12. 運も実力のうち
「まずは親を決めねばいけませんね。とりあえず私が振りますよ」
紺碧がサイコロを振る。二つのサイコロはコロコロと転がり、合計七が出た。
「あら、私が親ですね。ではもう一度」
彼女はサイコロを回収し、再び振る。すると、再び合計七が出た。
紺碧は自分の前の牌山から右七列を避けると、残した山から牌を四つ取る。次いで荘周、緋迦の順で牌を取っていく。
全員の配牌が終わると、紺碧がドラ表示牌をひっくり返した。
「では、参ります」
普段より低めの声と共に、静かに牌が捨てられる。
「何局すんの? 半荘? 東風戦?」
「緋迦様の飽き次第ですが、とりあえずは東風戦でいいでしょう。やり足りなければ続ければいいですし」
「妾はどれだけでもいいぞ!」
牌を積み、捨てながら、決め損ねていたことを決めていく。本来なら始める前に決めておく事柄だが、身内だけのお遊びなので、これくらい緩くていいくらいだろう。
「で、何賭けんの? 二人とも金銭持ってないし、明日の朝飯当番くらいが妥当なところだと思うけど」
「朝餉の用意をせいというのか!?」
緋迦が明らかに狼狽えた。
細かくは考えていなかったけれど、言われてみれば、彼女に調理は向いていない気がする。
「いいんじゃないですか? お遊びには妥当なところでしょう」
だというのに、平気な顔で紺碧が乗ってきた。
「え、いいの? 緋迦ちゃん負けたら朝飯が壊滅しそうだけど」
「大丈夫ですよ。緋迦様は負けませんから。私か下僕のどちらかになるのですから、特に問題はありません」
「それ、どういうこと?」
「すぐに分かります」
「立直じゃ!」
パチンという音を立てながら、緋迦が牌を横向きに捨てる。そして、リーチ棒を出した。
その姿を荘周はマジマジと見つめる。
「マジで? まだ三回ずつしか取ってないけど」
「間違いないぞ。きちんと出来ておる」
いそいそと裏ドラを確認した緋迦が、チッと舌打ちした。裏ドラまでは乗ってなかったらしい。
(かといって、全然良くないんだけど。捨て牌が少なすぎて、何が通るのか見当つかねー)
紺碧が捨てた牌は通った。
では、荘周は何を捨てるか、と、悩み、結局、今取ったばかりの牌を捨てる。
緋迦が何の反応も示さず手を伸ばしたので、荘周はほっと胸を撫で下ろした。
だったのだが。
「ツモ!」
元気な緋迦の声が響いた。
「マジか!?」
「むっふっふ。見るがいい、妾の実力」
彼女が並べていた牌を表返すと、みごとに役が出来ている。
「国士無双とか、嘘でしょ?」
「妾の強さを実感したじゃろ? ほれ、役満。おんしら点数寄越せ」
ドヤ顔の緋迦が嫌らしく手を動かす。
「裏ドラ確認とか、紛らわしいことしてくれたね」
点数棒を緋迦に渡しながら荘周。
彼女の作った役はこれ以上点数が上がらない。だというのに、更に点数を上げるためのドラを確認するなど、違う役を揃えようと勘違いさせられる撹乱もいいとこだ。
「緋迦様は、たまにこのようなことをなさるのですよ。こういう姿を見ると、ただの鳥頭ではないと思うんですが」
牌山を崩し、再び混ぜながら紺碧。
確かに、この遊戯の役とルールをきちんと把握して、あがれる程度の頭があるのであれば、ただの馬鹿ではないのだろう。
しかし。
「緋迦様。三人の時はチー禁止ですよ」
「ああ! そうじゃった!」
次の局では見事にポカミス。
荘周に、やはり馬鹿鳥だという確信が湧いた。
この試合は誰一人テンパることすらなく流れ、次の局が始まる。
東風戦という決まり上、親が一巡したら試合はお終いだ。つまり、最終局である今度に、誰があがるかに運命が掛かっている。
現在の持ち点は、チョンボしたにも関わらず、緋迦が一位。次いで、荘周、紺碧となっている。
初めに紺碧が予言した通り、荘周と紺碧のビリ争いになっている。一応は勝っている荘周だが、紺碧が上がってくる役によってはひっくり返される点数差だ。
一位は求めないが、出来ればビリは避けたい。
あわよくば、明日の朝は女子の作った手料理というものを味わいたいのだ。
とりあえず、不純な動機を糧に牌を積んでいく。
「あ、西ポン」
紺碧の捨てた牌を荘周が拾う。そして、要らない牌を捨てた。次が自分の番だったので、引き続き牌を取ると、手の中にやってきたのは東の牌。
自分の持ち牌と手の中の牌を見比べていると、荘周の手が震えてきた。
(大四喜だと!? 初めて見るんだけど)
正確には後一牌で完成なのだが、彼の人生の中では、ここまで揃ったことすらない。
切り間違えないように慎重に牌を選び、捨てた。
東がくれば大四喜だが、もう一つの待ちの方がきてもいい。その場合は小四喜に落ちるが、それでも役満だ。こちらも荘周はあがったことがない。
(東を捨てろ!)
