆」
「……」
僕を見るアリスの視線がとても痛い……下手な攻撃よりもダメージが……。
調整と言えば聞こえがいいけれど、こんなの呪いのようなものじゃないか。
僕を敵視しているアリスですら、絶好のチャンスだと言うのに、今もなお魔法を放たずに固まっている。
そんな哀れむような目で僕を見るなぁぁぁああっ!
見ないでぇぇっ!
ガックリと膝から崩れ落ちる。
「う、うぅっ……辱めを受けた……」
『高校生男子が乗りに乗って魔法少女に変身するだなんて、世も末ね』
「こんな機能付けたあんたのせいでしょっ!」
凌辱……これはもう凌辱だ。
『初めて変身すると言うのに、あたかも前から知っていたようなカメラ目線で変身するのってとても不自然でしょう? その点、初音さんの場合は私の調整があったからこそ、初めてなのにとても自然に変身出来たのだから、喜ぶべき事だわ』
「変身シーン取り入れなければ、それで済む事だと思いますけどねぇっ!」
『アリスだって可愛らしく変身したのでしょう?』
「ええ、そうですよっ! めっちゃ可愛かったですよっ! 動画撮影したいくらいでしたっ! どうしてそこをもっと詳細に書かないのか疑問を抱いたくらいですっ!」
『あなたのような趣味を持っているユーザーを相手にすれば、勝手に脳内補完してくれるからじゃない。何を今更な事を言っているのかしら、このぶりっこ魔法少女は』
「魔法騎士少女ですっ!」
騎士と名が付くからには、西洋系の甲冑をイメージするのが一般的なのだろうけれど、アリスの見た目は甲冑とは程遠く、未来系タイプのアーマーを部分的に装着している。
アリスとは対照的に、僕の場合はまさに甲冑。
ファントムナイトの鎧を装着したような姿。
『放映回が進むに連れて変身シーンはカットされて行くのでしょうけれど、初音さんのシーンだけは毎回クオリティアップして行くの』
「必要無いしっ!」
『ライブ2Dだったり、3DCGだったり。普通のアニメーションにしても、普段の六倍程コマ数を増やす予定よ』
「無駄な費用掛けなくていいでしょっ!」
そこは僕なんかよりもアリスに掛けろよっ!
僕の変身シーンなんて、パッと光って一瞬で終わり、それでいいのにぃっ!
「黒の火葬華」
「だああぁぁっ! こっちもこっちでどうでも良さそうな態度だしっ!」
僕の変身が完了した後、固まっていたアリスは飛び道具である魔法を放って来た。
でも…………今度はさっきと違い……避ける事が出来るっ!
そう確信する事が出来、当たる直前まで引き付けてから、横へ回避を試みる。
アリスが放った黒の火葬華は、僕のずっと後方で轟音と共に爆発を起こした。
変身した事も驚いたけれど、その変身の恩恵は凄まじい……。
基本ステータスが大幅に上がっている……避けた時の身体の軽さ、アリスの動きに付いていける速度、そして、耐久値の全回復。
「リリカノさん、変身シーンは余計でしたけど、これなら抗えそうです」
『せいぜい頑張って、そこからちゃんと帰って来なさいな』
ただ、あまり時間は掛けられない。
僕自身の体力だけは、変身しても回復せずに減っている状況に変わりは無いのだから。
「…………」
「くっ!」
数十メートルも先にいたアリスが動きを見せた直後、目の前に大剣を振り被って接近していた。
相変わらず速いっ……けど、今度はちゃんと見えている。
さっきまでは認識すら出来無かったわけだから、基本ステータスは大幅に上がったって事だ。
アリスと同じ速度で僕も移動出来るようになった、だから、アリスの移動速度を認識する事が可能になったのだろう。
ガギンッ!
アリスの大剣を装具で受け止めてから、弾き返す。
間合いを詰めて左手を振り抜き攻撃を与える。
ブオンッ!
ギィンッ!
見たところ相当重量がありそうな大剣だと言うのに、小刀でも扱う様な速度で応戦して来るアリス。
リーチの差があって、多少僕の方が不利だ。
それでも自分の間合いにさえ入れたら、そのリーチが仇になって、防ぐのが相当困難になるはず。
リーチの不足分は、手数の多さと防御の堅さで補えば充分抗える。
ギギギギンッ!
