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[19] 学園に行こう2

 俺の通っていた高校の名前は、山之辺学園という。

 文字通り、小高い山の上に建てられた学園で、少し離れた場所には付属の中学もある。

 俺は高校からの編入組みだが、エスカレータで上がってくる奴も少なくない。

 編入組みはエスカレータ組みを受験しない奴らと笑い、エスカレータ組みは編入組みを外様だと蔑む、なんて小さな話があったりなかったりするが――


 今にしてみれば、懐かしい話でしかない。


「あそこにあったコンビニ、駐車場になってるんだが」

「えっと、二年くらい前だったかな? オーナーの人が腰を悪くしちゃったみたいで、療養のために引っ越しちゃったの」

「そうか。学園を抜け出して肉まん買うのが、楽しみだったんだけどな」

「……勉強しなさいよ」


 七年も経っていれば、いろいろと変わっているのも当然だ。

 幼稚園児だって中学生にもなる。高校生だって社会人になっている。

 そんな当たり前の事実が、目の前に広がっているような気がしていた。


「なあ、みんな持ってるあの四角いの何だ?」


 通学路に溢れる生徒たちが、判を押したように同じ四角い物体を持っていた。

 みんなとは言わないが、半数くらいの者たちは、それを見ながら歩いている。危なっかしいことをこの上ない。


「四角いのって……これのこと?」


 隣を歩いていた林檎が、鞄から同じものを取り出した。

 生徒手帳の形でも変わったのか? いや、昨日見せてもらったのは、前と同じ形だったが――


「これ、スマホだよ。アイホン」


 謎の単語を言って、林檎がこちらに差し出してくる。

 思ったよりも重い――というか、普通に小型の機械だ。


「すまほ? あいほん?」

「えっと、携帯電話のことだよ。電話とメールだけじゃなくて、いろいろできるんだ」


 ああ、なんだ携帯のことか。

 けど、妙な形になってるな。俺の時は、ぱかぱかできる折り畳みのヤツしかなかったのに。


「薄いし軽い……いや、七年前もこういうのはあったが、もっともっさりしてたぞ」


 もっと小さかったし、動きもこんな滑らかではなかった。

 確か、PDAとか言ったか。あれに似ているが、こんな専用OSはなかった。


「今はみんなスマホよ。ラインができないと、コミュニケーションにならないから」

「らいん? 線がどうした?」

「ラインはSNSだよ。何ていうのかな、個人やグループ間でするメールみたいなやつ」

「メールみたいなの? なら、メールでいいじゃないか」

「ラインの方が便利なの。ほらほら、見て見て。可愛いスタンプ買ったんだ!」


 林檎が嬉しそうに見せてくる。

 なんだこれ、チャットか? チャットなら俺の時もあったけど、何が違うんだ?


「ツイッターとか、インスタとか。そういうので情報共有してるの」

「……?」


 知らない単語ばかりだ。

 浦島太郎は、こんな気分だったのだろうか。

 きっと、漁で使っていた小舟がガソリンエンジンつきの漁船に変わっていたり、竹で作っていた釣竿がカーボン製のものに変わっていたりして、大層驚いたことだろう。

 亀を助けたばかりにそんな悲惨な目にあった浦島さんに、今なら同情できる。

 俺も異世界なんぞに呼ばれて魔王なんか倒さなければ、こんなことにはならなかったはずなのに。


 そんなことを思いながら、懐かしい急勾配を進んだところで、その建物は見えてきた。

 近づくにつれ、大きな校門と、三階建ての校舎が見えてくる。

 それを見た途端、俺の胸の中に泉がごとく湧き出てきたのは、懐かしさだ。


「学校は変わってないな」

「うん。建て替えとか、最近はなかったはずだし」


 それでも細かいところは違っている。


 錆びていた鉄製の門は、綺麗な銀色のものに代わっているし、中庭に植わっていた大きな桜の木は、何年か前の台風で倒れてしまったため、芝生になったとのことだった。


「それで、学園まで来てどうするつもりよ。七年前にここの生徒でした、とでも言うつもり?」


 校門を潜りながら、小馬鹿にするような目で、杏が鼻を鳴らす。

 どうも、この七年でツンツンする女の子になってしまったらしい。昔は兄さん、兄さんと、素直で可愛かったのに。


「いや、ツンツンしている妹も可愛い」

「何の話よ!?」

「俺の妹は世界で一番可愛いという話だ」

「このシスコン……!」

「はっはっはっ。いや、照れるな」

「褒めてないわよ!?」


 杏が顔を真っ赤にして言ってくるが、シスコンはつまり、妹が大好きという意味。

 どう考えても、最高の褒め言葉だ。


「職員室の場所は変わってないよな」

「え? 前がどうだったか知らないけど、一階の奥にあるわ」

「ちょっと行ってくる」


 昇降口で妹たちと別れて、俺は職員室へ向かう。

 廊下や教室の場所などは、前と同じだった。美術準備室の前を通り過ぎ、角を曲がって新校舎へと移動してから、見覚えのある背中に声をかけた。


「あ、いたいた。桂せんせー」

「……ん?」


 振り返ったのは、ジャージを着た、いかにもって感じの体育の先生。

 頭髪が記憶の中よりも白くなっている。目尻にも皺が目立つようになっているのは、寄せる年の波から逃げられていないのか、それとも、ストレスの賜物なのか。


 一瞬目を細め、そして、すぐに驚愕の表情を浮かべると、その体育教師は酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせた。


「お、お前……まさか……!?」


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