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5. 君を染めるのは僕

 緋迦は小首を傾げ、口を開いた。


「そんなことでいいのか? それならお安い御用じゃ」

「え? いいんですか? そんなにあっさり?」

「何じゃ? おんしが言い出したことだろうに。今更無しとか許さぬぞ」

「いえいえそんな。滅相もない」


 荘周が手と首をブンブンと振った。

 その返事に満足して緋迦は頷く。


「うむ。では頼んだぞ、荘周」


 彼は無言で頭だけを縦に振った。そのままこちらをマジマジと見て、ぽつりと呟く。


「僕達の常識だと、技術っていうのは盗むか時間を掛けて研鑽するものなんですけど、迦陵頻伽って太っ腹なんですね」

「隠すも何ものぅ。染めくらい、隠すほどのものでもないし」

「ですねぇ」


 緋迦と紺碧は茶をすすり、ほっと息を吐いた。

 そんな様子を見た荘周は小さく笑い、荷を漁りだす。


「それじゃぁ、お二人の気が変わらないうちに話を進めちゃいましょう。何色の靴が欲しいですか? というか、材料の布をお好きな色に染めてもらおうと思ってるんですけど。個人的には、衣の色と合わせるのがオススメです」


 彼は丈夫そうな生成り布を一反取り出し卓に置いた。

 それを見ながら緋迦は尋ねる。


「二人共同じ色じゃないといかんのか?」

「別々で大丈夫ですよ。必要な分ずつ切って、それぞれ染めますから」

「ふむ。では妾は緋色にするとしよう。我らは身に付ける物のほとんどを、翼と同色に染める習慣があるからな。靴もそれに準じるのが良かろう」

「私は緋迦様に従います」

「それぞれ翼の色ですね。了解です」


 荘周が手早く布を裁断する。布を二枚用意すると、彼はそれを一枚ずつ緋迦と紺碧に渡してきた。


「それじゃ、申し訳ないんですが、今渡した布をそれぞれの色に染めて頂けますか?」

「あい分かった。紺碧、雨垂れ液はあったかの?」


 生地を手にしながら緋迦は立ち上がる。


「ございますよ。なんとなく確保しておいたのが役にたちましたね」

「さすが紺碧だ。ぬかりないの」

「恐縮です」


 小さく笑った紺碧も生地を手に付いてくる。その後ろから荘周もやってきた。


 作業場に着くと、緋迦と紺碧はたらいに雨垂れ液を汲む。そして、各々のそれにそれぞれの羽根を入れた。

 液に浮いた羽根は最初優雅に漂っていたが、次第に溶け始め、それに伴って液が色付いていく。たらいの中を掻き混ぜ羽根を完全に溶かすと、緋迦は荘周に振り向いた。


「これが染色液だ。染めたいものを浸してしばし煮てやり、水洗いすればある程度は染まる。後はその工程を繰り返して、好きな濃さまで色を重ねるくらいかの」

「染色液の作り方以外は僕の知っている方法と同じですか。それなのに、そんなに鮮やかな色が出てるということは……。やっぱり、肝は染色液ですかね」


 たらいを覗き込んだ荘周が緋迦の衣に目を落とし、そしてまた染色液を見る。気弱な人格の方の荘周であるはずなのだが、先程から放つ雰囲気が何やら危ない。

 不思議と背筋に悪寒が走り、緋迦は紺碧の後ろに隠れた。そこから少しだけ顔を出し、荘周の方を見てみると、こちらを向いた彼と目が合う。

 その時見た彼があまりに悪い顔をしていたので、緋迦は再び紺碧の後ろに隠れた。


「何で隠れるんです?」


 低い男の声が尋ねてくる。


「いや、だって。おんし、なんか、悪い顔してたし」

「悪い顔?」


 荘周が眉間に皺を寄せた。かと思うと、彼は突然大声を上げる。


また(、、)やっちゃいましたか!」

「また?」


 紺碧が怪訝そうに見ているが、荘周は全く気付いていないようで、自らの顔を手で覆い、大仰に天井を仰いでいる。

 しばらくそうしていた彼だったけれど、その体勢に疲れたのか、普通の姿勢に戻った。今度は頭を掻きながら、二ヘラと笑いかけてくる。


「興味のあるものが目の前にあると、どうにも周囲が見えなくなることがありまして。驚かせてすいません」

「人間というのは皆ーー」

「皆じゃありませんよ。たまに遭遇する程度はいますけど」

「む。そ、そうか。やはり、人間というのは危険だな」


 やや逃げ腰になりながら緋迦は返す。

 人間である荘周に返すには不適当な応答だったような気もするが、うっかり心の声が漏れてしまったのは仕方がない。


 しかし、緋迦が発言を気にしているのに、彼が気にしている様子は皆無だ。

 また周囲が見えなくなっているのか、彼は一人でブツブツ呟いている。

 荘周は緋迦の傍でしゃがむと染色液を手酌ですくい、次いで、緋迦の翼に触れた。触ることすら許していないのに、翼を撫で、勝手に羽根を一枚引き抜く。


「あいたっ!?」

「今すぐ首を差し出せ下僕! 私が処刑してくれる!」


 すぐ横で大騒ぎしてみたけれど、彼はなんのその。

 しれっとした顔で質問までしてくる。


「触った感じも普通の羽根ですよね。水なら何にでも溶けてしまうなら、雨に濡れただけでも大惨事になりそうだから、それはあり得ない。ってなると、この水が特殊なんですかね?」


 彼は子犬のような顔で答えを待っているけれど、やりたい放題やられているのが緋迦にはムカつく。不服を示すために、頬を膨らませてそっぽを向いてやった。


「まぁ、緋迦様。ふくれっ面もなんて可愛らしい!」


 トチ狂った紺碧が顔を撫で回してくるが、それも我慢する。

 大人しく弄ばれながらも彼女を睨むと、紺碧が正気に戻ったのか、咳払いを一つした。そして、荘周の問いに答えてやる。


「下僕にしてはいい読みをしています。大昔に大帝から賜ったとされる蓮芋があって、その葉に溜まった雨水にだけ溶けるのですよ」

「とてつもなく限定的ですね」

「それで困りませんしねぇ」

「ぐ」


 彼は詰まった声を上げると、また一人でブツブツ言い始めてしまった。

 最後の声から察するに、人間ではどうしようもない方法だったせいで困っているのだろうが、好き勝手された身としては、一矢報いた気分で清々しい。


 緋迦は上機嫌で、呟き続ける荘周を眺めてやった。

 眺めてやったのだが、いつまでたっても彼の呟きは終わらない。いい加減飽きて、緋迦は紺碧に顔を向けた。


「こやつ、こっちの世界に戻ってくる気配もないし、勝手に染めるかの?」

「そうですねぇ」

「はっ!」


 わざとらしい大声を荘周が上げた。彼は凄い勢いで緋迦に迫ると、大声で言ってくる。


「染める。今、染めると仰いましたか!?」

「は、はいぃいっ!」


 あまりの驚きに、緋迦の声が裏返ってしまった。

 けれど、彼はそんなことなど関係なく、上半身を更に緋迦に寄せてくる。


「その工程、ぜひ僕にやらせてください!」

「へ?」

「駄目ですか?」

「いや、構わんけど」


 勢いと、急にしおらしくなった荘周の態度に、緋迦は素直に答えを返してしまう。

 緋迦と紺碧の見守る中、満面の笑みを浮かべた彼は、いそいそと作業を始めた。

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