別のアナザー世界の中に、金属音が激しく鳴り響く。
高速移動して、間合いを取って、そこから急接近して、跳んで、攻撃を与えて、防いで。
アナザーの中は僕とアリスの激しい戦いで、地面が捲れ上がっていたり、瓦礫の山々が出来上がっていたり、とんでも無い状況になっている。
それにしても……強い…………。
自分が大剣を持っている事を知り尽くして、確実に隙が生じないように次の攻撃へと繋がる行動で攻め込んで来るのだから、とてもやり辛い。
「はぁ、はぁ……はぁ」
それに、体力だ。
アリスは涼しい顔のまま、息一つ乱れていない……どうやら、体力って概念は持ち合わせてないのだろう。
さすがにこれはマズイ状況だ……体力が無限って事だと疲れが生じないのだから、僕のように動きが少しずつ悪くなったりはしていかない事になる。
現に……僅かだけれど、アリスの攻撃を防ぐ場面が多くなって来ているのだから。
「どうして……どうして、私の思うようにならないのですか……。私はただ、独りが寂しいだけなのに…………どうして、あなたを手に入れてはダメなのですかっ?」
苛立たしげなアリスの態度。
それもそうか……僕はもう何度も逃げているのだから。
捕まえようとしている相手に、何度も逃げられたら、そりゃイラっとしても不思議では無い。
「目を覚まして、気付いた時にはおかしな世界に独りで……それが嫌で。だから、寂しい思いをしないように、あなたを欲しいと思う事の、どこがいけないのですかっ?!」
「……極端なんだよ、アリスの思いは。誰かに一緒にいて欲しい、その気持ちは分からないわけでは無い」
この数日の間に、僕はリリカノさんと鈴と良く会話をした。
それまではずっと一人でいる事になれていたから、まさか、誰かと会話をする事が楽しい事だなんて、すっかり忘れていた。
それに気付いた時……一人でいる事ってのが、寂しい事だと……気付かされた。
「でも、あなたは一緒にはいてくれないのですよね? この世界では、人間は生きられないのだから……」
「……悪いけど、その通りだよ」
アリスの言う事は理解出来る、一緒にいる事が可能だって事なら、それを叶えて上げたいとは思う。
でも……僕は至って普通の人間だ。
今は呪いの効果やらリリカノさんのおかげで、人間を超えちゃっているけれど、それが無ければただの人間。
食べなければ死んでしまう。
死ぬ事が分かっていながら、一緒に居て上げる事は出来ない。
「あの、リリカノさん。もしかして、こっちの世界なら、食べなくても生きて行けたりするんですか?」
『さぁ、どうでしょうね。初音さんは動くと息切れをしたり、疲れたりしているのでしょう? 体力が減っている。となれば憶測だけれど、睡眠で疲れを取ったとしても、体力を回復するそのエネルギーが身体に送り込まれて来ないのだから、さすがにいずれは死ぬでしょうね』
「そうですか……」
もしかしたら食べなくても平気かもしれない、そう思ったけれど、リリカノさんが言うのだから間違ってはいないだろう。
「私は、いったい何の為に、存在しているんですかっ?! 勝手に存在させられて、勝手に敵対させられて、殺し合って……私はっ、なんなんですかっ?!」
「アリス…………」
自分の存在の意義が見い出せず、自分が取っている行動に、迷っている……?
「私だって消えたく無いですっ! せっかく存在したのに……何も無いまま、このまま殺されるなんて受け入れられませんっ!」
くっそ、呪術式のヤツ…………他人の人生で遊びやがって。
ホント……なんなんだよ、レーデンヤの呪術式ってのはっ!