牌を捨てようとする緋迦に念を送る。これで親の彼女が振り込んでくれれば、一躍荘周がトップだ。
緋迦の手が牌から離れる。
置かれたそれは横向きにされていた。
「立直!」
投げ出されるリーチ棒と共に上がる威勢のいい声。
「緋迦ちゃん、またなわけ!?」
「ふはははは。あふれる才能が妾も怖い」
小指を立てた手を口元にやって緋迦が笑う。
彼女の口調も行動も馬鹿丸出しだが、視線は厳しく捨てられる牌を追っている。誰もあがらぬまま何度か牌を積み、もう少しで牌山が無くなりそうになった頃。
「裏周」
緋迦が名を呼んできた。
「何?」
牌を捨てたばかりの荘周としては嫌な予感しかしないが、平静を装って返事する。
緋迦はこちらの顔を見、牌を取るために手を伸ばした。かと思えば、伸ばした腕で、思いっきり荘周の捨て牌を指す。
「ロンじゃ! そろそろ終わりと油断したのう!」
ダンっと、緋迦が牌を表返す。
それを眺めながら、紺碧が少しだけ目を大きくした。
「九蓮宝燈ですか。よく揃いましたね」
「妾も驚いたぞ。久しぶりだったからな」
胸の前で腕を組んだ緋迦が頷く。
だが、彼女は気付いているのだろうか。自分がどれだけおかしなことを言っているのかを。
「久しぶり?」
倒れ込みたくなるのを堪えながら、荘周は呟いた。
緋迦は不思議そうにこちらを見ながら頷く。
「うむ。たまには揃うからな」
「ぐはっ」
吐血はしなかったけれど、そんな気分で荘周は卓に突っ伏した。
九蓮宝燈といえば、あまりの揃いにくさに、和了ると死ぬとまで言われている役だ。それを、たまに揃えてくる相手となど勝負になるわけがない。
あがると死ぬとかいう噂は、あがった本人ではなく、振り込んだ奴が死ぬの間違いだろう。と、頭の中で思考する。
現に、親である緋迦に振り込んだ荘周の持ち点はマイナスになっており、ここからの逆転は至難の技だ。
「妾があがったから、まだ続くのか。しかし、程よく遊んで眠くなってきたぞ」
牌を混ぜながら緋迦が欠伸する。
「私はここで止めても構いませんよ。下僕次第ですね」
「もう眠いんだが。裏周、続けたいのか? おんしが望むなら頑張るが」
「いや。いいよ。さっさと寝た方が肌にもいいだろうしね」
苦笑いを浮かべながら荘周は手を止める。
ここから粘って半荘まで試合を伸ばせば、勝てる見込みも皆無ではないが、やはり厳しいだろう。逆に、更に差を広げられる可能性の方が高い。
それくらいなら、さっさと朝餉当番を受け入れる方が精神衛生上良い。
荘周の答えに緋迦は満足したようで、眠そうに目をこすりながら笑った。
「裏周もこう言っておるし、これにて終局だな。して、紺碧よ、寝床はどこだ?」
「こちらへ。緋迦様に快適にお休み頂けますよう、整えておきましたので」
紺碧が緋迦を誘導していく。その歩みの先にあるのは、家の様子と同様に全く別物へと変えられた空間だ。そこには荘周の寝床があったはずなのだが、面影は全く無い。
簡易的な天蓋なのか、天井から吊るされた布を紺碧が開く。
「ささ、緋迦様どうぞ。寝床がここしかありませんでしたので、後ほど私も参りますが、それはお許しください」
「うむ。構わんぞ」
「あのさ、俺の寝床は?」
家の中を見回しながら荘周は尋ねた。
どこからどう見ても、彼女等のいる場所以外に寝床は無い。
そんな彼に、紺碧は冷たい笑みを浮かべながら言ってくる。
「あなたならその長椅子で十分でしょう。そのままでは痛いでしょうから、クッションをつけておきました。ありがたく思いなさい」
彼女の指す先にあるのは、先程まで緋迦が転がっていた長椅子。
荘周の記憶では無骨な木張りの椅子だったはずだが、確かに布地でクッションが付けられている。
「それでは私も休みますから。こちらに来たら餌にしますよ」
おっかないことをサラッと言いって、紺碧も布の向こうへ消える。
一人になった荘周は、やれやれと長椅子に腰掛けた。急造されたらしきそれは、予想よりもずっと柔らかい。
(おー。これなら意外と快適に眠れるかも?)
少し上機嫌に横になると、隠すように置かれていた大量の食器が見えた。
(ちょっとマジですか!? 確かに洗った皿が少なかった気はしたんだけどさ!)
ため息を付きつつ、汚れた皿を洗い場に運ぶ。
麻雀をするスペースを確保するために、あの少女達は、近場に皿をどかすという手段を選択したらしい。どうせなら洗い場まで持って行って欲しかったのだが、今更である。
に、しても。
自分だけが大量の洗い物をさせられるのも気に入らない。客人でも、多少は気を使って皿洗いくらいしてくれてもいいはずだ。
「おーい。緋迦ちゃん、紺さん。洗い物するからちょっと手伝ってくれよ〜」
軽い気持ちで、荘周は寝床を目隠ししている布に手を掛けた。




