[05] 正しい魔法の使い方
どうしてかその声が気になって、俺はひょいとバックヤードの中を覗いてみる。
そこには、店員らしき人物と、制服を着た女子生徒が向かい合ってた。
って、あれ、また俺と同じ学校の制服じゃないか?
さっきの子とは別みたいだが――
「キミが万引きしたんだろう。見ていたぞ」
「してないわよ! ふざけないで、これは別のお店で買ったって言ってるでしょ!?」
「嘘をつくな。ならレシート見せてみろ」
「そんなの、レジのゴミ箱に捨てたわよ!」
言い争っている内容からして、万引きを疑われているらしい。
こちらに背を向けている少女は、やや茶色がかった髪に、着崩した制服。なるほど、疑われやすい容姿をしていることはわかる。
「その制服、山野辺学園の生徒だな? ちょっと来い、話は先生を呼んでから聞く」
「なっ、どうしてよ!?」
腕を引かれた少女が、抗議の声を上げる。
ま、やってなくても、学校に知らせるって言われたらちょっとビビるよな。
「学校は関係ないでしょ!?」
「やってないなら呼ばれて困ることもないだろ。いいから早くしろ」
店員は面倒そうに言いながら、店の奥へと連れて行こうとする。
本当に万引きしたかどうかは、わからない。けど、何故か、妙に少女のことが気になった。
背中を向けてはいるが、同じクラスってわけでも、顔見知りって感じでもない。
赤の他人のはずなのだが、どうして、こんなに気になるんだ?
「――風の精霊よ。我が目に深淵を覗く力を宿せ」
気づけば、俺は小声で魔法を詠唱していた。
魔法は恐ろしいくらい、何でもアリな能力だ。
使える者が限られるため、あっちの世界ではそうそう悪用されている様子はなかったのだが、使い方によってはこんなこともできてしまう。
――どうせこいつがやったに決まってる。
――学校に連絡すりゃ、大人しくなるだろ。
――最近万引き多くて困るんだよ。ふざけやがって。
店員の思考が、耳の奥に届けられた。
異世界では、風の精霊は人を惑わせる力を持つとされている。だから、幻影を生み出したり、相手の思考を読んだり、逆にそれを妨害する時に使うことが多いのだ。
それを応用して、相手の思考を読み取ることができる。
悪いとは思いつつ、それを少女に向けてみた。ゆっくりと、表層的なものだけだが、少女の心の声が聞こえてくる。
――わたしじゃないのに、どうして信じてくれないの……?
――本当に、万引きなんてしてないのに、これ以上、お姉ちゃんに迷惑かけられない……!
――助けて……助けてよ、お姉ちゃん……
――助けて……兄さん……!
それは、反射的な行動だった。
「ちょっと待った」
「ん……?」
バックヤードに足を踏み入れた俺は、少女を奥に連れて行こうとした店員を呼び止める。
「……え……?」
何故か驚いたような顔をした少女の視線をよそに、俺はきっぱりと言い切った。
「その子、万引きなんかしてないっすよ」
「は? キミ、この子の知り合い?」
「いや、知らないけど」
どことなく見たことがあるような気はするし、同じ学園の制服を着ているも、知り合いではなかった。
けれど、心の中で兄の助けを呼ぶ声。
あの声に、俺は突き動かされていた。
俺のことではないだろうが、妹が助けを呼ぶのであれば、それを助けない兄などこの世に存在するだろうか?
――否、いるはずがない。
「そのガム、駅前のコンビニで買ったもので間違いないっすよ。時間は大体三十分前。コンビニの店員は中年の女性。レシートはまだ残ってるだろうし、何なら防犯カメラを見せてもらえばいいんじゃないっすか?」
「ちょ、え? キミ、何を言って」
「POSで管理してますよね? 数を照らし合わせてみれば、盗まれたかどうかわかるはずですよ。面倒? アホなこと言わないでくださいよ。警察が来て、冤罪だとわかったらその方が面倒なことになりますよ?」
「な……!? ど、どうして……!?」
心の中を覗かれ、店員は心底驚いている。
そういや、見ない顔の店員だな。この店の人は、大体顔見知りのはずなんだが。
「さて、どうします? 何なら、店長さんと相談してもらっても構わないっすけど」
俺はタマネギを片手でお手玉しながら、店員にボールを委ねる。
ここの店長さんは、かなりおっかない人だ。
子供の頃、俺は何度も怒られたことがある。その分、曲がったことが嫌いな人なので、こちらの言い分が正しいことを説明すれば、怒られる対象はこの店員になるだろう。
それを即座に理解してか、店員はこれ見よがしに舌打ちすると、
「……今回だけだぞ。次はないからな!」
そんな捨て台詞を残して、奥へ消えて行った。
やれやれ、頭の悪い魔族だって、もう少しまともな言葉を残すもんなんだが。
そして、残されたのは、俺と、万引きを疑われた女の子だけ。
「今回も何も、冤罪だっつってんのに」
「あ、あの!」
女の子は、こちらを振り返ると、身体を九十度にして頭を下げてきた。
顔は見えないが、やっぱり、クラスメイトなどではなさそうだ。
恥ずかしそうに告げる声は、どことなく聞いたことはあるんだけれども。
「あ、ありがと……その、助けてもらって……」
「やってないのは、わかってたからな」
「え……?」
女の子が顔を上げるのと同時に、俺は壁にかかっている時計を見上げる。
十六時半。夕食の時間が十九時くらいだから、もう帰らないと、十分に煮込んだカレーを作れないじゃないか。
「やべ、もうこんな時間か……!」
「あ、あの、あなた、名前――」
「じゃあな! 次から気をつけろよ!」
俺は慌てて踵を返し、レジに向かう。
その背中に、女の子の困惑したような声が、わずかに届いた。
「あの人……ううん、まさか……」
その声は、レジに殺到するおばさま方の雑踏に消され、掻き消えていった。