「あの……リリカノさん、何とか出来ないんですか? あれじゃあ、アリスが余りにも可愛そうです」
しばらく無言だったリリカノさんは、淡々と告げて来る。
『無理よ』
「どうしても、ですか? こう、僕の変身みたいに、干渉を利用するとかって方法は?」
『何か勘違いをしているようだから伝えておくけれど、私は神様では無いの。元々存在しない人間を現実世界に存在させる事なんて、無理に決まっているでしょう?』
そりゃ、そう……だよな。
リリカノさんの言う通りだ。
装具との契約だったり、変身能力だったり、驚くような事を平気でしてしまうから、アリスの事も何とかしてくれそうだと思っていた。
『アリスを倒してこちらに帰って来るか、アリスに倒されて戻って来れなくなるか、どちらかでしょうね。どちらにせよ後味の悪い結末になるけれど、初音さんは高瀬さんと約束したでしょう? 高瀬さんから今回の件の記憶が消えしまっても、絶対帰ると』
「…………そう、ですね」
『人間なんて生きている限り、何かを得る為には何かを差し出さなければいけないのよ。守るべきもの、切り捨てるべきもの、それをしっかりと考えて理解して、行動して行かなければいけない。あなたの好きなゲームの世界のように、別の選択肢をやり直せる、死んでしまってもまたやり直せる、そんな馬鹿げた世界なんて無いのだから。だから人間は一日一日を大切に生きて行かなければならないの、どんな理不尽な選択を迫られたとしてもね』
「…………」
『それでも思い通りにしたいと言うのなら、神様でも勇者様でもヒーロー様にでも、なるしか無いわ。自分の正義を貫き、自分の思い通りに行かない事を、奇跡と言う曖昧な反則紛いの力を使って、世界の理なんてアッサリと引っくり返し、捻じ曲げてハッピーエンドにしてしまうのだから』
僕は……神様でも勇者様でもヒーロー様でも無い、何処にでもいる極々普通の人間。
早々、都合良く奇跡なんて事を起こせるわけが無い……。
『それともなにかしら? 初音さんは、それら正義の味方に属する事に憧れでもあるのかしら?』
「はは、冗談キツイですよ……そんな面倒な役、僕は絶対にやりたく無いです」
正義の味方……結局のところは勧善懲悪を成し遂げなければいけない役柄だ。
ただ単純に悪だから、そんな理由で悪は有無を言わさず駆逐する。
悪にだって色々理由があると言うのに……それに対して、あれこれ悩み苦悩して、理由があっても悪を悪と認識し、駆逐する事だって必要になって来る。
正義の味方ってのは、なんて面倒で薄情で、非道な役回りなんだろうか。
だから僕は……正義の味方になんて憧れは無いし、なりたくも無い。
「なるとしたら、僕はさしずめ魔王、にでもなりたいですね。自分勝手に我侭放題して、誰かが困ろうともお構い無し。そのくせ良心を傷めないのだから、悪の魔王程憧れる存在は他に無いですよ」
『そう。それなら私は魔王様を影で操る参謀ってところかしらね』
「僕が魔王なんだから操らないでくださいよっ!」
『でも、あなたの場合は、悪逆非道の魔王になんてなれないでしょうね。呪術式の件が終わって、その記憶が無くなったとしても、私はこれまでの事をきっと忘れないわ。そう言ったはずよね? 元々耐性があるのだから、これまでの事を忘れずに全部覚えている。それなのに、あなたはアリスの為に、そちらへ残ったなんて事になったら、私は後味が悪過ぎて、いつまで経っても、初音さんの事が気掛かりで仕方が無いわ』
「……僕の事、気にしてくれるんですか?」
『ええ。お昼を食べた後に、今日の夕飯は何にしようかしら、くらいには』
「それほとんど気にならないレベルですよっ!」
お昼直後なんか満腹中枢が働いて、今日の夕飯は何でもいいくらいにしか感じないってのっ!
まぁ、でも……今まで友達がいなかった僕なんかの事を、リリカノさんのような可愛い子が気に掛けてくれるってのは悪く無いな……今日の夕飯程度だけど。
考える。
僕は何を得て、何を切り捨てるのか。
少ない時間で頭をフル回転し、考え出した結果。
悪逆非道が出来ない中途半端な大魔王が、少ない時間を使って考えた事をアリスに告げる。
「アリス、この勝負、僕の耐久値をゼロにしてお前が勝ったら僕はここに残ってやる。殺す必要は無い、約束する。でも、僕が勝ったら…………僕は宣言通りここから出て行く。自分の思いを成し遂げたいのなら、全力で掛かってこい。その代わり、僕も手加減なんてせず全力で応戦させてもらう」
「…………」
アリスは黙ったまま、ジッと僕を見据える。
『本当に甘いわよね、初音さんは』
「そうですか? これでも結構考えたんですよ?」
『何を言っているの。相手の都合も考えて提案している時点で、甘いって言っているのよ。私だったら、そんな提案は一切しないで、全力で叩き伏せてからとっととそんな世界から、抜け出すわね。そして帰ったら全力で自慰をするの』
「最後のとこ、前後の会話と全く意味が噛み合いませんよねぇっ?!」
すっかり忘れていたけれど、この人、卑猥な言葉を平然と言う人だった……。
「……そうですか、分かりました。あなたの言う事に従いましょう。けれど、私は絶対に、負けませんっ!」
アリスの、瞳の色が変わったっ?!
