[02] 戻って来たのはいいけれど
薄らと、目を開く。
ゆっくりと瞬きを繰り返し、俺は光に目を慣れさせていった。
「ここは――」
数回瞬きをしていくと、視界に見慣れた光景が広がってくる。
空には太陽が一つ。のんびりと雲が泳ぎ、目の前には錆びついたブランコが置いてある。
半分に切ったタイヤが地中に埋め込まれ、鉄棒が寂しく空気だけをぶら提げていた。
少しだけ排気ガスの混じった空気に、整備された新緑。
前の世界のような埃っぽさはなく、アスファルトとブロックによって組み上げられた、整った世界が目の前に広がっていた。
間違いない。ここは、俺が異世界へ飛ばされる直前にいた、近所の公園だ。
「そうか……戻って来られたんだ……!」
飛ばされた異世界には、蒼と紅、二つの太陽があった。
それに、ブランコや鉄棒なんて作れるほどの製鉄技術は発展していない。
そもそも、遊具を作れるほどの余裕なんてなかった。魔王軍が暴虐を尽くしていたため、鍛冶屋のほとんどは、武具を作る工房と化していたからだ。
ようやく戻ってこられたことへの安堵を覚えながら、徐々に当時の――異世界へ飛ばされることになった三ヶ月前のことを思い出してくる。
「花火大会の日……そうだ、公園で花火を見てた時に……」
年に一度の花火大会。
会場となっている川べりは人でごった返しているため、妹たちを連れて、穴場であるこの公園に来ていたのだ。
やっと――やっとだ。ようやく、この場所に戻って来られた。
「花火がいきなり魔法陣になって、吸い込まれたんだよな……」
打ち上げ花火を見ていたら、突然、そのうちの一つが魔法陣に変化したのだ。
その魔法陣から光が溢れたかと思うと、身体が引っ張り上げられた。
こなくそともがくも、後の祭り。
気づいたら、剣と魔法で溢れる異世界に飛ばされていたのだ。
「でも……おかしいな? この公園、こんなだったか……?」
嬉しいはずなのに、何ともいえない違和感が俺の五感を刺激してくる。
何だ? 何が違う……?
「そうだ……このトイレだ。こんなの、俺が飛ばされた時にはなかった」
遊具はあの時のままだが、綺麗なトイレができていた。
間違いない。異世界へ飛ばされる前には、こんなものはなかった。
それだけじゃない。
「このベンチ、壊れてて危なかったのに、全部直ってる」
木製のベンチが割れてしまっていて、座ると危ないからビニールテープでぐるぐる巻きにされていた。妹が怪我をしないようにって、気をつけていたから、よく覚えている。
それが、どうだ。
目の前には、金属製のまったく別のベンチが鎮座している。
しかも、何故か真新しさがなかった。ところどころ錆びているし、塗装も剥がれかかっている。
俺がいなかった三ヶ月間に修繕されたんなら、もっとピカピカなはずじゃないか?
それとも、別の場所にあった古いベンチを持ってきたのか?
「それに、三ヶ月前は、この歩道は砂利道だったような……?」
つま先で、地面をとんとんと叩く。
そこには、綺麗に舗装された道が、ぐるりと公園内を巡っていた。
それ以外にも、砂場はなくなっているし、ジャングルジムは円形の不思議な遊具に変わっている。
そんな簡単に、工事って終わるものなのか?
「ま、いっか。そんなことより、家に帰ろう」
やっと、元の世界に戻って来られたのだ。
学校もサボってしまっていたし、何より、妹たちが心配しているはずだ。
交点を出て、国道へ繋がる長い階段を下りる。
異世界に飛ばされてからの日数は、ちゃんと数えていた。覚え違いでなければ、今日は木曜日――平日のはずだ。
公園へ伸びる階段を上ってくる者はおらず、俺は誰ともすれ違うことないまま、国道に辿り着く。
「とりあえず、駅前通って帰るか」
今が何時かわからないが、太陽の位置からして、昼をいくらか過ぎたあたりだろう。
家に戻れば、妹たちが待っているかもしれない。
そう思って、国道から脇道へ入り、駅に続く道を歩き始めた時だった。
「――やめてください!」
そんな、女の子の声が耳に飛び込んでくる。