[37] その後1
林檎の衰弱は激しく、三日間、ベッドで安静にしていた。
もちろん、俺はその間、つきっきりで看病していた。当然だ。だってお兄ちゃんなんだからな。
相変わらず両親とは連絡が取れていないが、別にいいだろう。俺がいれば、やつらはいらん。むしろ俺と妹たちとの団欒を邪魔してくるからな。
「もー、お兄ちゃん、大丈夫だってばー」
「ダメだダメだ。ほら、あーんしろ、林檎」
「あーん」
ベッドに横になった林檎は、もうほとんど治っていた。
俺の作ったおかゆを、雛鳥のようにぱくりとしてくれる。親鳥って、こんな気分なんだろうか。なるほど、これは快感かもしれない。
「美味しいか?」
「うん! 世界で一番美味しい!」
「そーだろ、そーだろ! 林檎のために三時間かけたおかゆだからな。多分、ミシュランが来たら星五個くれるくらい美味いはずだ」
「すごーい! さすがお兄ちゃんだね!」
きゃいきゃいはしゃいでいると、それをドアのところから、物凄く冷めた目で杏が見ていた。
「……バカ兄妹……」
それはあれか、バカに思えるほど仲がいいってことかな。いや、照れるな。
「お、杏も食べるか? ほれ、あーん」
「ちょ、やめてよ、恥ずかしい!?」
「何だよ、恥ずかしがることないだろ。兄妹なんだから」
「兄妹だから恥ずかしいのよ!」
不思議なことを言う。兄妹だからこそするんじゃないか。
「ったく……バカなんだから……」
「はっはっはっ! 俺は妹が大好きだからな!」
「わかったわよ、もう、鬱陶しい!」
日本語が通じないヤツを見るような視線で、杏がねめつけてくる。だから、そんな目で見るな。ぞくぞくしちゃうだろ?
「そんなことより」
杏は下を指差すと、
「下に集まってるわよ? 何だか、真剣な顔してたけど」
「ああ。ちょっと行ってくるな」
おかゆを置いて、俺は一階へ降りる。
そこには、異世界の面々が顔を揃えていた。
リリミィとルビーがソファーに座り、縛られたナズナが床に座らされている。何でもいいが、お前らそのでかい剣と杖を家の中に持ち込むな。邪魔だよ。
無言で睨み合っている両者の真ん中に立つと、俺は一つ息をつく。
「さて、それでは裁判をしようか」
「…………」
ナズナは無言でこちらを睨んできた。
あれからリリミィの力で弱ったナズナは追い出され、元の身体に戻った。魔力もほとんど使い果たし、世界樹がないこっちの世界では、それを補充するのもままならない。
つまり、今はもう、ただの小さな女の子でしかなかった。
そんな幼女を前にして、異世界の代表者二人は険しい顔をしている。
「即刻、処刑するべきだ。この魔王は危険過ぎる」
「同意です。時間操作ができる時点で、危険性はとても大きいです」
検察側は即刻処刑を要求してきた。まあ、そうなるだろうな、とは思っていたが。
「殺すといいのです。もう、これ以上、この世界に未練はないのです」
弁護側も、特に弁護するつもりもないようだ。もう過去に戻る魔力もないので、全てを諦めているらしい。
さて、どうしたもんかな、と思っていたところに、
「そんなのダメ!」
騒ぎを聞きつけた林檎が、リビングに飛び込んできた。
「お兄ちゃん、ダメだよ! ナズナに酷いことしちゃダメ!」
「林檎」
ナズナを庇うように立つ。それで酷い目にあったというのに、林檎は何も変わっていない。ま、そこが可愛いんだけどな。
「……どうしてなのです? ボクは、あなたに酷いことをしたのです」
「それは、仕方がなかったからでしょ? 私はよく覚えてないし、それに」
ぎゅっとナズナを庇うように抱き締めると、林檎ははっきりとした口調で告げた。
「ナズナは私も妹だもの。姉は、妹を守るものなんだよ?」
「そ、それは、もう嘘の記憶だったと理解しているはずなのです……!」
「そんなの、関係ないよ」
にっこり微笑んで、林檎は断言する。
「少しでも、嘘でも、一緒に過ごしたなら家族なんだから」
「…………っ」
一瞬、魔王が――ナズナが、泣きそうな顔をする。
こいつにも一応、家族みたいなヤツらがいたんだろう。
仲間として共に過ごしてきたヤツもいたはずだ。
まあ、それを根こそぎ吹き飛ばしたのは俺なので、なんとも言えないところではあるが。
それでも、家族への想いが消えるわけじゃない。
「ふむ。まあ、林檎がそういうならいいだろ」
「コウヤ!? そんな、この者が何をしたのか、もう忘れたのですか……!?」
「別にそうじゃないけど」
頭をがしがし掻く。小難しいことは苦手なんだけどな。
「もう、ほとんど魔力も残ってないみたいだしな。世界樹がないと魔力が戻らないのは、こいつも同じ。こっちの世界で負の感情をちまちま集めたって、大した魔力にはならないし」
「そうですが……!」
「だが」
タダというわけじゃない。俺はこいつに、やって欲しいことがあるんだ。
「一つだけ、条件がある」
「……何なのです?」
片方の眉を吊り上げたナズナに、俺はその条件を突きつけた。
「俺を、七年前の世界に戻してもらう」




