[25] 泥棒退治
「でねでね! お兄ちゃんがその時ね、ハーフラインからシュートしてね!」
「ああもう、はいはい、わかったわよ。何度目よ、林檎」
午後の授業をつつがなく終えた、帰り道。
二人とも部活や委員会には所属していないそうで、校門前で待ち合わせた後、一緒に帰ることとなった。
一人興奮している林檎が、両手をぎゅっと握り締めて、体育の時間の出来事を熱く語っている。
「もう、お兄ちゃん本当に凄かったんだから! 杏にも見せてあげたかったな」
「別に見たくないわよ、そんなの」
ひらひらと手を振って、杏は息をついていた。
そんな妹に、林檎は不満気な表情を向けると、
「えー、だって杏、昔は一緒にお兄ちゃんの試合見に行って喜んでたじゃない」
「昔の話よ。ほら、子供だったから、ああいう場が楽しかったのよ」
「でも、杏は今でもたまに、あの時の試合のビデオ観てるのに」
「ちょ、何で知ってんのよ!?」
そういえば、顧問の先生が撮ったビデオをもらったっけな。
部屋の奥に放り込んでいたはずだが、まさか引っ張りだして観てたとは。
「隠れて観てたはずなのに……!」
悔しそうな表情で拳を振わせる杏。
そうか、そうだったのか。知らなかった。まさか、杏がそうだったたなんて。
「なんだ、杏もバスケ好きなのか? よし、じゃあ今度みんなで一緒にやるか!」
「わーい!」
「そうじゃないわよ!?」
どうしてそうなるのよ、と杏が不貞腐れたように言う。
何だ、違うのか? じゃあ、何で試合のビデオなんて観てたんだ?
それに答えるつもりはないようで、杏は空気を一新するかのように話題を変えてきた。
「あ、そうだ林檎。あんたライン見てないでしょ? 昼過ぎに送ったのに」
「あれれ?」
ポケットからスマホを取り出した林檎が、ぽちぽちと画面を操作する。
「わ、ホントだ。ごめんね。全然気づかなかったよ」
「いつもうっかりし過ぎでしょ? 大事な連絡だったらどうするつもりだったのよ」
ごめんごめん、と林檎が可愛らしく謝る。うむ、謝る姿も可愛いなんて、反則だな。
俺は隣から、ひょいと杏の手元を覗き込む。
「ほうほう。これが噂のラインか」
「ちょっと、勝手に見ないでよ」
自分のスマホを隠しながら、杏がしっし、と野良犬でも追い払うような仕草をする。
逆に、林檎は嬉しそうな顔で画面をこちらに向けてくると、
「お兄ちゃんも一緒にやろうよ! ライン楽しいよ!」
「メールでいいかと思ったが、妹が望むなら何でもしてやるのが兄ってもんだ」
どんとこい、と胸を叩く。妹のためならば、兄に不可能など存在しない。
「ラインは基本的にスマホないとできないわよ。あんた、お金あるの?」
「異世界に行った時、財布もなくしちまったからな。バイトでもすっかなぁ……」
あっちの世界では、魔物を倒した時の賞金やら、ドロップアイテムやらで、それなりに資金は潤沢だった。
もちろん、そんなものを持ってきたところで、こっちとの為替がないので意味はない。
「お兄ちゃん、前もアルバイトしてたよね?」
「ああ。つっても、基本短期のやつばっかだったけどな」
夏休みとか、冬休みとか、そういった休みの間に、ちょくちょくバイトしていた。
うちはバイト禁止じゃなかったので、その辺は助かった。バイトの理由? それはもちろん、妹たちに可愛い洋服やら靴やらを買ってあげるためだ。
「スマホっていくらぐらいだ?」
「ピンキリだけど、高いのだと十万円くらいするわよ」
「は? 何でそんなするんだ?」
「知らないわよ。リンゴのマークが高いのよ」
「そうか……だが林檎と聞いたら、兄としてはその高いのを買うしかないな」
そっちじゃないわよ、と言われながらも、俺は決心していた。
スマホを買おう。そのためにはまず、バイトを探す必要がある。
「というわけで、バイトするか。何かいいのないか?」
「そんなこと言われても……」
二人ともバイトはしていないようで、顔を見合わせている。
「駅前までいけば、いろいろ募集してるよ。見に行こっか、お兄ちゃん」
「おう」
俺たちは少しルートを変更して、駅の近くを通ることにする。
楽しそうな林檎はいいとして、不機嫌そうな杏も何故かついてきた。
