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[15] 俺の部屋1

 俺の部屋は、二階の一番手前側にある。


 奥にあるのが林檎と杏の部屋で、ナズナは一階にある両親の部屋を利用しているらしい。

 自分の部屋に踏み込んだ瞬間、思わず懐かしいものがこみ上げてきた。


「ここは、何も変わってないな」


 三ヶ月前の、あの時のままだ。

 俺がいなくなってから、極力、そのままの状態を維持してくれていたそうだ。

 いつ帰って来てもいいように――林檎はそう言ってはにかんでいた。


「本が黄ばんでる……ポスターも古くなってるが、カレンダーはあの時のままだ」


 覚えている限り、物の配置はほとんど変わっていない。

 シールの貼ってあるクローゼットも、端っこが少し欠けている机も、穴が空いているのを隠しているポスターも、少し風合いは変わっているものの、経年劣化以外の変化はない。


「ずっと、掃除してくれてたんだな」


 机の上に指を走らせるも、埃はついていなかった。

 きっと、林檎がやってくれていたんだろう。

 いつ帰ってくるかもわからない兄を待ち続け、掃除をする林檎。

 くそ、そうだと知っていたら、タイムアタックばりに速く魔王をブッ飛ばして還ってきたってのに。


「制服か……」


 壁にかけられているのは、クリーニングの袋に入ったままの制服だ。

 高校二年生ともなれば、制服も少しよれてくる。それが、持ち主不在のまま七年も放置されたのであれば、なおさらだ。


「みんなどうしてんだろうな」


 あれから七年だから、同級生のみんなは、二十四歳になっているはずだ。


 二十四歳の友人たち。正直、その姿が想像もつかない。

 大学に行った者も、多くが就職しているだろう。もしかしたら、結婚してる奴だっているかもしれない。

 携帯は異世界へ行った時になくしてしまったが、メアドは調べればわかるかもしれないが――


「いいや。今日は寝よう」


 頭を振って、思考を打ち切る。

 今日は、いろいろと疲れることばかりだった。悩むのは明日にしよう。今日のところは、久々のベッドで快眠して、難しいことは全部忘れてしまえばいい。


 そう思って、ベッドにダイブしようとしたところで、


「――お兄ちゃん、起きてる?」


 最愛の妹の声が、ドアの向こう側から聞こえてきた。

 おう、と返事をすると、パジャマに着替えた林檎がひょっこり顔を覗かせる。


「どうした?」

「えへへ、じゃーん」


 効果音と共に、林檎が持ってきた枕を掲げる。

 そして、七年前から変わらない無邪気な笑顔を浮かべると、こんなことを言ってきた。


「昔みたいに、お兄ちゃんと一緒に寝ようと思って」


 お兄ちゃんと一緒に寝ようと思って。

 お兄ちゃんと一緒に寝ようと思って。

 お兄ちゃんと一緒に寝ようと思って。


 聞いたか? これほどまでに、美しく、尊く、そして輝かしい言葉があっただろうか。いや、あるはずがない。

 全世界十億人――推定――いるお兄ちゃんの誰しもが、この一言のために死ねるはずだ。


「え、え? ど、どうして泣いてるの、お兄ちゃん? もしかして、嫌だった?」

「嫌なわけないだろ!」


 止まらない涙を拭いながら、俺は力強く拳を握りしめた。


「林檎のその言葉を聞くために、俺は魔王を倒して戻ってきたと言っても過言ではない!」

「大げさだなー、お兄ちゃんは」


 困ったちゃんを見るような目で、林檎が笑う。

 笑いたければ笑うがいい。妹との睡眠のためなら、俺は誰に何と言われようとも構わない。それが、俺のジャスティスだからだ。


「でも、ホントにあの時から何も変わってないね、お兄ちゃんは。いっつも私と杏のことを守ってくれて」

「兄だからな。妹を守り愛するのは当然だ」

「……ただ変態なだけでしょ」


 冷たい声と共に、今度は杏が顔を見せる。

 俺を見るその目が、まるで蛆虫を見ているかのように見えるのは、きっと気のせいだろう。可愛い可愛い俺の妹が、兄に対してそんなことを思うはずがない。


「あれ、杏もお兄ちゃんと一緒に寝たいの?」

「ち、違うわよ! わたしは林檎のことを止めに来ただけ!」


 溜息を一つ挟んでから、杏は林檎の腕を取った。


「高校生にもなって、兄妹で寝るなんてあり得ないでしょ? ほら、部屋に戻るわよ」

「えー? そんなことないよ」


 不満そうに頬を膨らませると、林檎が杏の秘密を暴露し始める。


「だって、杏とだって、ちょっと前まで一緒に寝たりしてたじゃない」

「あ、あれは、林檎が泣きそうな顔でお願いしてくるから、仕方なくでしょ!? それに、高校生になってからは一度もしてないし!」


 そういえば、子供の頃から、杏と林檎はよく一緒に寝ていたな。

 雷がゴロゴロしている時なんかは、怖がって俺のベッドに潜り込んできたものだ。ぷるぷると生まれたての子馬のように震える妹たちを抱き締めながら、一緒に寝たあの日。

 そのことがあってから、実のところ、俺は雷が好きになっていた。

 異世界で覚えた魔法の中でも、雷の魔法が一番得意だったりもする。


「いいから、部屋に戻るわよ。ほら、こっち来なさい」

「そんなことはさせん」


 俺は右手に魔力を集中させ、ドアに掲げた。

 無詠唱で展開された魔法は、一瞬だけ魔法陣を浮かび上がらせると、すぐさまそれがドアに吸い込まれる。

 魔力のない杏には見えなかったのだろう。がちゃがちゃとドアノブを捻ろうとするも、一向に動く気配はなかった。


「あ、あれ……? ドアが開かない……?」

「無駄だ、杏。ドアの時間を静止させた。明日の朝まで、物理的に開くことはない」

「な、何言ってんの? そんなわけないじゃん!」

「そう思うなら開けてみな。ドアノブが回らないどころか、一ミリだって動きはしないから」


 言われてムキになったのか、杏は全体重を乗せるようにして、ドアノブに力を込める。

 しかし、そんなことをしても無駄だ。俺の魔法は、その程度で破れはしない。


「あ、開かない……! 何これ、全然動かないんだけど……!?」

「だから言っただろう。異世界で覚えた、空間制御魔法だ。使える奴は異世界でも過去三人しかいなかったらしいけどな」

「またそんなデタラメを……!」


 いや、一応本当のことだ。

 絶対防御の魔法として利用するものであり、空間自体が凍結されているため、あらゆる物理現象を受けつけなくなる。

 もちろん、俺の魔力を上回る奴だったら、強制解除も可能だろう。が、そんな奴は異世界にだっていなかった。


 つまり、何をどうしても、この部屋からは朝まで出られないってことだ。


「さ、一緒に寝るぞ」

「わーい!」

「ちょ、待ちなさいよ!?」


 そして、バタバタと寝る準備を始める。


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