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[06] 懐かしの我が家

 駅から徒歩十五分。

 商店街を抜け、川を渡り、大きなお菓子会社の工場を横目に過ぎた、住宅街の片隅に、その一軒家はある。


 駐車場に車はなく、植木鉢などが所狭しと並んでいる。

 壁に貼られているシールは、昔、俺が貼ったものだ。

 ここからでは見えないが、裏手に自転車を停めており、中学時代に部活でやっていた、バスケの道具なんかを入れている、小さな倉庫もある。


 表札に刻まれているのは『九段下』の文字。

 そう――ここが、俺の生まれ育った家だ。


「やっと……やっと帰ってきた……!」


 実に三ヶ月ぶり。

 まさか、花火大会から戻るのに、こんな時間かかるとは思っていなかった。

 長かった。本当に長かった。

 いくら遠回りなんて言っても、まさか、魔王城を経由することになるとは。

 ああやばい、ちょっと泣けてきた。


「懐かしの……懐かしの我が……家?」


 しかし、ここでも違和感が首をもたげてくる。

 ごくごく普通の、三十五年ローンを組んで建てた、二階建ての家。だいぶローン残高も減ってきたはずのこの家は、間違いなく、俺が生まれ育った家だ。

 ただ、やっぱり三ヶ月前とは、微妙に違って見える。


「おかしいな。隣の柏木さん家、建て替えたのか? 家って、三ヶ月で建て替えられるもんなのか?」


 右隣の家は、老夫婦が住んでいた。

 子供の頃よく遊んでもらったが、古めかしい日本家屋で、畳の香りがどこか懐かしさを与えてくるような家だったのだ。

 それがどうだろう。いつのまにか、三階建ての、オシャレな家に変身している。爺さんたち、二世帯住宅にでもしたのか? でも確か、娘夫婦は都心のマンションに住んでいるって聞いたけどな。


「それに、ウチも窓の格子が変わってるし、この間直したばっかの外壁が随分汚れてる……欠陥工事だったのか……?」


 そんなこと、あるんだろうか。

 積み重なる違和感に、どうにも嫌な予感は拭えないのだが、今はそんなことよりも優先すべきことがあった。


「まあいいや。えっと、鍵は……」


 ポケットからキーを取り出す。三ヶ月にわたる異世界での無意味なバトルでも、絶対になくさないようにしていたものだ。

 ちなみに、大事なのは鍵じゃない。鍵についている、ペンギンのキーホルダーだ。

 これは二年前の誕生日、妹たちが少ないお小遣いを出し合って買ってくれた、俺の宝物だ。

 一度、キラキラ光る鍵を狙って、ホビットの集団がこれを盗もうと夜中の宿へ侵入してきたことがある。


 もちろん、俺は瞬殺した。


 容赦などしなかった。慈悲などあるべくもなかった。

 俺の宝物に手を出す奴は、たとえ悪魔だろうと神様だろうと、手加減などするはずもない。


 風魔法で追い立て、火属性魔法で焦がし、土属性魔法で首から下を生き埋めにした。


 そして最後に、俺が知る限り、最大火力の禁呪――メテオフォールをぶっ放そうとしたら、リリミィたちに羽交い締めで止められた。

 世界が滅ぶからやめろ、と。


 ホビットたちは震え上がり、リリミィたちに出してもらった後、一列に並んで土下座してきた。

 異世界にも土下座があるんだと知って、ようやく冷静になったのを覚えている。


「おお、開いた開いた」


 当たり前だが、鍵は変わっていなかった。

 かちり、という音を耳に、俺は懐かしの我が家のドアを開く。


 我が家の匂いがした。


 どこに家にも、独特の匂いが染みついている。長くその場にいる住人は気づかないが、他者が訪問すれば、それはすぐにわかるものだ。

 三ヶ月という時間は、家の匂いを自覚させるほど、長い期間だったということなのだろう。


「っとと、靴を脱がないとな」


 あっちの世界では、寝る時以外、靴は脱がなかった。

 もともとそういう文化がなかった、というのもあるが、いつ襲われるかわからなかったから、という理由も大きい。

 宿に泊まる時でさえ、俺たちは交代で見張りを立てていた。


 だが、そんな殺伐とした生活も、過去の話だ。

 日本の文明人らしく靴を脱いで、家に上がる。


 その時、玄関に見覚えのない靴があるのを見て取った。


「……? 母さんの靴か、これ……?」


 サイズの小さなローファーだ。男物ではない。が、妹たちが履けるほど、小さなものでもない。

 俺が行方不明になってしまったため、妹たちの面倒をみる者がいなくなってしまった。

 だから、海外を飛び回っている母さんが戻って来たのか?


「シャワーの音……多分、母さんだな」


 一応、心配をかけているかもしれないので、声くらいはかけておこう。

 あの傍若無人な母さんが、愚息の心配をするとは思えないが、念のため。


 脱衣所に行くと、シャワーの音が大きくなった。おいおい、洗濯機まで変わってるぞ?

 その奥にある、擦りガラスの向こう側に、俺は何と説明するべきか悩みつつ、声をかけた。


「あー、悪い。俺、紅也。信じてもらえないかもしれないけど、実は異世界で魔王退治をして、今帰ってきたとこで――」

「…………え?」


 返ってきたのは、聞き覚えのない声。

 え、なんだ? 母さんじゃない? なら、誰が入ってる――?


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