厳密に言えば、色が変わったわけでは無い。
今までのように狂気を孕んでいた色が無くなり、純粋な思いを宿すような綺麗な瞳の色に変化している。
「私はあなたを倒して、私の思いを成就させますっ!」
”殺す”と言う言葉から”倒す”と言う言葉へ。
呪術式の影響が……無くなった、のか?
「お前の思い、僕が全力で受け止めてやんよっ!」
『頑張ってくださいな、大甘な大魔王様』
「頑張りますともっ! 今こそ、左目に宿した魔眼の力と、右手の暗黒力を全解放する時っ!」
『聞かされているこっちが恥ずかしいから、止めてくれるかしら?』
「ちょっと! 魔王自ら出張って頑張っているんだから、もう少し乗っかって来てくださいよぉっ!」
ヒュッ。
大剣を……投げた?
「次元葬刃」
「やばっ!」
アリスが持つ大剣を使った必殺技。
投げた大剣を空中でキャッチしてから、落下速度を攻撃力にプラスする大技。
避ける、選択肢は毛頭無い。
受け止めると言ったからには、何もかも受け止めてやるさ。
あ、ただ、防御はするからね?
だって、そうしないとアッサリやられちゃうしさ。
ドガンッ!
大剣を両手の装具で受け止めると、その攻撃の重さの衝撃によって僕の立っていた地面が大きく陥没する。
「次元葬刃 二葬」
大きく陥没した地面に足を取られ体勢を崩したところに、連続攻撃である二撃目が来る。
避けられないっ!
防御動作は間に合う事が無く、脇腹から攻撃をもろに食らった僕の身体は、陥没して出来上がった地面の壁に思いっきり打ち付けられた。
「がはっ!」
耐久値のおかげで痛みは無いけれど、衝撃は一切緩和される事無く、身体へと伝わって来る。
「三葬」
吹っ飛び壁にめり込んだ僕を目掛けて三撃目である、大剣を投げ付ける攻撃が完全に僕を捉える。
その威力で僕の身体ごと壁を破壊し、ようやく壁から身体が開放された後、地面の上をゴム人形のように転げ回りようやく、僕の身体は静止した。
「う、げほっ! くっそ……殺すって、言って時のほうが、弱いじゃんか…………」
なんて強さだよ。
アリスの攻撃、まるで変わっている……一撃が今までよりも遥かに……重く、速い。
ゴゴゴゴゴゴ。
何とか立ち上がると、地面が……世界が揺れ始めた。
「今度は何だ……?」
アリスを見る。
そのアリスはかなり上空で停滞した状態を維持しながら、身体全体から途轍もない魔法力を放出し、僕を見下ろしていた。
「……この一撃に、私の思いを全て掛けますっ」
肩幅くらいに両手を広げるアリスの目の前に、巨大な魔法陣が展開され始め、その模様は様々な形や文字を映しながら、何度も変形して行く。
「…………無制限の最終魔法」
ファイナルマジックアンリミテッド。
ゲーム内でたった一度発動可能な、一撃必殺技。
強大な魔法力が身体に伝わり、僕の身体全体へ痺れるような感覚を与えて来る。
それでも……逃げるわけには行かない。
僕はアリスへ約束をした……全力で応戦すると。
魅せる戦い方としては、最高のタイミングだよ。
「なら、それも、僕が全部受け止めてやるから、加減ゼロで放って来いっ!」
もう体力の消耗なんて気にしていられない。
僕自身も体力を使って魔法力へ還元しなければ、あれは絶対に受け止められないのだから。
「うおおおおおおおおっ!」
たくさんのゲーム、バトルアニメにマンガ。
あらゆる場面でパワーを上げる為に、キャラクター達が取っていた行動を真似ると、理屈は理解出来ないけれど力が沸きあがって行く事を感じ取る事が出来た。
「これで、決着をっ! マジカルフォーミュラー、リ・インフォースッ!」
「お前とは、格ゲープレイヤー同士で戦ってみたかったなぁっ!」
アリスが発動した技は、一時的になるけれど、全ての能力を爆発的に底上げするドライブ能力。
この場面で使ってくるとはさ……こいつ、絶対に観客を楽しませる優良プレイヤーになれるっての。
「すっげぇ魔法力……あれだけ離れてるってのに、ビシビシ伝わって来るんだもん……」
アリスの放つ魔法力だけで、吹っ飛ばされそうだ。
「ぬああああああああっ!」
まだだっ、まだ足りないっ!
