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14. 俺は俺

「んなわけないじゃん。俺は生粋の人間よ」


 緋迦の言葉がおかしくて、荘周は苦笑した。

 すると、むすっとした彼女が唇を尖らせる。


「じゃあ、今申した言葉はなんじゃ?」

「ずーっと昔にね、俺と同じ名前の偉い人がいたんだって。その人が小難しいこと考えて、言った言葉がコレだったらしいよ。姿形がどうであろうと、自分は自分ってね」

「うむ。確かに、この姿だろうが蝶だろうが、妾は妾だな」


 何故か偉そうに緋迦が頷く。しかし、次の瞬間には不思議そうな表情になった。


「しかし、なぜ今言い出したのだ?」

「ん〜」


 緋迦とは目線を合わせず、荘周は背伸びする。


「緋迦ちゃん達が蝶になったりするから、こんな逸話もあったなーって思い出してさ」

「ほぅ。こんな長い文章を覚えとるだなんて、おんし頭良いな」

「そうそ。俺ね、実は結構頭いいのよ」


 顔に皮肉を込めた笑みを浮かべ、緋迦の頭をガシャガシャと撫でた。

 それが嫌だったのか、荘周の手をどかそうと緋迦が奮闘する。


「突然なんじゃ? 撫でるならもっと優しくせねば痛いぞ」

「そりゃゴメンね」


 荘周はさっさと手をどかし、再び外に視線を向けた。そして、一人呟く。


「俺さ、そこそこ頭が良かったもんだから、親が役人にならせたがってさ。勉強のために大都に来たんだよね」

「役人とはなんだ?」

「緋迦ちゃん達の里にいるのかね? 都の運営を決めるのが仕事の人達なんだけどね」

「む? 長老達みたいなものか? 祭りをいつするか決めるくらいしかしてないが」

「概ねそんな感じかな。でね、その役人になるためにはクッソ難しい試験に合格しないといけないんだけどさ、なってしまえば将来は安泰なのよね」

「およ?」


 何かに気付いたのか、緋迦が荘周を不思議そうに見る。


「おんし、靴職人だと申しておらんかったか? 靴作りも役人の仕事なのか?」


 彼女がこちらを見つめる瞳はどこまでも純粋で、つい、荘周は笑い出してしまった。


「違う違う。勉強のために大都に来たのにね、俺は靴作りに惚れ込んじゃって、靴職人の親方に弟子入りしちゃったのよ。昼間市場で会ったっしょ? あのおっさん」

「おぉ、あの髭の男か! しかし裏周よ。おんしが靴職人になってしまって、御両親は何も言わんかったのか?」

「言われた言われた。もうね、大目玉だったよ」


 当時を思い出し、口角を片方だけ上げる。


「勉強のために親には結構世話かけたし、申し訳ない気持ちもあるんだけど、やっぱ、好きなことを仕事にしたいじゃない?」

「そうじゃな」

「でもさー。それを貫くのも結構なストレスでさ。気が付いたら、俺は靴作りの仕事にだけ打ち込むもう一つの人格を作り出して、調子よく切り替えながら生活するようになっちゃってたわけ」

「ほう」


 緋迦が荘周を覗き込んでくる。


「ということは、アレか? 妾達が勝手に裏人格認定したおんしの方が主人格なのか?」

「正解! 緋迦ちゃん結構理解力あるね」


 荘周は緋迦の頭を再度ワシャワシャと撫でた。

 今度は彼女も邪険に彼の手を振り払う。


「だから止めいと言うとろうが! だいたいおんし、なぜ急にそれを告白したのだ?」

「さぁ?」


 曖昧に笑って荘周は答えを誤魔化す。

 本当は、彼女なら彼の欲しい言葉を言ってくれそうな予感がしたからなのだが、口にするのは躊躇われた。

 けれど、完全に諦められもしない。

 なので、みっともなく言葉を求めてしまう。そのために問いかける。


「緋迦ちゃんはさ、こんな俺をどう思う?」

「どうって」


 緋迦の言葉が一度切れる。

 緊張をほぐすために荘周は唾を飲んだ。

 続きを語るのか、彼女の口が動く。


「どうもこうも。おんしはおんしだろう。そんなことを聞いてくる意味が分からんな」


 やれやれ、と、緋迦は肩をすくめる。

 彼女の言葉も態度もあまりに自然で、眩しくて、嬉しくて。

 荘周は彼女の肩を叩きながら笑った。


「なんじゃおんし!? どこに笑う要素があったというのだ?」


 緋迦が困っているが、荘周は気にせず笑い続ける。


(ああ、そうだ。俺はこの言葉が欲しかった)


