[13] 違和感の正体3
挽肉は、合いびき肉を使うのが、九段下家流だ。
フードプロセッサは使わずに、タマネギを手早くみじん切りにする。電子レンジにかけてから粗熱を取り、そこにパン粉、卵、挽肉とナツメグを入れて、手で揉み込む。
形を俵状に整形してから、熱したフライパンで両面を焼く。時間がある時はデミグラスソースも作るのだが、今日はトマト缶を使って時間を短縮することにした。
ぐつぐつと煮込んでから、十分ほど。
ハンバーグのトマト煮込みが、九段下家の食卓に並べられた。
「美味しい……!」
最初に口にした林檎が、驚いた様子で両目を見開く。
「お兄ちゃんだ……これ、お兄ちゃんの味だ……!」
その通り。昔はしょっちゅう作っていた。
特に林檎はハンバーグが大好きだった。作ってあげると、飛びあがって喜んだものだが、今でも好物は変わってないらしい。
「……確かに、これ、昔よく紅也兄さんが作ってくれたハンバーグの味だ……」
難しい表情で、隣の杏もハンバーグを食べている。
本当はカレーを作る予定だったのだが、先んじて林檎がハンバーグの材料を買っていた。
挽肉は日持ちしないため、先にハンバーグを作ることにしたのだ。
林檎はぱくぱくとハンバーグを食べながら、林檎がむーんと首を捻る。
「この味、どうしても出せなかったの。どうやってるの?」
「煮込む時に、トマトの缶詰を使うんだよ。隠し味で、ウスターソースを使うのがポイントだ」
慣れればそう難しいものじゃない。だが、いろいろと試行錯誤を繰り返した結果に辿り着いたコツはあるので、簡単には再現できないだろう。
「美味しい……何でこんなに美味しいの……?」
「当然だろう。妹のために最高に美味しいものを作るのは、兄の義務だ。世界で一番美味しくなければならないと言っても過言じゃない」
「過言よ」
言いながらも、杏は箸を止められない。
「こっちのきんぴらも美味しい……変態なのに……」
「これもお兄ちゃんの味だね! お母さんも作ってくれるけど、お兄ちゃんのはちょっと甘めだもん」
「ああ。林檎と杏にも美味しく食べてもらえるよう、いろいろと工夫したからな。お袋からは料理人にでもなればと言われたほどだ」
本人はロクに料理をしないため、もっぱら、家での食事当番は俺の役割だった。
別に不満に思ったことはないが、俺が料理をしていたのは、単に妹たちの喜ぶ顔が見たかったからに過ぎない。
実際、異世界に行った時も、妹が食べないんだからと自分で料理することなんてなかった。
そんなこっちの考えを知ってか知らずか、不機嫌そうな杏がリモコンを手に取り、テレビをつける。
ぱっと現れたのは、ニュース番組だったが、そこに映し出されている人物は誰もかれも知らない人ばかりだった。
「本当に、七年も経ったんだな……」
見覚えのあるコメディアンの頭に、白髪が目立っていた。
ニュース番組のアナウンサーが知らない人に変わっていた。
バラエティのコーナーが何一つわからなかった。
総理大臣が見たこともない人になっていた。
俺が居なかった間も、地球はぐるぐると周り続けていた。その間、ずっと林檎たちは育っていた。それが嬉しいのか寂しいのか、俺にもよくわからなかった。
「それはいいとして」
ハンバーグの味を確かめつつ、俺は杏と林檎を交互に見やる。
「七年間、お兄ちゃんがいなくて大丈夫だったのか? ちゃんと朝起きられたか? 学校には行けたか? 変な奴に絡まれたりしなかったか? お兄ちゃんいなくて泣かなかったか?」
「……超ウザい」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん」
半眼と笑顔が同時に返された。
実に嬉しそうな顔で答えてきたのは、林檎だ。
「私と杏は、お兄ちゃんと同じ山野辺学園に進学したんだよ。私は二年生で、杏が一年生」
「二人とも高校生か……」
つまり、林檎は俺と同い年ってことになる。
あの小さかった林檎が同い年……こんなに大きくなりやがって。
「杏は凄いんだよ! 成績もすっごく良くて、本当はもっといい学校にも進学できたんだけど、どうしても山野辺がいいって言って」
「……ちょっと、余計なこと言わないで、林檎」
つまらなそうに答えて、杏が親の仇でもバラすように、ハンバーグに箸を入れる。
「わたしはただ、山野辺が近かったから、そこにしただけ。こんな奴のこと、関係ないんだから」
「でも……」
「林檎こそ、いつまでこだわってるつもり?」
杏は隣に座る林檎を睨むと、きっぱり言い切る。
「何度も言わせないで。紅也兄さんは死んだの。こいつは、ただの偽者。いつまでも、こだわってるんじゃないわよ」
「そんな……」
「ごちそうさま」
席を立った杏は、自分の食器を持ってリビングを去っていった。
その背中が二階へと消えるのを、俺たちは黙って見送ることしかできない。
「杏……」
「どうしたんだ、杏の奴? いつも、俺か林檎にべったりだったのに」
近所でも評判の、仲良し姉妹だった。
年子の二人は、手を繋いで幼稚園に行っていたし、小学校へ上がってからも仲がいいままだった。
どちらかというと、杏が林檎について回っていた。
ちなみに、俺も違う意味で、近所では有名だった。誤解が誤解を呼び、警察に通報されたことも、一度や二度じゃない。
林檎は寂しそうに杏の去った椅子を見つめると、
「それは、子供の頃のことだよ。最近は、あんまりお喋りもしてくれなくなってるんだ」
「杏が? あんなに仲良かったのに?」
「うん……どうしてなのか、わからないけど……」
林檎にもわからないらしい。
と、これまで黙々とハンバーグを食べていた三人目の妹が、林檎の袖を引っ張ってきた。
「林檎お姉ちゃん」
「? どうしたの、ナズナ」
「おかわり」
「ああ、うん。ちょっと待っててね」
にゅ、と差し出されたお皿を持って、林檎がキッチンへ行く。
残された俺とナズナだったが、ナズナは真っ直ぐな瞳で俺を見上げてきた。
「じー」
「どうした? お兄ちゃんに遊んで欲しいのか?」
問いかけたこちらに、しかし、ナズナは頷きも首を振ることもしなかった。
代わりに、こんなことを言ってくる。
「不思議な声がします」
「声……?」
「はい」
意味がわからなかった。
いや、言われた時はわからなかった、と言うべきだろうか。
『――えますか、コウ――』
それは、どこからともなく聞こえてきた。
いや、正しくは、頭の中に響いてきた、と言うべきだろうか。
「……? これは……」
聞き覚えのある声。
最初はチューニングに失敗したラジオのように、もやもやとした言葉だった。
しかし、だんだんとそれがクリアになっていき、やがて、はっきりとした声で語り掛けてくる。
『聞こえますか!? 聞こえていたら返事をしてください、コウヤ!』
「リリミィ?」
その声は、俺を異世界に引っ張り込んだ張本人である、リリミィのものだった。




