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8. 躾ける側と思っていたら、躾けられる側でした

 ◆


 迦陵頻伽の里を出て半月あまり。

 三人は人間の都の一つ、大都だいとに辿り着いた。

 荘周が迦陵頻伽の里を見つけるまでにさ迷った期間はニ月(ふたつき)を超える。それを考えれば、思ったより近くに住んでいた、とも思う。


 随分と久方ぶりの家の玄関戸を開け、荘周は振り返った。


「ちょっと狭いけど、好きにーー」

「ほほー。ここは何だ? 物置か何かか?」

「随分と散れてますし、空いている庵でも借り上げたのでは?」


 彼の背に寄りかかりながら中を覗き込む二人が、好き勝手なことを言ってくれる。

 荘周は青筋が浮かびかけた顔を強引に笑顔にし、努めて平静に屋内に入った。室内を歩きつつ、久しぶりの我が家を眺めて苦笑する。


(まぁ、この様じゃ、物置って言われても仕方ないか)


 寝れさえすればいいと思っている男の一人暮らしなので、彼女達の庵と比べて狭い。その上、何も考えずに飛び出してきたものだから、決して片付いているとは言えず、更に、長らく放置したおかげで埃も積もっている。


 他人の家であれば、荘周も彼女達と同じ反応をしたかもしれない。

 彼女達が騒ぎさえしなければ、何も思わなかった可能性も否定出来ないのではあるが。


 言っても仕方ないので、適当に荷を置くと埃が舞った。

 玄関からこちらを見ている紺碧の眉間に深い皺が刻まれているのも、妥当に思えてしまう。

 荘周は肩を竦めた。


「ここが俺の家なんだよね。しばらく留守してたもんだから、このザマだけど。悪いんだけど、パパッと掃除しようかね。三人でやればすぐだろうし」


 掃除道具を固めている場所から、箒やらハタキを取り出し適当に放る。

 ハタキを拾った緋迦が小首を傾げた。


「掃除を済ませば滋養のつく物とやらが出てくるのか?」

「さすがにそりゃ無理。掃除が終わったら買い出しだね〜」

「買い出し?」


 掃除道具を各々手にした迦陵頻伽二人が不思議そうな顔をする。

 タライと雑巾を引っ張り出した荘周は、そんな二人の様子に首を傾げた。


「何? 知らないの? 買い物」

「知っとるか? 紺碧」

「初めて聞きましたねぇ」


 どこからか取り出した布を顔の下部に巻きながら紺碧。緋迦にも布を巻こうとして逃げられている。

 荘周の方にやってきた緋迦が彼を見上げた。


「買い物とは何だ?」

「あー。あの村、物々交換で回ってそうだったしなぁ」


 辺境の里を思い出しながら荘周は顎を撫でる。とりあえず右手の人差し指を立て、説明を始めた。


「俺達の間では金銭ってやつが流通してるんだけど、それとーー」


 左手の人差し指も立て、両腕を交差させる。


「欲しい物を交換するんだ。金さえ出せば、まぁ、大概の物は手に入る」

「その方法で必要な物を入手するのだな?」

「そういうこと」


 タライに水を汲みに行こうと荘周は玄関戸へ向かう。

 そんな彼を紺碧の箒が遮った。そして言ってくる。


「話を聞いている限りだと、それは、この家の外で行わねばならないことなのでしょう?」

「そうだね。市場に行かないといけないし」

「それなら」


 彼女は荘周の手からタライを奪うと、外を指した。


「掃除は私がしておきますから、あなたは緋迦様と買い物に行っていらっしゃい」

「え? いいの?」

「いいのも何も。緋迦様を見てごらんなさい」

「緋迦ちゃん?」


 促され、荘周が振り返ってみると、緋迦は目を輝かせながら猛烈な勢いでハタキを振っている。けれど、埃は全く払えていない。


「全然掃除出来てないね」

「ええ。大問題です。って、違いますよ。いえ、大問題には違いありませんが。買い物とやらが興味を引いて楽しみなのでしょう。それに、夕餉(ゆうげ)が遅くなるのは好ましくありませんから。ならば、仕事を分担するのが一番効率的でしょう」

「ああ。そういうこと」


 納得して頷く。

 出会った時から、紺碧は一貫して緋迦のために動いている。ここまでくると尊敬してもいい。


「そういうことなら、掃除は紺さんに任せよっかな」


 折角の申し出なので、ありがたく乗っかる。荷の中から財布を取り出すと、緋迦の手からハタキを取り上げた。

 彼女はなぜハタキを奪われたのか分かっていない様子で、目をパチパチさせている。


「どうしたんじゃ、裏周? まだ掃除は終わってないように見えるが」

「紺さんから買い物行ってきていいってお許しが出たからさ、行こっか」

「本当か!? よいのか? 紺碧」


 緋迦が目を輝かせながら尋ねる。

 そんな彼女に、紺碧は優しく微笑んだ。


「ええ。帰ってきたら土産話でも聞かせてくださいね」

「うむ! 裏周の恥ずかしい話でも期待しておれ」

「それ絶対土産話として間違ってるよね!?」

「器の小さいことを申すでない。ほれ、そうと決まれば早う行くぞ」


 ご機嫌の緋迦は、さっさと家の外に出て左へ行く。


「ちょっと馬鹿鳥。市場は逆だけど?」


 荘周が彼女の背に呼びかけると、赤毛の少女はピタリと止まった。そして、二ヘラと笑いながら戻ってくる。


「おんしが来るまで散歩しておっただけじゃ。さ、行くぞ」

「地理分かんないなら大人しく付いてきなよ!」


 人混みの中で迷子になられても困るので、躾がてら、荘周は今のうちに緋迦の頭を叩いた。


「あいたっ」


 緋迦が頭を押さえる。


「わきまえなさい! 下僕っ!」

「あいだっ」


 間髪入れず、家の中から、紺碧の声と共にゴミ紛いの何かが飛んできた。

 出会った当初から思っていたけれど、迦陵頻伽という連中は傲慢で凶暴だ。


 そして。


「さて。どこに行ってくれたのかね、あのアホの子は」


 ちょっと紺碧の方に意識が行っている間に、緋迦の姿は見当たらなくなっていた。

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