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2016年/短編まとめ

生きてるって感じ

作者: 文崎 美生

いらっしゃいませ、ありがとうございました、繰り返し出す言葉にそれらしい感情は必要もなくて、業務として淡々とこなしていく。

働くというのは酷く億劫で面倒臭い。


機械の方が完璧に出来るであろう仕事なんて、いつか人が不要になってしまうことだろう。

それが何年後の話か、何十年後の話なのかは分からないけれど。

兎にも角にも、人がやっても機械がやっても大差のない仕事をして食べて寝るだけの毎日を過ごしている。


仕事をするっていうのは、社会貢献として必要なことであり、していなければ屑としてしか見なされないのだろう。

そのレッテルを貼られないために、生産性のない、やりがいの感じられない仕事を淡々と黙々とこなす。

あぁ、なんて下らない日常だろうか。


安っぽい計算機を叩いて、レジの中に入っているお金を確認していき、レジ上げという名の確認を終える。

オーケー、問題ない。

パチン、と計算機の電源を落としてレジの隅っこに滑らせる。

壁とぶつかってゴンッ、なんて音がしたが知ったこっちゃない。


時計を確認してピッタリ上がりの時間であることを確認してから、レジにいた後輩に「お先です」とだけ声を掛けた。

「お疲れ様でーす」覇気のない声に背中を押されてバックヤードを潜る。

まぁ、この時間はお客さんも少ないし暇だよね。

今時レジ打ちしてて無駄に元気な人なんていないんじゃないだろうか、同じ作業の繰り返しは飽きるし、変なお客を相手にするのも面倒だから。


早く辞めたいな、そんな気持ちしかなくて、張り切って仕事をすることはない。

そもそも高校を卒業して間もなくフリーターという時点で詰んでいるのだ。

別に良いけど、と吐き捨てながら脱いだ制服をロッカーに突っ込む。


自分自身の人生を詰んだと思うのは別に良いのだ。

寧ろ面倒なのはそれを他者に指摘され、口を出されることだろう。

放っておけよ、それに限る。


そんなこんなんで高校を卒業した後は、気ままにフリーターとして毎日レジを打って、適当に栄養を取って睡眠を取るだけなのだ。

不満はない。

別にそれでも生きていられるのは、そこそこの仕送りがあって、在学中に短期バイトで貯めたお金があるからだ。


「足りないのは、刺激……かな」


特に何が入っているわけでもない軽い鞄を肩に引っ下げて、のろのろだらだらと足を引きずるように歩きながら、バイト先を出る。

そう、刺激、刺激が足りない。

気怠い体とは正反対に体の芯の部分が叫ぶ。

たりない、足りない、タリナイ。


学生時代はそこそこに楽しんでいた。

今もそこそこだれど。

いや――何事もそこそこだった。

学校生活も態度も成績も、今の生活だって交友関係だってそこそこで曖昧なもので、輪郭のぼやけたものばかりだろう。

だからこそ、人生はそこそこに謳歌している。


「でも、足りない」


足りないのは刺激であり、それがどんな刺激で、どんな場所でどんな時に得られるものなのかは分からない。

ただ、漠然とそれが足りないと叫ぶのだ。

同じ毎日の繰り返し――それは当然のことであり、そんな事の繰り返しで日常が出来上がっている。


「あぁ、クソつまんない」


後ろ手で閉じた扉は重く大きな音を立てた。

バイト先から出た瞬間に感じたのは静寂で、空気がひんやりとしているのを肌で感じる。

黒と青をぐちゃぐちゃに混ぜたような夜空の上には、細かく飛び散らせた白い絵の具みたいな星が散らばっていた。


「迎えに来たのに散々な言われだな」


あー、と意味の無い呻き声を上げながら空を見上げていたら、舌打ちと一緒に投げられた言葉。

舌打ちも声も、全部聞いたことのあるもので、寧ろ聞き覚えのあるものだった。

上げていた首を下ろして、のんびりと声の方向を向く。


そこには聞き覚えのある声に相応しい、見覚えのあり過ぎる姿があった。

闇に飲まれそうな黒髪と黒目、その黒目を隠すような同じ黒の眼鏡と気怠そうな表情。

目が合えば、またしても舌打ちを一つ。

すっかり癖になっているようだ。


「迎えに来てくれたの。ありがとう」


カツコツ、コンクリートを踏む。

彼は立ち止まったまま、面倒臭そうに溜息を吐き出してから、帰るぞ、と一言。

いつから待ってたの、なんて聞く必要も無いだろう。

シフト表はいつでも冷蔵庫の扉の真ん前に貼ってある。


上着のポケットに突っ込まれた腕を見て、そこに自分の手を滑り込ませれば、一瞬だけ向けられる視線。

三度目の舌打ちが響く。

舌打ちと溜息って、仮にもそういう関係の人間に対して頻繁に向けるものじゃないだろう。


ポケットに滑り込ませた手で、ポケットに最初から居座っていた手を掴む。

自分の手よりも一回り二回りは大きくて、骨張った、それなのに細い手。

男の癖に何だ、この細さは、と一度だけ言ったことがあったが、その細い腕で絞め殺されそうになったのでもう二度と言うまい、と誓った。


「でも、死と向き合うのは刺激になりそうだね」


ポケットの中で相手の手を握ったり離したり。

いつの間にか貝合わせな握り方になっているけれど、歩くペースは変わらずに私が少し大股。


「刺激がなくても死なねぇだろうが」


「……うん。まぁ、それもそうだねぇ」


はぁ、と短い息を吐き出せば、ポケットの中で繋がれた手がぎゅううっ、と握られる。

ちょっと骨の軋むような音もするけれど、そんな風に向こうから何かを仕掛けてくるのは珍しい。

手も繋がせてくれる、腕も組ませてくれる、ただし自分からしないがデフォルトのくせに。

非常に珍しいこともあるものだ。


見上げた先では前を見据える見慣れた横顔。

端正な横顔、憎らしいくらいに綺麗な横顔に歯噛みしてしまいそうになる。

ただ同時に感じた妙な感覚。

体の芯がビリビリと何かを感じ取って震えた。


「あ、刺激」


呟いた言葉にこちらを振り向いた彼は、何言ってんだお前、と言わんばかりに顔を歪める。

明日もバイトがあるので早く帰らなくてはいけないけれど、一つだけ言っておこう。


「まだまだ、ちょっと、楽しいよ」


私の言葉に彼は鼻で笑って「そうかよ」と言った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 日常に少しの刺激が欲しい気持ちが伝わってきます。 たまたま見つけた小説ですが、あなたの書く文章がとても好きです。 これからも応援させてください。 頑張ってくださいね。
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