4. 変身大作戦
「もう、緋迦様。いくら興奮したからって、加減して頷かないと、そのうち頭がもげますよ」
「それは困るのう」
「まぁ、頭だけになっても、私が誠心誠意お世話させて頂きますけど」
緋迦の頬を紺碧がツンとつつく。
「イチャついてるところ悪いんだけど、俺、続き話していいの?」
若干引き気味の荘周が声をかけてきたので、緋迦は我に返った。いつの間にやらまとわり付いている紺碧を突き飛ばし、彼に身体を向ける。
「うむ。聞こう。妾はどうすればいいんじゃ?」
「それなんだけどね。まずは確認したいことがあるんだけど」
「何じゃ?」
「迦陵頻伽って、普段何食べてんの?」
荘周は小振りな木の実をぽんと投げ、器用に口でキャッチした。
緋迦も真似をしようとして、木の実を投げたら頭に当たる。荘周には控え目に吹き出され、紺碧には哀れな目で見られた。
ムカついたので、とりあえず荘周に胡桃を投げ付ける。
「食べようと思えば何でも食えるが、普段は霞しか食っておらんの」
「霞だけ? マジで?」
投げつけた胡桃を荘周は涼しい顔で受け止める。
「それで充分ですからね。獣を狩るのも面倒ですし。気が向けば、こうして果実や木の実を摘んだり、茶程度は飲みますが」
「それだけで生きていけるってのが凄いわ」
彼は手の中のそれを片手でお手玉しだした。何かを考えるようにその行動を続けていたけれど、止めると、緋迦に向けて人差し指を立てる。
「最初に言ったけど、これはあくまで可能性の話ね。そう踏まえた上での案なんだけど」
そう前置きして彼は言葉を続ける。
「滋養のつくものを食べれば、力がついて飛べるようになるかもね」
「それは誠かっ!」
興奮のあまり、緋迦は勢いよく身を乗り出す。
「だから可能性があるだけっつってるでしょーが! ちゃんと聞け、馬鹿鳥!」
荘周に頭をはたかれた。
すぐさま紺碧が緋迦を抱き締め頭を撫でるが、そんな二人の様子を見た彼は深くため息をついている。げんなりとした顔で湯呑みを口元に持っていったけれど、空だったのか、舌打ちを一つして茶を注ぎだした。
「効果がある保証はできない。俺達人間の考え方だから」
「あいや、謙遜せずとも良いぞ。妾達ではそのようなこと考え付きもしなかったからな。して、何を食らえば、その、滋養とやらがつくのだ?」
緋迦は自分の湯呑みも差し出す。横に座る紺碧も新たな湯呑みを出した。
特に文句も言わず、荘周がそれらに茶を注ぐ。
「俺達だと肉魚とか薬膳なんだけど、ここ、そんなの無さそうだよね〜」
「うむ、無いな!」
「基本、食べたい時に調達ですからね。すぐに腐ってしまいますし」
「だよね」
彼は頭をガリガリと掻き、こちらに視線を向けた。
「都に降りればいろいろあるんだけど、その姿だと目立つしねぇ」
「なんじゃ。人間の中では目立ってはいかんのか?」
「そういう目立ち方は良くないかな。まぁ、その翼と脚がある以上、どうやっても目立つんだろうけど」
荘周が困ったように頭を掻き続ける。
そんな彼に、緋迦はニヤリと笑った。
「ならば、翼と脚を隠して人間に擬態すればいいのだろう? それくらいなら簡単だぞ」
「は? そうなの?」
「うむ。見ておるがよいぞ」
言うと席を立つ。紺碧も付いてきた。
これから何が起こるのかよく分かっていない様子の荘周に二人で笑みを向け、次の瞬間には腰の翼を消す。同時に人間の足に変えた脚も、衣の下から出してプラプラさせてやった。
そんな二人の姿を、荘周は口を半開きにして見ている。
なんとも間抜け面の彼に緋迦は笑いかけた。
「どうだ? これならおんしらと変わらんだろう?」
「確かに。迦陵頻伽って凄いね」
「ようやく私達の凄さが分かりましたか。もっと敬って良いのですよ、下僕」
紺碧が荘周のもとへ行き、スラリとした足を彼に見せつけた。
荘周はしばらくそれを凝視していたが、名残惜しそうに顔を背ける。
「敬うのはおいおいするとして。二人は靴、持ってんの?」
彼がぶっきらぼうに尋ねてきた。
「そのようなもの持ってないぞ。必要ないからな」
「爪に引っかかって邪魔ですしねぇ」
迦陵頻伽二人で仲良く腕を振る。
「まぁ、だよね」
荘周が納得の表情で目を閉じ、次開いた時には雰囲気が変わっていた。
「人間の世界では靴を履いているのが普通なんです。特に、お二人のようなお嬢さん方が裸足だと浮いてしまうので、靴を用意してやらねばなりませんね」
「急に中身が変わったの」
「僕の出番な匂いがして」
照れたように荘周が頭を掻く。
人格が入れ替わる条件を彼から聞きはしたが、今の会話の何が要因になったのか、緋迦にはよく分からない。
(まぁ、里に害さえもたらさなければ、どちらでも良いか。こっちの方が弱そうで、何かあった時には抑えつけ易そうだし)
大切なのは婿候補の狸だけで、彼はあくまでおまけだ。思いの外役に立ちそうだが、人間に気を許し過ぎぬように、と、自らを戒めておく。
警戒を悟られないよう、緋迦はあえて無警戒な振りを続けた。
「人間の都に行くだけだというのに面倒なことだのう。して、どうやって靴を調達するのだ? この里には靴を作れる者はおらんぞ」
荘周に視線を向けると目が合う。
気弱な彼は顔をわずかに赤くして下を向いた。そんな彼の方から小さな声が聞こえてくる。
「名乗った時にサラッと言いましたけど、僕、靴職人なんです。それで、靴作りに使う革や布を素晴しい色に染める技術があると聞いて、居ても立っても居られずに探しにきたんですけど」
荘周はそこで言葉を止めてしまった。
要領を得ない話に堪りかねたのか、紺碧が先を促す。
「それで、何が言いたいのです、下僕」
「お二人の服は迦陵頻伽の技術で染められているんですよね?」
「そうですが。それが?」
荘周が顔を上げた。彼は先程までの弱々しさはどこへやら、何やら目を輝かせている。
「僕にそれを教えてください。代わりに僕はあなた方の靴を作ります。幸い二足作れる程度の材料は持ち合わせているので。それでどうでしょう?」
思ってもみなかった荘周からの提案に、緋迦と紺碧は顔を見合わせた。