魔法力をもっと上げなければ、アリスには勝てないっ!
魔眼だろうが、封印されし右腕の力だろうが、なんだって魔法力に還元して、あれを弾き返すんだっ!
「さようなら、ここまで耐えた事を称えてあげましょう……無制限の最終魔法、黒の禍焔葬華っ!」
ドアッ!
行ける、のか?!
あれ、受け止められるのかよっ?!
触れた瞬間大爆発したりしないだろうなっ?!
こう言う場面って何度も見慣れてきてはいるけれど、実際、受け止めるとなると受け止められる理屈が全然分からない。
「分からないけどっ、要するに魔法力が負けさえしなければいいんだろっ!」
気力やら魔力やら、ぶつかりあったモノ同士に力の差が開き過ぎると負ける、たぶんそんな感じ。
迫る超巨大な黒い火炎流……そはもう極太のレーザー光線。
「なむさーんっ!」
両手をかざし、地面を強く踏み締め、火炎流を受け止める。
ドッゴゴゴゴオオオオオッ!
「うっぎぎぎぎぎっ!」
ゴガンッゴガンッゴガンッ!
受け止めた先から、足元の地面が崩れて行く。
「ぬぐぐぐぐっ! まったくっ! なんなんですかねっ! この展開はっ!」
『あら、随分と余裕があるようじゃないの』
「そう、思いますっ?! でも、正直っ……全っ然っ余裕が無い、ですよっ!」
片手で受け止めて、空いてる片手で弾き返す。
これが僕の計画だった……でも、片手で受け止め切れるなんて、浅はか過ぎた。
両手で受け止めている状態だと言うのに、このままでは僕が負けてしまう。
「もう諦めるべきです。ただの人間であるあなたでは、私には到底勝てませんっ!」
ズドンッ!
火炎流の激しさが増大した。
「ぐううううううっ!」
その余りにも重い思いを込めた攻撃は、数分僕が耐えられるかどうかすら分からない。
ズドンッ!
「ぐぎぎぎぎぎぎぎっ!」
歯を思いっきり食い縛り、とにかく耐える。
くそっ、このままでは……ダメだ。
攻撃に転じないと……確実にヤラレル事が目に見えている。
でも、どうすればいいっ?!
僕の魔法力はもう全開まで上げている。
もし、この場面を耐え抜いたところで、体力が空っぽになりそれで終了。
頑張って片手で押さえようとしたところで、耐え切れずに無制限の最終魔法を食らい、終了。
ズドンッ!
この期に及んでもまだ、魔法力を上げられるのかよっ!
「思いの差ってヤツですかねっ!」
アリスは自分の思いを成就させる為に、僕を倒しに掛かって来ている。
かく言う僕だって、自分の世界に帰る為の思いを掛けて、アリスを倒すつもりだ。
でも……僕の思いは、本当に自分一人だけの思いなのだろうか?
鈴がいるから、リリカノさんがいるから……それを多少なりにでも理由としているのでは無いだろうか?
アリスが自分の為に成就させたいと思う思いの重さに……僕のような、誰かを理由にした思いの重さは…………負けている、のでは無いだろうか?
人間なんてとても単純な生き物だ。
その時の気持ちに左右されて、力を上げたり、力が出なかったりする場面なんて往々にして存在する。
僕の帰りたいと思う気持ちは……アリスの思いに……負けてしまっていると言うのなら、この勝負…………僕に勝ち目は……。
『初音さん。あなた、メイド、好きよね?』
「は、い?! なんっですかっ、こんな時にっ!」
ズドンッ!
