[21] 学園に行こう4
「……本当にいる……」
昼休みになった直後、やってきた杏の一言がこれだった。
何というか、まるで蛆虫でも見るような目つきだ。やめろよ、その目。お兄ちゃん、ぞくぞくしちゃうじゃないか。
「あ、杏。見て見て、お兄ちゃんと一緒のクラスになっちゃった!」
えへへへ、と屈託なく笑う林檎。うん、やはり俺の妹は世界で一番可愛い。
午前中の授業は、つつがなく終わっていた。
一応、三ヶ月前までは学園に通っていた身だ。学年も同じだし、授業内容だって大差ない。成績だってもともと悪くなかったのだから、問題など最初から起こりようもなかったのだ。
が、それはあくまで授業内容についてだけであり、杏は震える指先でこちらを指し示すと、
「どうしてこんなことになってんのよ?」
「教頭にお願いしたんだよ。そしたら林檎と同じクラスにしてくれたんだ。ねー?」
「ねー?」
「……イラっとするからやめなさい」
林檎と一緒に可愛く首を傾げてみせたものの、杏はお気に召さないらしい。
きっと、カルシウム不足なのだろう。うん。帰りに煮干しを買っていってやろう。
「妹と同じクラスなんて、あり得ないでしょ!?」
「お、やっと俺を兄だと認めてくれる気になったか?」
「ち、違うわよ。そうじゃないけど、お兄ちゃんなんて呼んでるのが同じクラスにいたら、みんな変に思うでしょ?」
「そんなことない。みんなすげー歓迎してくれたよ。ねー?」
「ねー?」
「……次やったらぶつわよ」
ぐーを作って威嚇してくる。
杏もなかなか、たくましくなったものだ。
杏は一年生で、上の階の教室らしい。普段はこっちに来ることなんてないらしいが、お兄ちゃんを心配してきてくれたのだろう。そう言ったら、キモいと言われた。ははは、照れ屋さんめ。
「ちょうどいい。みんなで飯食いに行こうぜ」
「わーい!」
「お断りよ――あ、コラ、ちょっと放しなさいよ!?」
三人で連れ立って、食事へ行こうとする。
しかし、その道を塞ぐように、一人の男子生徒が割って入ってきた。
「おいおい、転入生が九段下と仲良くしてるって聞いて来てみりゃ、この間の奴じゃねぇかよ」
「あ?」
見れば、どこかで見たことのある男子生徒が、苛立ったような表情でこちらを睨んでいる。
はて、野猿に知り合いなどいなかったはずだが。どこで見たんだったかな?
「あ、思い出した。お前確か、公園の近くで林檎に絡んでた茶髪」
「林檎だぁ? 何呼び捨てにしちゃってんの、お前?」
ずい、とこちらの鼻先に顔を寄せてきた。
やっぱり、何度見ても、ゴブリンに似ている。臭い息なんて、ゴブリンよりも酷いくらいだ。リリミィがいたら、即刻、ホーリーの魔法で消し飛ばしているだろう。
「転入生が俺の女に触ってんじゃねぇよ、このクソが。死にてぇのか? あ?」
なんて凄んでみせるが、もう、喜劇にしか見えない。
そもそも、殺す相手に忠告なんてするヤツはいないものだ。ゴブリンだってオークだって、問答無用で殺しにかかってくる。それが、生きるか死ぬかの戦いってもんだ。
「なんかこう、あれだな。真剣みが足らないな」
「あ?」
「死にたいのか、なんてセリフを吐くなら、せめて剣か斧でも持ってこい。コボルトだって、大きな剣で武装してたぞ」
「何言ってんだ、テメェ――」
「――招来せよ、魔剣エーグラムス!」
刹那、俺の右手には巨大な剣が握られていた。
禍々しくも、美しい曲線を描く、漆黒の刃。片刃の魔剣の名は、エーグラムス。俺が持つ二十四本の魔剣のうちの一振りだ。
「な……!?」
「どうした? 俺を殺すんじゃなかったのか?」
いきなり長物を取り出したこちらに、茶髪は目に見えるほど動揺していた。
そりゃそうだろう。街中の喧嘩だって、出てくるのはせいぜいナイフくらいのもんだ。
本当に相手を殺すためだけに作られた武器なんざ、見たこともないんだろう。
「ど、どこにこんなもん……!?」
「魔法で作った高次元空間から取り寄せたんだよ。便利だぜ? 時間も流れないから、食べ物も腐らないし。冷蔵庫いらずだ」
タヌキ型ロボットのポケットと似たような原理だ。
イメージとしては、自分のすぐ隣に、巨大な倉庫があるようなものだろうか。その倉庫は見えないし、触れられもしないが、中から必要な物を取り出すことができる。
とても便利だが、かなり難しい部類の魔法になるため、パーティーの中で使えたのは俺とリリミィくらいだった。
「ちなみに、この魔剣で斬られると、少しの傷でもとてつもない痛みが走る。例えば、こんなふうにな」
言って、ほんのちょっと、茶髪の手の甲を撫でてやる。
その、次の瞬間、
「ぎ―――――――――――!?」
とんでもない悲鳴を上げた茶髪が、みっともなく床を転げ回った。
まるで、手の甲に焼けた鉄串を押し当てられたかのような反応だ。実際は、その何十倍もの痛みが走っているはずだ。
「心配しなくても、死ぬことはない。傷もすぐ塞がるが、五分はそのままだ。痛覚のある魔物を相手にする時には、かなり重宝した魔剣だけどな」
痛覚のない昆虫型の魔物には意味をなさないが、人型の魔物には絶大な効力を発揮した。
ちなみに、元の持ち主は魔王軍の四天王の一人だった。
剣を抜かせる間もなく倒してしまったのだが、便利そうだったので拝借しておいたのだ。
「あ、あんた、今どっからそれ出したの!?」
「それ? 何のことだ?」
杏の声に振り返る。それと同時に、魔剣を異次元へと戻した。
「あ、あれ……? 消えてる……?」
「見間違いだろ。俺はただ、こいつと仲良くお話ししていただけだ」
周囲の生徒たちも、ぽかんとしている。
これくらいなら、魔法で記憶操作をする必要もないだろう。よくわからない剣が突然現れて、突然消えたようにしか見えないはずだ。
俺は屈むと、のた打ち回っている男の耳元にそっと囁いた。
「今度、妹に近づいてみろ。オークの群れに突っ込んで、生まれてきたことを後悔するほどにアレとかコレとかさせてやる」
オークの性欲は凄まじい。
そして、奴らは人間の性別など気にしない。つまりは、そういうことだ。
何度か戦ったことがあるが、リリミィたちは嫌悪感をありありと出し、かつ、なるべく近づこうとはしなかった。
女騎士のルビーなどは、いつも果敢に戦うくせに、オークだけは苦手そうにしていた。
見た目も気持ち悪いので、俺は群れを見かけたら、ブーストした範囲魔法で根こそぎ吹き飛ばしていたが。
「さて、食堂行くぞ。まだあるんだろ?」
「う、うん。そうだけど」
「ま、待ちなさいよ。っていうか、あんたお金持ってるんでしょうね?」
慌てた様子で追いかけてくる妹二人と共に、俺は一階にある学食へ足を向けた。