 人格が別れても、周囲は特に何も言わなかった。ただ、静かに受け入れてくれたのだ。

 けれど、こんな自分が周囲からどう思われているのかが無性に気になっていた。

 大して気にされていないのは分かっていた。けれど、言葉として、誰かに言って欲しかったのだ。


 お前はお前だから、好きにしろ、と。


 けれど、荘周が何を考えているのか分かっていない緋迦は、実にあたふたとしている。


「はっ! これはあれか!? 新手の不満の表現の仕方か!? 何が気に入らんというのだ? 名前なら、好きな呼び名があれば変えてやるぞ」

「違うわ。そんなんどうでもいい」


 見当違いの彼女がおかしくて、荘周は最後にポンと叩いて緋迦の肩から手を離す。

 彼が機嫌よく笑ってばかりいたからか、しばらくすると、緋迦も普通の状態に戻った。そして、小さく頷きながら言ってくる。


「まぁ、なんだ。おんしも親に期待されてて大変だったということは分かった」

「まぁね……って。ん?」


 軽く流した彼女の言葉に荘周は引っ掛かりを覚えた。


「も、ってことは、緋迦ちゃんも何かあんの?」


 なので、尋ねる。


「うむ」


 いつもは無駄に元気な緋迦が小さく嘆息した。


「言うてはおらんかったがな、妾は族長の娘で、次期族長候補の一人だったのだ」

「へぇ。凄いじゃん」


 思わぬ情報に荘周は素直に驚き、そして、気付く。


「だった? なんで過去形?」

「それはだな、あれだ」


 しょぼくれた緋迦が胸の前で両の人差し指を突きつけあい、グリグリさせている。


「妾がいつまでたっても飛べるようにならんから、長争いから外されたっていうか」

「ああ。なるほど」


 得心がいって、荘周はぽんと手を打った。そして、膝の上に頬杖を付きつつ、彼女を見ながらぼやく。


「しっかし。蝶でなら飛べるのに、迦陵頻伽の姿では飛べないってのはなんでかね? 体重が重すぎて翼が支えきれないとか?」


 今は見えない翼を思い出してみるが、彼女の翼は紺碧の翼と比べても遜色ないように見えた。

 荘周が考えを巡らせている傍らで、緋迦は小さく首を傾げている。


「のう。なんでここで翼の話が出てくるのだ?」

「なんでって、そりゃ、飛ぶには翼を使うんだから、翼の話題も出るでしょ」

「翼を使うのか?」

「は?」

「は?」


 どうにも噛み合わない会話に、互いに顔を見合わす。

 荘周は腕を組んで天井を見上げ、心を落ち着かせて顔を緋迦に戻した。


「もしもし緋迦さん。蝶の時はどうやって飛んでるのかね?」

「どうって、こう、翅を動かしてだな」


 彼女は腕を翅代わりにはためかす。

 そんな彼女に荘周は微笑んだ。


「じゃぁ、迦陵頻伽の時は?」

「それが分からんから飛べんのだろう。先程は頭が良いと申しておったが、物忘れが激しいのではないか? おんし」

「ちょっとムカつくけど、俺の忘れやすさは置いといて。飛ぶ時に使ってないの? 翼。バサバサって」

「バサバサ……じゃと?」


 緋迦は相も変わらず不思議そうな顔をしている。

 荘周は立ち上がると窓を閉め、緋迦にも立たせた。

 窓を閉めたからか、彼女が文句を言ってくる。


「窓を閉めてしもうては紺碧が戻ってこれぬではないか」

「すぐに終わるから大丈夫だよ。んじゃ。緋迦ちゃんはさ、ちょっと翼出して、バサバサって羽ばたいてみよっか。それが終わったら窓開けるからさ」

「翼をバサバサじゃと? いつものことながら、おんしは何を考えておるか分からんの。妾がバサバサしたら、直ぐに窓を開けるのだぞ」

「はいはい」

「まったく、こんなことに何の意味がーー」


 ぼやいている緋迦の身体が浮いた。ほんの少し床から離れた程度ではあるが、飛んでいることには違いない。

 荘周も驚いたが、それを行っている彼女の方が目を丸くしている。


「飛んどる……。飛んでおるぞ、裏周! あ、おんしが主人格だったか? まぁ、どっちでも良いか。あいむふらいんぐ、だ!」


 感動した様子の緋迦が段々と上へと上がる。

 そんな彼女に荘周はおいでおいでした。


「何その呪文!? っていうか、それ以上上がると頭打つから、ちょっと降りてきなさい」

「おぉ! 確かにそうだの。しかし、もう終わりか」


 緋迦は名残惜しそうながらも素直に降りてくる。

 そんな彼女に荘周は尋ねた。


「今まで翼使ってなかったわけ?」

「うむ。盲点であった!」

「最初に思い至れ!」


 いつもの調子で緋迦の頭を叩いたら、パコーンと軽い音がした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 《うむうむ、分かるぞ……。  儂らのような偉大なる存在は、翼で物理的に飛ぶなどというものではないからのう……!  かくいう儂も、風のチカラで飛んでおるからな!  なにせ、偉大なる霊獣じゃし…
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