マズイマズイマズイマズイッ!
もう限界が近いっ!
『いいから聞きなさいな。あなたがもし、その勝負に勝って無事に戻って来たなら、私があなたの為だけに、あなた専用メイドを一日してあげるわ』
「なん……だとっ?!」
『一日よ。二十四時間。その制限時間内であれば、何でも命令し放題。本当に何でもよ? あぁ、ただし生死に関わる事は無し。まぁ、精力方面のセイシ、であれば、問題は無いわ。どうかしら、専用メイドが待っていると思えば、一・五倍くらいは、まだパワーを上げられるのではなくて?』
「…………」
はは……くくくっ。
「アハハハハッ! リリカノさんっ、分かっていませんねぇっ!」
気持ちが一気に上がって行く。
まだ……僕は魔法力を上げる事が……出来るっ!
「専用って事なら…………」
〇〇専用……それを示す解は、ただ一つっ!
「三倍っなんですよおおおおっ! うおおおおおおっ!」
力が上がるっ!
今なら……いけるっ!
ガシイッ!
片腕で無制限の最終魔法を抑える事が出来た。
「魔法力三倍のっ! 断空拳だぁぁぁぁぁあああっ!」
ドゴオッ!
「そんな馬鹿なっ! 私の最大魔法を、片腕で受け止めるなんて、有り得ません?!」
「ぐぎぎぎぎぎぎっ!」
重い……まだまだ、重い。
くっ、これでも……まだ弾き返せないってんならっ!
「奥の手えええぇぇっ! マジカルフォーミュラ、リ・インフォース!」
「嘘っ……まさか、ドライブの能力を使えるのですかっ?!」
アリスに出来るってんなら、干渉を施してくれたリリカノさんのおかげで、僕にだってドライブ能力を使える事は分かり切っていた。
「跳んでっ……けええええええっ! 四倍だぁぁぁあああっ!」
ドガアアアアアアッ!
「そんな……バカな…………」
軌道を強引に曲げられた火炎流は、アリス目掛けて逆流して行く。
「避け……られ、ない」
ドガアアアアアアッ、ゴゴゴゴゴ……。
大爆発と轟音が響き渡り、目の前には大きな黒雲のような黒煙が、不気味に渦巻いていた。
「ハアッ! ハアッ! ハアッ!」
うぐ、キツイ……っ!
「くぅっ?!」
ヒュギインッ!
「まだっ、まだですっ! 私はまだ……戦えるっ!」
「でも、耐久値が……、もう限界近いよなぁっ!」
黒煙の中から飛び出して来たアリスの奇襲を、受け止め切って。
「悪いけど、これで決着をつけるっ! 六道奥義っ!」
大剣を弾き返し、がら空きになったアリスの身体へ、回転断空脚を放つ。
ボディへ打撃を食らったアリスが、斜め上空へとミサイルのように吹っ飛んで行った事を確認し、それを猛ダッシュで追い掛け、飛び上がる。
悪いな、アリス。
この勝負、僕の勝ちだよ。
先にドライブ能力を使ったお前は……ドライブ能力がまだ持続している僕の魔法力を遥かに下回っているんだ。
「断っ空っ!」
アリスを追い越すように飛び上がってから、オーバーヘッドを叩き込み、地上へと返す。
ドカンッ!
『私は、いったい何の為に、存在しているんですかっ?! 勝手に存在させられて、勝手に敵対させられて、殺し合って……私はっ、なんなんですかっ?!』
本当にごめん。
何もしてあげられなくて……救って上げられなくて。
「……」
アリスを地上へと返した僕自身も、地上へと飛び降りる。
タイミングは……申し分無い。
数メートル先に落下して来るアリスを目掛けて、断空脚で地面を蹴り、速度を力に変換する。
『私だって消えたく無いですっ! せっかく存在したのに……何も無いまま、このまま殺されるなんて受け入れられませんっ!』
消えたくないと願う女の子の思いを……僕は壊してしまう。
都合の良い提案をして、自分に向けて理由付けをし、身の保全をして……どんなに言い繕ったって、お前を消してしまうのが僕である事に変わりは無い。
それでも、僕は全力でお前を倒す。
女の子を殴るなんて、とてもじゃないけれど、気分は悪い……最悪だ。
だとしても、アリス……お前の思いの強さを理解出来たから、だから、僕は一切の加減をせず、僕の思いを全力でぶつける。
お前を……倒す為にっ!
