[29] 異世界でのお話
家に帰って、ご飯を食べた後。
これまでばたばたしていたため、ちゃんと説明していなかったことを思い出し、俺は林檎たちにこれまでの経緯の詳細を説明していた。
異世界に召喚されたこと。
そこで魔王討伐を依頼されたこと。
魔法を教えられたこと。
その魔法を使って魔王軍を蹴散らしたこと。
最後に魔王城へと乗り込んだこと。
大雑把に言うとそんな感じだが、その間に起こった細かい出来事は適当に省略しながら、三十分くらいかけて全ての内容を説明し終えた。
「――というわけで、俺は魔王を倒してこの世界へ戻ってきたわけだ」
めでたしめでたし、と締めくくる。
御伽噺だったら、ここで終わり。ハッピーエンドなんだろう。
しかし、魔王を倒してはい終わり、とはいかないのが、現実というものだ。
「その話は前も聞いたけど。中二病をこじらせた与太話じゃないの?」
「だから違うっての。見ただろ、あの女騎士を」
「ほら、心の病気が流行ってるから」
「俺は病気じゃない。どこにでもいる、妹が大好き過ぎるただのお兄ちゃんだ」
「もしもし、病院ですか? ウチにシスコンを重度に拗らせたキモい男がいるんですけど――」
さすがに救急車を呼ばれても困るので、魔力で電波に干渉し、通信をジャミングする。
というか、こっちでも魔法は結構便利だな。
魔法とは、結局のところ物理現象を操作する術なので、原理さえ理解していれば、何だってできる。
理系クラスで助かった。物理と科学を知らなければ、魔法は無用の長物だ。
そう、現代科学を知っていたからこそ、俺は異世界で無双できていたんだが。
「それで、お兄ちゃん。さっきの人は、お兄ちゃんのお友達だったの?」
「まあそうだな」
麦茶を飲みながら、当時のこと――といっても、まだ一週間も経っていないんだが――を思い出す。
「向こうの世界では、一緒に魔王討伐をしていた仲だ。どちらかというと、リリミィ――同行していたお姫様の護衛みたいな役だったけどな」
俺たちは、四人でパーティーを組んで魔王へと戦いを挑んでいた。
あらゆる魔法を操り、それで身体力をブーストしてどんな魔剣も聖剣も使いこなした俺。
お姫様で、アークプリーストで、全ての神聖魔法を極めたリリミィ。
そのリリミィの護衛として、また、王国最強の騎士として、巨大な剣をぶんぶん振り回していたルビー。
もう一人、賢者がいたのだが、結局のところ、途中からは俺が一人で戦っていたようなものだった。その方が手っ取り早かったし。
「本当に、本当の、異世界へ行ってたの?」
「そうだよ。何度も言ってるだろ? そうじゃなきゃ、年を取ってない理由がない」
「そ、そうだけど……」
さすがに、ルビーを見た後だからか、杏も俺の話に耳を傾けてくれるようになっている。
というか、何故か前のめりになって聞いてきた。
「じゃ、じゃあ、もしかして、ゴブリンとかいたいの?」
「うじゃうじゃいたぞ。あいつら独特の言葉を使ってるから、なに言ってんのかはわからんかったけど、きらきら光る物を集める習慣があったな」
「剣とか槍とか、そういうのもいっぱいあったの?」
「コンビニほどではないにせよ、武具を扱う店は普通にあったよ。質はピンキリだけど、名工と呼ばれる鍛冶職人は確かにいたな」
「傭兵ギルドとかもあるの?」
「あったあった。結構、気性の荒いヤツも多いから、行くのは面倒だったけどな。情報はそこに集まるから、時々顔を出してたよ」
問われるがままに、異世界のことを聞かせてやる。
これまでは胡乱そうな目でそれを聞いていたのに、何故だか、とても興味深そうな顔で頷いていた。
「何だ、杏は異世界に興味があるのか?」
「そそそそそんなわけないでしょ!?」
何故か慌てている。
そういえば、杏は昔から、俺の持っているマンガとかゲームとか、結構好きだったな。
異世界から持ってきた道具とか見せてやると、喜ぶかもしれない。今度、亜空間から引っ張り出しておこう。
杏の他にも、興味津々といった具合で聞いていたのは、末っ子のナズナだった。
「お兄ちゃんは、この世界の人ではないのです?」
「いや、むしろ俺はこの世界の住人でしかない。あっちに呼ばれていたのがおかしいんだよ」
強制召喚なんて、ゲームやマンガの世界だからいいものの、実際にやられたらとんでもなく迷惑極まりない。
まあ、それだけ困っていた、ってことなんだろうが。
「でも、お兄ちゃんのお友達の人は、何をしに来たの?」
「わからん。俺を連れ戻しに来たんだと思ったが……」
「……え……?」
俺の言葉に反応したのは、それまでぼーっとした様子で聞いていた林檎だった。
慌てたように立ち上がると、俺の腕を掴んでくる。
「お兄ちゃん、またどこかへ行っちゃうの……?」
「いや、俺は」
「やだやだやだ! 行っちゃやだ!」
急にそんなことを叫んで、大きく首を横に振った。
いきなりのことで、驚いた。杏も目を丸くしている。
そんなことはお構いなしとばかりに、林檎は髪を振り乱しながら、強い調子で懇願してきた。
「お兄ちゃん、どこにも行ったらやだよ! せっかく、せっかく帰ってきてくれたのに……!」
「心配するな、林檎」
俺は林檎を安心させるように、その頭を撫でてやる。
「俺はもう、どこにも行かない。ずっと林檎と一緒にいるからな」
「本当……?」
「ああ、本当だ。指切りしてやってもいいぞ」
言って、小指を絡める。昔から、こうやって林檎と約束事をしてきた。
そして俺は、妹との約束を違えた事は一度もない。少なくとも、異世界に飛ばされるまでは、だが。
「……指切りげんまん、嘘ついたら……」
「ハリセンボンでいいか?」
「……ううん。お兄ちゃんにそんなことできないよ」
何て可愛い妹なんだ。
このまま食べてしまいたい、と言ったら、杏に殴られた。だから、自動防御がパッシブで働いているんだっていうのに。
「お兄ちゃんが、一緒にいてくれればそれでいいの。それ以外は、何も望まないから……」
林檎は懇願するように俺を見上げると、心からの願いを告げてくる。
「だから、絶対にいなくならないで……!」
こんな顔をする林檎を、初めて見た。
それくらい、必死の願いなのだろう。俺がいなかった七年間に何があったのかはわからないが、それでも、答える内容は決まっている。
「ああ」
力強く頷く。そう、何故ならば、
「俺は、お前たちのお兄ちゃんだからな」