「まったく、しょうがないわね……」
「えへへー、そんなこと言って。杏もお兄ちゃんが心配なんだよね?」
「な……っ!?」
瞬間的に顔を真っ赤にした杏が、すぐに反論する。
「へ、変なこと言わないでよ!? わたしは別に、こんな奴のこと……!」
どうしてだか、杏は時々、変なところで赤くなるな。林檎はそれを微笑ましそうに眺めてるし。
俺が首を捻っていたところで、全く別の方から、こんな叫び声が聞こえてきた。
「だ、誰か! 泥棒だ!」
「……?」
振り返ると、二人の男が走っている。
黒いジャンパーを着た男と、それを追いかけているらしい中年男性。
息を切らせた中年男性が、必死な様子で叫んできた。
「そいつを捕まえてくれ! ウチの今月の売り上げが……!」
なるほど、よくわからないが、間抜けな泥棒と、それを追いかけている被害者、という関係らしい。
ジャンパーの男は速度を緩めぬまま、イノシシばりにこちらへと突進してきた。
「どけ、クソガキ!」
「きゃっ……!?」
あまりの勢いに、林檎たちが身をすくませる。
だが、俺の目の前で、妹たちに手を上げようとはいい度胸だ。
「俺の妹に――」
右手に魔力を集中させる。
いろいろな魔法を習得したが、結局のところ、俺が一番得意な魔法は攻撃魔法だ。
絶対的な火力を用いて、敵を殲滅する。一瞬で敵が屠れれば、治癒魔法も補助魔法も必要ない。求められるのは、ただただ破壊力のみ。
そして、そういうシンプルな思考が、俺は嫌いじゃなかった。
「――近づいてんじゃねぇ!」
雷鳴の槍――スパーキングピラー。
無詠唱で発動させた雷系の魔法が、問答無用でジャージの男を貫いた。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
AEDなんてめじゃないくらいの電撃が、ジャージの男を強襲する。
圧倒的な電位差が男の前後に発生し、強烈な電流がその間を光速で駆け抜けた。絶縁体でも纏っていない限りは防ぐ手立てもなく、男はそのまま白目を剥いてぱたりと倒れる。
「な、何……? 何が起きたの、今……?」
「電気系統の魔法は、ほとんどの奴に通用するから便利なんだよ。たまに味方に被害が出るから、使い方は難しいんだけどな」
妹に影響があってはいけないから、最小限の力で放った。
電流は最小限にしてある。スタンガンより少し強いくらいのものだ。
「あががが……」
「……死んだの?」
「いや。こんくらいじゃ、人は死なないさ」
魔族との戦いばかりだったが、中には、魔王に味方する人間もいた。
家族を人質にされたり、精神を支配されたり。事情は様々だったが、リリミィは人同士の争いを極端に嫌った。
そういう奴らを殺さず生け捕りにする時も、よく使った魔法だ。だから、加減もよくわかっている。
「はぁ……はぁ……た、助かったよキミたち……!」
「こいつ、泥棒なんですか?」
「ああ」
追いついてきた中年男性は、額に浮かんだ汗を拭いつつ、息を整えると、
「ウチの店の売り上げを、貸金庫へ運ぼうとしたところだったんだが、そのタイミングを狙われてね」
どうやら、目をつけられていたらしく、計画的な犯行だったようだ。
俺はジャージ男からセカンドバッグを拾い上げる。ずっしりとした重みがあるセカンドバッグの口を開くと、そこには諭吉先生が数え切れないほど存在していた。
「うわ、凄いお金……!」
「……これは必死になるな」
ざっと見た感じでも、百万円以上はある。
それを店長に手渡すと、離れた場所で電話していた林檎が書け戻ってきた。
「お兄ちゃん、警察呼んだよ」
「さすがは俺の林檎。気が利くな。このこの」
「きゃっきゃっ。もー、お兄ちゃん髪ぐちゃぐちゃになっちゃうよー。でも、もっとしてー」
「しょうがないな。ほれぐりぐり」
「あははー!」
「……このバカ兄妹は……!」
バカで結構。妹と仲良くできるなら、むしろバカになってやるさ。
「……ふむ」
そんな俺たちを眺めていた中年男性は、ふと閃いたように手を打つと、
「これも何かの縁だ。もしよければなんだが……」
前置きもそこそこに、こんなことを言い始めた。
「キミたち、アルバイトしてみないかい?」