「絶破ぁぁぁぁぁああっ!」
ドッ!
落下して来たアリスの身体へ、寸分の狂い無く、渾身のストレートが入った瞬間。
恨め。
僕自身を。
「マジカルッエクスプロオオオォォォジョンッ!」
ガガガアアアァァァアアンッ!
魔法力を解放し、爆発の効果を付け加え、一切の加減が無い僕自身の最大の攻撃が、クリーンヒットした。
アリスは数百メートル先まで、吹っ飛んで行き、隆起して出来上がった地面の壁に激突して、ようやく止まった。
遠目にその姿を確認すると…………変身が解けた、黒基調の服装だけを身に纏った、通常状態のアリスに戻っている。
決着は……着いた。
通常状態のアリス。
まだドライブ能力中の僕。
ドライブ能力が切れたって、僕は耐久値がかろうじて残っている。
変身を維持しているのだから、どんなに僕の体力が無くなっていたとしても、アリスが僕に勝てる見込みはもう存在しない。
アリスの所まで、ゆっくりした足取りで僕は歩く。
「そう言えば……足、痛めてたんだよな…………夢中で、忘れてた」
片側、熱を帯びながら、ズキズキとしている……。
とりあえず……使えなくなった、なんて事は無さそう。
片足を引き摺るようにして、ようやくアリスのもとに辿り着いた。
「大、丈夫か?」
壁に埋まったままのアリスを抱き上げて、引っ張り出した。
死んでいるわけでは無い……もう抵抗する気力すら残っていないのだろう。
「私は…………何の為に、存在したのでしょう……。人を襲うのは……嫌でした。誰かを傷付ける事も、嫌でしたっ!」
どんな言葉を掛けて上げるべきなのだろうか?
これは全部、レーデンヤの呪術式の及ぼした効果……だから、アリスは嫌だと感じてもそれに従うしか無かった。
そう、告げて上げる事が最善なんだろうか?
それで……何もかもを受け入れて納得出来るだろうか?
僕はアリスの前にしゃがみこんで、素直な気持ちを告げる。
「お前に取っては、嫌な思い出ばかりなんだろうけど。僕は……お前と戦った事、少しは楽しかったって思えるよ」
「どう言う事、ですか……?」
「こんなにさ、世界がボロボロになる戦い、早々出来るものじゃないだろ? 変身して、魔法使って、武器でガンガンやりあってさ。どっちが強いか決着を着ける……だから、楽しかった」
悩んでいる相手に対して告げる答えとしては、最低で最悪な返答だと思う。
何一つとして、アリスの言う事を救えていないのだから。
「でも……ゴメン……。本当にごめん……僕はお前を……救って上げられなかった……何もしてあげられなくて……ごめんよ、本当に……」
アリスを消して自分は残る。
きっとこれが正義の味方であったなら、奇跡の力を使って、アリスを救って上げられたのだろう。
それを成し得て上げられない僕は……やっぱり、正義の味方には向いていない。
奇跡の力なんて……起こせないのだから。
「…………あなたに、出会わなければ良かったと思います」
「え?」
「こんなにも、もっと……消えたく無いと感じてしまうのですから」
アリスは僕の前にゆっくりと立ち上がる。
「私には時間が無いようですね。私が消えた後、扉が出現します。それを通って、あなたはあなたの世界に戻れますよ」
アリスの身体から光の粒子が舞い上がる。
「一つだけ、存在した理由があったとしたら」
僕を見下ろしながら、アリスは続ける。
「私も、あたなとの全力バトルは……楽しかった、と思います」
「アリス……」
「たくさん……たくさん納得は出来ないけれど、あなたとの約束を果たします。それでは、これで……」
「ま、待ってっ!」
僕は急いでジャージのポケットを……。
「ああああっ、変身が邪魔で、これどうやったら解除出来んの?」
「……解除する事をイメージするだけです」
「そ、そっか、ありがとう! よしっ」
変身を解いて、ジャージ姿になった僕は急いでスマートフォンを取り出す。
あれだけ激しいバトルしたってのに、どこも壊れてない……さすがリリカノさんから貰った特注品だ。
「アリスとの思い出を残しておきたいんだ」
ここを出てしまえば、呪術式から解放されて、これまでの呪術式絡みの記憶は無くなってしまう。
