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[03] そうか、ゴブリンに似てるんだ

 その声が気になったのは、どこかで聞いたことがあるように思えたからだ。

 そう思って、俺は声が聞こえてきた方――駅の近くにある、自動販売機が立ち並ぶ場所で、制服姿の男女が言い争っていた。

 正確には、男二人が、一人の少女に絡んでいる。


「おーおー、元気いいねー?」

「一人なんだろ? いいじゃん、ちょっと遊んでこーよ。奢るからさ」

「結構です! 急ぎますから!」


 女の子の方は、絡まれて迷惑そうにしている。遠目だが、ナンパされるのもわかるくらい、綺麗な子だった。

 男二人は相手の迷惑も織り込み済みなようで、執拗に絡み続けている。


「ナンパか? こういうとこは変わってないな」


 正直、この辺りはそんなに治安がいい方じゃない。

 ターミナル駅ってほど大きな駅じゃないから、人通りがそれほどないのだ。

 とはいえ、真昼間からDQNがナンパに精を出すほどじゃなかったはずだ。

 というか、あれ、俺の高校の制服じゃないか?


「九段下さー、いい加減にしとこーぜ? こんなに誘ってやってんだからさー、ちょっとは付き合えよ」

「そーそー、お前顔の良さと付き合いの悪さがエラい評判だぞー?」


 ナンパかと思ったが、互いに顔見知りなのだろうか。同じ学校かもしれないが、見たことない奴らだ。

 しかし、気になったのはそこじゃない。


「九段下……? 俺と同じ名前……?」


 自分で言うのも何だが、俺の苗字はわりとレアだ。人生の中で、同じ苗字だった奴を見たことがない。もちろん、他にいないってこともないだろう。

 こちらに背を向けているため、女の子の顔は見えない。

 だが、その声や雰囲気に、どことなく覚えがあった。


「あの子、どこかで――」


 そんな風にじろじろ観察していたからか、男の一人がこちらに視線を差し向けてきた。


「おい、何見てんだテメェ?」


 わかりやすいくらい、テンプレートなことを言いながら、男たちがこちらに歩み寄ってくる。

 数の上で有利だからか、それとも、一人でも何とかなると思ったのか。

 にやにやと嫌らしく笑いながら、二人は眼前まで迫ってきた。


「…………」

「何黙ってんだよ。あ、ビビった? ビビっちゃった? おしっこちびっちゃった?」

「うっそマジ? ちょっと見せてみ? 写真撮ってインスタにアップしちゃうから」


 茶髪のロンゲに、坊主頭のピアスという取り合わせ。

 こんな目立つ奴が学校にいたら、一度は見てるはずだが、全く覚えがない。

 向こうも、俺のことは知らないみたいだが……はて? 何かに似ているような。


「ああ、そうか。何か似てるなーって思ったら、ゴブリンに似てるんだ」

「あ? ゴブリン?」


 そう、ゴブリン。

 魔王軍の最弱兵として、あちこちの村で暴れていた奴らだ。

 知能は低く、武器を振り回すことしかできない。エルダーゴブリンの中には魔法を使う奴もいたが、そんなのはごく一部だ。

 そんなゴブリンに、こいつらはとてもよく似ている。


「頭悪そうなところとか、数で群れるところか、それでもアホだから大軍は集められないところか、行動原理がそっくりだ」

「ハッ、何言っちゃってんの? 見て来たみたいに言ってっけど、もしかしてゲーマー?」

「見て来たみたいじゃなくて、実際に見て来たんだよ」


 それだけじゃない。散々戦ってきた。

 屠ってきた数も、おそらく一番多いんじゃないか?

 そう、たとえば、こんなふうに。


「――冥界に潜みし混沌の原初よ。我が命に従いその焔を眼前に示せ」


 胸の前で印を結ぶ。

 原初のルーンを示す刻印が、魔力を媒介にして宙に刻まれる。指先に込められた魔力から言霊を通じて物理現象への介入をする――それが魔法だと教えてくれたのは、リリミィだ。

 しかし、茶髪とピアスの反応は、まあ、ある意味当然なもので。


「うっわ、何こいつ? もしかしてアレ? チューニってやつ?」

「古ッ! 超古ッ! 今時中二病って、化石? もしかして、キミ生ける化石? インスタにアップしよ」


 いそいそと携帯を取り出した二人を前に、俺は詠唱を続ける。

 それほど難しい魔法じゃない。短縮詠唱を交えつつ、魔力による印の形成はすぐに完了した。


「祖は力。永劫なる崩壊は、零より始まり、零に終わる」

「うぜー。もういいよ。ちょっと黙っとけ、な――」

「――ケイオス・グラビティ、駆動」


 そして、常識と物理を華麗に無視した超常現象が――


 ――魔法が、発動する。


「あ……?」


 地面に溢れたのは、魔力。力の本流の元素とでも言うべき力。

 あらゆる物理現象に介入し、ニュートンが唱え、ガウスが育て、アインシュタインが纏めたこの世界の常識を、丸ごと引っくり返す。


 万有引力の法則なんてなかったことにして、俺は手始めに、茶髪たちの周り、半径三メートルの範囲の重力を、十倍にした。


「が……っ!?」

「お、おい……!?」


 立っていることなどできるはずもなく、二人は地面に引っ張られるようにして膝を突き、両手とアスファルトを仲良くさせる。

 その足元に描かれているのは、ルーンだ。

 魔力で形成された、一筆書きの力の結晶。そこに描かれている意味は、同じく魔力を持つ者にしか理解できないだろう。


 そのルーンを少し弄ってやれば、こんなこともできる。


「出力向上」

「うがああぁぁぁぁぁあああぁぁぁあぁぁぁ!?」


 悲鳴が裏路地を切り裂く。

 重力制御の魔法は久しぶりだったが、まずまずのできだ。魔力のコントロールや、出力の調節など、安定してルーンを形成できている。


「よくこれで、ゴブリンたちを一網打尽にしたなぁ。近くに味方がいると使いにくいから、あんま最後の方は使わなかったけど」


 魔力をコントロールしながら、地面に這いつくばっている茶髪とピアスを見下ろす。

 さてどうしたものか、と思ったところで、ふと、重要なことに気づいた。


「……って、あれ? 俺、何で魔法が使えるんだ……?」


 両手を見下ろす。

 あっちにいた頃は当たり前だったが、こちらの世界で魔法なんて、使えるハズがない。魔法なんて概念がないからだ。

 だというのに、何故か魔法が行使できている。

 一体、どういうことだ?


 魔法は異世界でリリミィに教えてもらったものだ。というより、俺が異世界に召喚されたのは、魔法の才能が桁外れだったから、という理由からだった。

 向こうでは魔法をばしばし使っていたが、当然、こちらでも同じように使えるとは思っていなかった。


「あ、やば。こんなことして遊んでる場合じゃなかった」


 忘れていた。家で妹が待っているのだ。

 魔法のことなんかどうでもいい。一秒でも早く、家に帰る必要があるんだ。


 俺は発動している魔法を五分後に切れるようルーンを調節してから、家に向かって走り出す。


「あ、あの……!」

「じゃあな。お前も今のうちに逃げとけ」


 絡まれていたらしい女子生徒が何か言おうとするも、俺は手をひらひらと振って、そのまま駆け出した。

 そういや、名前を聞き忘れたが――ま、いいか。


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