[08] 花火大会
あれは、毎年恒例の花火大会を見に行った時のことだ。
俺は二人の妹、林檎と杏を連れ、その花火大会を見るために、山の中腹にある公園へ来ていた。
公園の木々の間から、火の花が咲く。
数秒遅れてどーん、という振動が全身を震えさせ、その刺激に林檎が嬉しそうな声を上げた。
「わあ……とっても花火がよく見えるよ、お兄ちゃん!」
「だろ? ここは穴場だからな。小さい林檎と杏でも大丈夫だぞ」
会場となっている河川敷は人が凄くて、身動きが取れないほどだ。
去年はそっちへ行ったのだが、あまりに人ごみに、林檎と杏が泣き出してしまった。
だから今年は、何としても二人の妹に綺麗な花火を満喫させてやる必要があった。花火の打ち上げ位置と地図から、観賞に最適な場所を割り出したのだ。
本当に穴場だったらしく、俺たち以外に人は誰もいない。
「兄さん……置いてかないで……っ」
「大丈夫だ、杏。この俺が、杏を置いていくわけないだろ?」
ぱたぱたと走り寄って来たのは、下の妹の杏だ。
不安そうな眼差しに応えるため、俺は杏を持ち上げて、肩の上に乗せた。いわゆる、肩車だ。
「ほら杏、こうするとよく見えるだろ?」
「凄い……!」
杏が俺の頭を掴んだまま、身を乗り出して目を輝かせる。
視線の先には、大きな黄金色の花火が打ち上がっていた。砂金を宙にばら撒いたかのように、きらきらと美しく光を反射している。
きゃっきゃとはしゃぐ杏を見上げ、不満そうな顔で頬を膨らませたのは、林檎だ。
「お兄ちゃん、杏ばっかりずるい! 私も!」
「おっし、任せろ」
二人を木の枝に持ち上げる。
太い枝は、小さな女の子を二人座らせても、ビクともしなかった。
可愛らしく座ったまま、林檎と杏は花火に目が釘付けになる。
「わあ……凄い! 凄いよ、お兄ちゃん!」
「とっても綺麗だね、兄さん」
きらきらと、炎色反応によって作られた化学の花が夜空に舞う。
林檎たちは、本当に嬉しそうな顔で花火を見上げていた。
どんどんと、肌に花火の衝撃がびりびりと響く。それすらも楽しいようで、妹たちは肩を寄せ合って楽しんでいた。
そんな妹たちに目を細めていたのだが、とある花火が、俺の視線を奪い去った。
「……? 何だ、あの花火……?」
緋色に浮かんだ、巨大な花火。
突如、夜空に浮かんだと思ったら、他の花火とは違ってそのまま淡い光を放ち始めた。
あんな光り方をする花火があるのか?
花火はどんなに長くても、数秒で燃え尽きてしまう。だからこそ美しいのだが、その花火は消えるどころか、徐々に光を強くしている。
本当に、あれは花火なのか?
よく見れば、幾何学的な文様を描いているような……?
「花火じゃない……? 文様……いや、魔法陣ってヤツか……?」
ゲームや漫画に出てくる、魔法使いが描いているような魔法陣。あんな感じだ。
その魔法陣は、あろうことか、さらに大きさを増していく。
夏の夜空を覆い尽くさんばかりに広がると、世界を照らすほど、神々しく輝き始めた。
そして――
「へ……?」
身体が、ふわりと浮かび上がった。
理屈ではなく、感覚が理解する。
俺は今、あの魔法陣に吸い上げられていると。
「な……っ!?」
手足を伸ばすも、どこにも届かない。
気づけば、林檎と杏が、ただ呆然とした表情で俺を見上げていた。
「お兄ちゃん?」
「兄さん……?」
妹たちに手を伸ばすが、吸い上げられる速度の方が圧倒的に速い。
次の瞬間、俺は夜の魔法陣に吸い込まれるのと同時に、眩し過ぎて目が開けられないほどの光の本流に呑み込まれていた。