表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/38

[27] バイト2

 バイトは夕方まで続き、そこで終了となった。


『お疲れさまでしたー!』


 着替えを終えた俺たちは、裏口から外に出た。

 夕方のバイトの人と交代してから、店長が見送りに来てくれる。


「いやー、今日は本当に助かっちゃったよ」

「いえ、こっちこそ楽しかったっす」


 なかなか新鮮な体験だった。

 意外なことに、そこそこお店は繁盛しているらしく、ひっきりなしに客が訪れていた。

 ほとんど休みを取る間もなく、走り回っていた。俺と林檎はホールもキッチンもこなせるので両方に顔を出し、杏はホールとレジを忙しく往復し、たまに脱走しそうになる愛玩動物たちを魔眼で脅しつつ、無事にバイト終了の時間と相成った。


「ネコちゃん、またねー」

「子犬くんも、バイバイ」


 店長が抱えているネコと子犬が、疲れた様子で鳴く。


「……にゃー」

「わん……わん……」


 翻訳すると、こんな感じだ。


『二度と来るな、この疫病神め!』

『今度来たら、バックからヒィヒィ言わせてやるからな!』

「あ?」

『はい、すみませんでしたッ!』


 懲りない奴らだ。

 そんな腕の中で大人しくしている動物たちに、店長は首を傾げる。


「どうしてか、この子たちも大人しかったからねー。お客さんの評判もよかったし」


 いつもは逃げ出したりするそうなのだが、今日に限ってはそんなこともなかった。自主的に曲芸まで披露してくれたほどだ。


「あ、そうそう、はい」

「? なんすか、これ」

「バイト代だよ、バイト代」


 茶封筒を渡しながら、店長がほくほく顔で頷く。


「臨時だったし、この間のお礼もあるから、弾んであるよ。といっても、ウチも厳しいから大したことないんだけど」

「いえ、あざっす。助かります」

「ありがとうございます、店長さん」

「……どうも」


 素直に嬉しい。これで、スマホなるものを手に入れるのに一歩近づいたな。


「そういえば、ナズナは?」

「奥のスタッフルームで寝てるよ。起こしてこよっか?」

「いやいい。俺が行くよ」


 俺は一度戻ると、パイプ椅子に座ってすやすや眠っているナズナの肩を揺らした。


「ほれナズナ。帰るぞ」

「むみぃ……?」


 寝ぼけた声を上げたナズナは、ぱちぱちと瞬きをしてから、こちらを見上げてきた。


「お仕事、終わったのです?」

「ああ、ばっちりだ。腹減っただろ? スーパー寄って帰ろう」

「はいです」


 ぴょんと椅子から飛び降りて、てとてと走ってくる。この子も、不思議な子だな。何というか、掴みどころがない。最近の子って、みんなこんな感じなのか?


「じゃ、行こうか」


 店長に改めて礼を言ってから、俺たちは帰路についた。

 しばらく歩いたところで、林檎が俺の裾を引っ張ってくる。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん」

