[04] やっぱ、何か変じゃないか?
異世界に召喚された俺に、魔法を教えてくれたのは、リリミィだった。
「魔法の力は、精霊の力を一時的に借りて行使するものです」
王女であり、俺を召喚した張本人でもあるリリミィは、高位の魔法を行使できる存在だった。
王国の中でも珍しい神聖魔法の遣い手でもあり、プリーストとして怪我を直したり、結界を張ったりと、魔王軍との戦いでも大活躍していた。
そんなリリミィは、懇切丁寧に魔法とは何であるかを説いてくれた。
「世界樹から生まれる精霊の力は火、水、土、風、光、闇の六属性に分かれています。本来ならば、一つの属性の精霊と心を通わせるのに数年、さらに従わせて力を借りるのに数年、使いこなすのに十年以上の月日が必要となる、のですが――」
魔道書を手にしたリリミィは、信じられないものを見るような目で、声高に叫んでくる。
「どうしてあなたは、まだ習い始めて十日も経っていないのに、全ての属性の精霊を従えているのですか!?」
リリミィの目の前で六属性の魔法を同時に操ってみせた俺は、苛立ちを隠さずに言い放つ。
「だから、急いでるんだっつってんだろ? 妹が待ってるんだから、早く帰りたいんだよ、俺は!」
「急いでるって、そんな……わたくしだって、光の精霊を従えるのに六年かかりましたのに……!」
結局、俺は瞬く間に全ての魔法を習得し、魔王討伐へと乗り出した。
全ては、元の世界に戻り、妹のもとへ帰るためだ。
「――つまり、この世界にも精霊がいるってことか?」
知らなかっただけで、そうなのかもしれない。
だが、こちらの世界には世界樹はない。どこかで密かに繋がっているのか、世界樹以外の何かが存在するのか。
どちらにせよ、その理由をうかがい知ることはできない。
「魔法の使い方なんて、誰も知らないからな。教わらなきゃ、使いようもないのか」
向こうの世界だって、精霊は目に見えなかった。
リリミィは精霊という言葉を使っていたが、感覚としては、魔力の流れをそう表現していたように思う。
もしかしたら、使い方さえ覚えれば、こっちの世界だって誰でも魔法が使えるのかもしれない。
そんなことを考えながら、駅前を通り過ぎるも、
「しかし、何か変だな……」
言いようのない感覚。違和感とでも言えばいいだろうか。
そう、何かおかしい。
それは、公園に戻って来た時から、ずっと感じていたことだ。
「こんな所にコンビニなんてあったっけか? それに、向かいのラーメン屋がクリーニング屋になってるし。あれ、この道こんな舗装されてなかったよな……?」
学園へ通うため、この辺りは毎日通っていた。
どこにでもある、ターミナル駅から離れた、郊外の駅だ。
ぽつぽつと店が並び、人々は足早に通り過ぎていく。それは三ヶ月前と変わらないが、細部が違う。
コンビニなんてなかったし、よく行ってた安くてそこそこ美味いのラーメン屋もなくなっていた。
買い食いの定番である肉屋のコロッケも、パチンコ店に変わっている。
景気が良くないのは知っていたが、こうも簡単に店って入れ替わるもんなのか?
よく知っている世界であるはずなのに、どこか別の世界へやって来てしまったような、そんな感覚にとらわれた。
「ま、三ヶ月ぶりだし。そういうこともあるよな」
考えたって仕方がない。それに、今の俺には、何よりも優先してするべきことがある。
「林檎と杏は元気かな……寂しい想いしてないといいが……」
二人の妹のことを思い出しつつ、足早に駅前を通り過ぎる。
十歳離れている林檎と、そのさらに一つ下の杏。
目の中に入れても痛くない、とは、まさに妹たちのためにある言葉だ。不在がちな両親に代わり、俺がずっと二人の面倒をみてきた。
お兄ちゃん、兄さん、と可愛く抱き着いてくる二人の妹は、世界遺産に登録してもいいくらいだ。何故ユネスコはあんな可愛い妹を見落としているんだ。仕方がない、後でユネスコに電話してやろう。
「よし、スーパーに寄ってこう。お兄ちゃん特製カレーでも作ってやれば、きっと喜ぶ。うん、そうしよう」
帰り道の途中にある、地元スーパーに立ち寄ることにする。
地域密着型と言えば聞こえはいいが、ただの地元スーパーだ。店長さんも、店員さんも、地元民。知っている人も多い。
「スーパーは変わってないな」
ボロボロの看板も、ダンボールごと外に野菜を並べているのも、無造作にお米の袋が積まれているのも、前のままだ。
それでも、中に入ってみると、売り場の位置がだいぶ変わっている。
スーパーの中を彷徨いながら、俺はカレーの材料を集めていった。
「ニンジン、タマネギ、ジャガイモ、トマト、肉……っと。小麦粉とターメリックとガラムマサラもいるな」
ブラウンソースから作る。当然だ。俺の大事な妹が食べるのだから、変な物は作れない。
焦げないように小麦粉を炒めるため、バターが必要だったことを思い出したところで、
「――ちょっと、離しなさいよ!?」
そんな声が、バックヤードの方から聞こえてきた。