15. あいむふらいんぐ、からの
紺碧が戻って来たところで戸締りをし、どうにか寝れた翌朝。
昨夜のことを紺碧に話し聞かせている間に、荘周の口からため息が漏れた。
「紺さんも、まずはそこを考えようよ」
「いえ。さすがに羽ばたいていないとは盲点でした。違う視点から見てみると、難問もすんなり解決するものですね、緋迦様」
「うむ!」
粥を優雅に啜りながら二人は言う。
「うむ! じゃないっしょ!」
それが分かっていれば、大食らいな緋迦のために散財しなくても済んだと考えると、なんとも口惜しい。
やや前のめりの彼を宥めるかのように紺碧が口を開く。
「ですが、お陰であなたは私達の染色法を知れて良かったではありませんか。互いに欲しいものを得れて、有意義だったと思いますけどね」
「ぐっ」
正論過ぎて荘周は言葉に詰まった。
彼女の言う通り、荘周は探し求めた染色法を知れた。人間では再現出来ないという、非常に残念なものではあったのだが。
文句はいくつかあるが、あえて飲み込み、代わりに粥を掻き込む。
「で、緋迦ちゃん飛べるようになったし、二人共帰るの?」
「そうですね。用も済みましたし帰りましょう。族長に狸も預けたままですし」
「はっ! そうであった!」
今思い出したとばかりの反応を緋迦がしてくれた。
(忘れてたな)
荘周が呆れながら紺碧に視線をむけると、彼女は目を閉じ無表情を貫いている。しかし、片眉だけがピクリと動いたのは、彼と同じことを思ったからかもしれない。
「すぐ帰ろう。今すぐ帰ろうぞ、紺碧!」
「私はそれで構いませんが、昨夜はもっと色々食べたいと仰っていらしたじゃありませんか。もうよろしいのですか?」
「あ。そうじゃった。しかし、婿殿の方が大事じゃし……。帰るぞ!」
言いながらも、緋迦は椀を決して放さず、行儀悪く大口で粥にがっついている。
「急いで帰るんじゃなかったの?」
「急がば回れだ。おかわり!」
空になった椀を彼女が差し出してくる。
やはりこの娘、色気より食い気のようだ。
昨晩と同様に緋迦は食べ過ぎ、しばらく待って、ようやく出発出来るようになる。
「そろそろ腹も落ち着いてきたし、帰るとするか」
「そうですね」
「じゃぁ、張り切って行きましょう」
荘周も少女達に続こうとして、二人に振り向かれた。
「おんしも来るのか? というか、その大荷物はなんじゃ? それに、なんで荘周に入れ替わったのだ?」
緋迦が荘周の背負った荷を指す。
「もう一度行って、持てる分だけ染色してもらおうかと。お二人の里のことは他言しない方が良さそうなんで、他人に手伝いは頼めませんしね」
荘周は笑顔で返した。
彼は、迦陵頻伽の里のことは他言しないでおこうと決めている。
理由は簡単だ。
人間の側には迦陵頻伽の優れている逸話が残されているのに、迦陵頻伽側には人間は野蛮という伝承しか残っていない。
それはつまり、再度交流を持とうとすれば、のどかな里が人間に踏み荒らされる可能性が高いということだ。
同種族同士でさえ奪い合いを繰り返している人間が、他種族に手を出さないはずがない。
それだけは容認出来なかった。
まぁ、そんな心配をしているのは荘周だけで、目の前の少女達はケロッとしたものなのだが。
「おんし、しれっと逞しいよな。また里に連れて行って大丈夫なものだろうか。どう思う? 紺碧」
「彼なら大丈夫なのではありませんかね。以前も特に問題は起こしませんでしたし。ですが、もし、何か起こせば……。分かっていますね?」
こちらに向けられた紺碧の目が鋭く細められる。
何か起こせば容赦なく叩き出すということだろう。餌にされる可能性も脳裏によぎったけれど、あえて気付かなかったことにして頷く。
荘周の反応に彼女は満足したようで、笑顔を浮かべた。
けれど、その表情が微妙に歪んで見えるのはなぜだろう。
形の良い紺碧の口がわずかに動いたけれど、声と認識できるには声量が小さすぎる。
「ん? 紺碧、何か言うたか?」
「いいえ、特に。さ、参りましょう」
優しい笑みを紺碧は緋迦に向ける。
その笑顔だけで緋迦は満足したのか、それ以上気に留めもせず歩き出した。
その後ろに荘周も続いたけれど、先程の紺碧の口の動きが気になる。
ーーもうひと働きしてもらいましょうかね。
そんなことを言っていた感じなのだが、何を意味しているのかは、今の段階では見当もつかなかった。