それでも、やっぱり、何かすら形として残しておきたい。
「写真、分かる?」
「ええ、知識としてはありますので」
「そっか、じゃあ……出来るだけとびきりな笑顔で頼むよ」
「……これから消える人間に言う事では無いと思います」
「ゴメン……僕、デリカシー無くてさ」
それでも、残すのであれば、お互い笑顔の方が断然良いに決まっている。
「分かりました、善処します」
「ありがとう。んじゃ、ポーズはこうね? オーケー?」
「……それ、意味があるんですか?」
「魔法少女は必ずこのポーズを取るんだよ」
「私達は魔法騎士少女ですけど?」
「細かい事は気にしない。撮りまーす。三、二、一」
カウントダウン終了と同時に眩いフラッシュと、シャッター音が小さく鳴った。
そしてアリスは、一歩僕から離れて告げる。
「…………もし、いつか」
と言ってから。
「いえ、何でもありません」
「なぁ、アリス。願う事は、悪い事じゃない。願ったっていいんだよ。それが現実になるかどうかは別として、願えばそれが希望に繋がるんだから」
「そうですか。もし、いつか……また何処かで出会う事が出来たのなら……友達に、なって貰えますか?」
「あぁ……もちろん、約束する」
「ありがとうございます。最後に、名前を教えて貰っても?」
「初音七」
「ねななさんですか」
「区切るとこそこじゃないからっ!」
「つねななさん?」
「違うよっ!」
「分かり辛いです」
「わざとだろ?!」
「?」
ワザとじゃないのか……?
なんて起用なボケをするのだろう。
「次は絶対に負けませんから……さようなら、ねななさん」
そしてアリスは僕に穏やかな笑顔を向けて、アッサリと消えた。
別れの場面としては本当に呆気無い程に。
その後には、一つの扉。
……帰ろう。
アリスと約束したんだから。
勝ったら現実の世界へ帰ると言った事を、実現しなければならない。
「でも、お前とのバトルは、さすがに二度はキツイって……」
A Preview
「初音さん、大変な事になったわよ」
「……何ですか? あまり聞きたく無いんですけど」
「どうやらエンディングを、私、高瀬さん、初音さんとアリスで歌う事で進行しているらしいわ」
「アリスも?!」
「あの子も中の人はいるでしょう? だから総出演で、と言う事らしいわ」
「そう考えると、たった四人でここまで来たんですね、僕達って……」
「そうね。それに、それぞれみんなが、初音さん以外とは絡んでいないのよね」
「……よくこんな長い事書き続けられましたよね、少し、作者を尊敬しますよ」
「きっとその作者も、初音さんと同じように友達がいないのでしょう? だから少人数の絡みが上手なのよ」
「可哀そうだから止めて上げてっ!」
「それにしても、困ったわね。私、歌なんて得意じゃないわよ?」
「僕だって……ハッキリ言って、人前で披露出来るレベルじゃないっす」
「高瀬さんは?」
「どうなんでしょうね?」
「ふむ、アリスはどうなの?」
「もっと未知数です」
「こうなったら、二人にまかせて口パクで乗り切るしか無いわ」
「僕達必要無いじゃないですかっ!」
「仕方ないでしょう? 歌え無いもの」
「キャラソンとか提案されたらどうするんですか?」
「その時は一層の事、この仕事を降りるわね」
「そこまでっ?!」
「何なら、あなたが私の役も演じてくれてもいいわよ? あぁ、そうしましょう、それじゃあ、後はよろしく」
「あああっ、ちょっとリリカノさーんっ! 行っちゃったよ……あの人、どこまで本気か分かり辛いんだよなぁ……ちょっと、練習してみるか。う、んんっ! では。全く、バカに付ける薬は無いなんて、よく言ったものよね…………。な、なんだろう……新境地と言うか……クセになりそうっ! これが、Sキャラってヤツなのかっ?! あ、でも待てよ……リリカノさんの代わりをするとなると、卑猥なワードも言わなくちゃいけないんだっけ? あれ、はキツイよなぁ……言ってる時、本当に言ってるんだもん……あの人、中の人そのものが絶対Sよりだわ……うん」