「ん?」

「はいこれ」


 差し出してきたのは、先ほど店長から受け取った茶封筒だ。


「これって……林檎のバイト代じゃないか」

「うん。お兄ちゃんスマホ買うんでしょ? 一人じゃ足らないと思って」

「いや、確かにそうだけど、これは林檎が稼いだものじゃないか」

「いいのいいの」


 林檎はにこにこと笑顔を浮かべたまま、言ってきた。


「だって、私もお兄ちゃんとラインしたいもん。だから、ね?」

「林檎……!」


 何ていい子なんだ。こんな天使のような子が他にいるだろうか。いや、いるはずもない。何せ、俺の妹は世界で一番可愛いんだからな。


「……林檎がするなら、わたしもしないといけなくなっちゃうじゃない」


 ぶすっとした表情で、杏も茶封筒を俺に押しつけてくる。


「杏……いいのか?」

「別に、お小遣いは貰ってるし。バイトは楽しかったし。その、連絡が取れないと困る時があるかもしれないし」

「杏……!」


 茶封筒を受け取った俺は、感涙を止められず、だーっと涙を流し続ける。


「うおおお……俺は……俺はなんて素晴らしい妹を持ってしまったんだ……!」

「ちょっと、やめてよ恥ずかしい!?」


 杏は真っ赤になって慌てるが、こんな嬉しいことを我慢できるはずがない。

 俺はごしごしと涙を拭うと、


「早速買いに行くか!」

「はーい!」

「しょうがないわね」

「ナズナも行くのです」


 行き先を変更。そのまま駅前にある電器屋へと直行した。

 あの時から、キャリアの数も種類も変わっていない。

 ただ当時と違ったのは、並んでいる機種のほとんどがスマホになっていることと、その値段だ。

 前は五万円を超す携帯なんてほとんどなかったのに、むしろ、五万円を下回るスマホがほとんど見当たらない。

 しかも、消費税が上がってる。みんな、よくこんなのほいほい買えるな。


「それで、林檎印のはどれだ?」

「私とは関係ないけど……これだよ、これ」


 店の一番目立つところに置いてあった、四角い長方形の物体。

 ふむ、なるほど。他の奴との違いがわからん。


「アイホン。オシャレだしサクサク動くから、持ってる人も多いみたい」

「なるほど。じゃあこれで」


 店長がバイト代に色をつけてくれたおかげで、なんとか買えそうだ。分割払いも出来るみたいだから、残りは追加のバイトで払うか。

 そう思い、見本のスマホを手にした、その刹那。


「…………!」


 俺は弾かれたように背後を振り返る。

 この数日、無縁だった感覚。全身の肌に粟が立つような、刃を突きつけられたかのごとき緊張感。

 これは、いや、そんなはずは――


「? どうしたの、お兄ちゃん?」

「……いや、今一瞬、魔力を感じた……気がするんだが」


 しかも、強烈な悪意と共に、ぶつけられた気がした。

 気のせいか? 実戦から少し離れているので、感覚が鈍っている可能性は十分にある。

 周囲に視線を走らせるも、それらしき人物はいなかった。

 そうこうしている間に、魔力の気配が霧散する。


「ナズナ、それが欲しいの?」

「これ、何です?」

「これはね、スマホって言うんだよ。遠くの人とおしゃべりしたり、メッセージのやり取りができるの」


 ナズナと杏は、何も気づいていないようで、スマホを前にしてお喋りを続けている。


「こんなに小さいのに、そんなことできるのです? 魔法の道具なのですか?」

「魔法みたいだよね。でも、これは電気で動いてるんだよ」


 ぽちぽちやりながら、使い方を説明する杏。ナズナの方は、物凄く興味深そうにその光景を眺めていた。


「……不思議なのです」

「ナズナはスマホ持ってないからね。もうちょっと大きくなったら、お父さんに頼んで買ってもらうといいよ」


 なおも不思議そうにしているナズナ。

 こういうのは苦手なんだろうか? 小さい子でも、周りが使っていたら慣れてそうな気もするけどな。


「しかし、杏はナズナには優しいんだな」

「杏はね、実は子供好きだから。近所の子供たちからも、大人気なんだよ」


 嬉しそうに林檎が言う。あの小さくて泣き虫だった杏が、と思うと、結構、感慨深いものがあるな。


 それから契約を済ませ、店を後にした。契約時にちょっとだけ魔法を使ったのは内緒だ。


「アイホンに入れたぜ!」


 よく考えると、携帯とかスマホだって、魔法みたいなもんだな。少なくとも、リリミィあたりに見せたら、新しい魔法だと大騒ぎすることだろう。

 やっぱり興味あるのか、しげしげとナズナがそれを見ていた。


「お兄ちゃん、ライン登録しよー」

「おー、使い方教えてくれ」


 言われるままにアプリをダウンロードし、IDを交換する。

 なるほど、やっぱりチャットみたいなものだな。それよりも手軽にできるから、便利なのはわかる。


「杏も教えてくれ」

「嫌」

「何でだ!?」


 せっかく買ったのに!


「何かキモいから」

「キモくない! だってほら、新品だぞ!」


 こんなにつやつやじゃないか。カバーを買わなかったが、それが気に入らなかったのか? だって、携帯にカバーなんてつけてたヤツ、昔はいなかったぞ?


「杏も意地悪しないでお兄ちゃんに教えてあげなよー。ね?」

「……まったく、林檎は甘いんだから……」


 林檎に言われて、しぶしぶといった様子で、杏がこちらに手を差し出した。


「しょうがないから、ほら、スマホ貸して」


 その細い手の上にスマホを置くと、目にも留まらぬ速さで画面を操作する。

 あっという間に登録を終えたらしく、すぐさまこちらに返してきた。


「――はい、これで登録完了だから」

「おお、サンキュー」


 ちゃんと画面には、リンゴ、アンズという二人の名前が登録されている。これで、もし離れていても妹たちと連絡が取れるようになったな。


「一分ごとに、杏大好きってメッセージ送るからな」

「やめてよ、鬱陶しい!?」


 本気で鬱陶しそうにしながら、杏がそっぽを向く。素直じゃないな。よし、一分じゃなくて三十秒ごとにしてやろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