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11. デブチョボコ

 荘周は桶に水を汲み紺碧の翼にかけた。

 彼女自身が消火しようと動いていたのも手伝って、先っぽの羽根が数枚焦げる程度でおさまる。

 紺碧は汚くなった羽根を抜くと、翼を消した。


「あなたもたまには真っ当なことを言うのですね」

「俺はいつも真っ当なことしか言ってないと思うんだけど。身をもって体感出来て良かったね」

「非常に癪ですが、そうですね」


 珍しくそれ以上言い返しもせず、彼女は荘周の後ろに下がる。

 一度できちんと学習してくるあたり、相方の赤い娘より賢明だ。手伝うと言いだしたのが紺碧だったのは幸いだったといえる。

 頭の軽い方の少女は、これだけ騒いでいたにも関わらず、呑気に茶を飲んでいる。

 彼女を見つめる荘周の視線に気付いたのか、緋迦が首を傾げた。


「なんじゃ? 妾も火遊びに加わっていいのか?」

「止めてやがりなさい」

「ぶー」


 少女は口を尖らせ、けれど、何かを思い出したかのような顔になる。


「裏周。買い物の途中でパオとやらも買ったであろう? 妾、あれが食いたいのだが」

「ご飯の時に出そうと思ったんだけど、待てないわけ?」

「今食べたくなったのだ! 食べたい時が食べどきと父上が仰っておったぞ!」

「まぁ、間違っちゃいないけど」


 荘周は顎を撫でながら少し考えた。

 餌を与えるまで、我儘な少女が騒ぎ続けるのは目に見えている。食べている間は静かになってくれるのなら、先に与えるのも悪い手ではない。

 ということで、買ってきた物の中からパオの包みを出し、卓の上に置いてやる。

 目を輝かせた緋迦は素早く包みを開き、甘辛い角煮を挟んだパオに豪快にかぶりついた。口一杯に食べ物を詰め込んだ彼女は、実に幸せそうな顔で咀嚼そしゃくしている。


 緋迦が大人しくなったのを確認して、荘周は炊事場に戻った。そうして、待たせてしまったままの紺碧に声をかける。


「んじゃ。お嬢様が餌に夢中になってる間に、こっちも仕事しちゃおうか」

「ええ。ですが、あのパオという食べ物、私の口にも入るのでしょうか?」

「紺さんの分もあるよ。三人分買ってきてあるから」

「包みは分けてあるんですか?」

「いや? 一包みにしてもらったけど」

「では諦めた方が良さそうですね」

「何?」


 紺碧が切ない表情で緋迦を見ていたので、荘周もそちらを向く。

 二人の眼の前で、緋色のお嬢様は二つ目のパオに手を伸ばそうとしていた。




 自分で作るには面倒すぎるので買ってきたパオを泣く泣く諦め、荘周と紺碧は夕餉ゆうげの仕込みを続ける。

 緋迦が褒めていたように、器用で飲み込みの早い紺碧は実に頼りになる補助人だった。


 のだが。


「のう。飯はまだか?」


 仕込みが終わる頃になり緋迦が騒ぎだした。


「今食べてたでしょ? 三人分」


 荘周は"三人分"という言葉を強調して言ったのだが、当人はケロっとしている。それだけでは留まらず、次が欲しいと騒ぎだした。

 あまりの煩わしさに、なし崩し的に夕餉ゆうげになる。





「いいんだよ、別に。美味しそうに食べてもらえたから、作り甲斐もあったってものだからさ」


 ようやくのんびりとなった荘周は茶をすすった。中身が半分ほど無くなったところで、湯呑みを卓にドンと置く。


「けどさ、ちょっとは考えて食べなさいよ! どう考えても三人分作ってるのに、なんで完成したそばから一人で平らげちゃうわけ!? その軽い頭には、常識って言葉は欠片も入ってないみたいだよね!」

「うえっぷ。美味くて止まらなかっただけだろうに。誇ってよいぞ」


 腹の出た緋迦が悪びれもせず言った。


「迦陵頻伽って、霞だけ食べてれば生きていけるんじゃなかったの?」

「生きてはいけるが、他の物も食えるぞ」

「ああ。そうだね」


 何を言っても無駄なのが見え見えで、荘周は深く息を吐いた。そして、目の前の丸くなった少女に視線を落とす。

 いつもはスラッとしている緋迦なのに、今は腹が重すぎて動けないのか、長椅子にだらしなく転がっている。その様は、何かの蒔絵まきえで見た手豊デブ著棒子チョボコとかいう神を彷彿とさせる。

 その神は太った白い鳥なのだが、目の前の緋迦を見ていると、同族にしか思えない。


「ねぇ。俺達の神の中に白いデブ鳥がいるんだけど、迦陵頻伽って、遥か昔にも食材食い散らしたりしてたんじゃないの?」

「さぁのう。妾は昔のことなど知らぬし。覚えておっても、精々三才の頃くらいからかの?」

「それ、遥か昔なんて言わないからね!?」

「なんだと!? 十年以上前は十分昔だろうが!」

「確かに昔だけど、話の流れ読みなさいよ! 百年とか千年とか昔の話だよ!」

「産まれておるわけがなかろうが!」

「もういい。緋迦ちゃんはちょっと黙ろう」


 全く進まぬ会話に頭痛を覚え、荘周は頭を抱えた。

 緋迦を意図的に視界から外し、寝転ぶ彼女を扇ぐ紺碧に顔を向ける。

 なんでも卒なくこなす麗人はそれで察したようで、口を開いた。


「人間は我々の卵を奪って食べる、という話が残っているくらいですし、昔は交流があったのかもしれませんね。御山から降りる道もありましたし。あれには驚きました」

「紺さんもやっぱそう思う? ああ、でも、やっぱり長らく交流は途絶えてたんだと思うよ。山降りる道、俺が一度通った時は岩で塞がってたから。嵐が来た時に風化した岩が崩れて道が開けたって感じだったよ」

「あら、そうだったんですか。道が潰れてしまったのか、意図的に封じたのか、どちらなんでしょうね?」

「さぁ。それこそ、俺達は産まれてない時代のことだし」


 荘周が肩をすくめると、我が意を得たりとばかりに緋迦がドヤ顔になる。


「ほれみろ。産まれてない頃のことだから分からんと言った妾が正解ではないか」

「あー。そうだねー」


 色々面倒臭くなって、荘周は棒読みで返す。

 さすがにぞんざいに扱い過ぎたからか、緋迦が紺碧に泣きついた。こちらを指さしながら必死に何かを訴えている。


「紺碧。裏周が妾を馬鹿にし過ぎだと思わんか?」

「そうですねぇ」


 扇を動かしながら紺碧。


「緋迦様の頭が足りないのは以前からのことですが、そこが良いところでもあるのです。あなたはその可愛いお顔で、変わらずすっとぼけていらっしゃればいいのですよ」

「……」


 緋迦が荘周に顔を向けた。そして、なんとも情けない表情で言ってくる。


「のう。なんか、慰められているような、貶されているような、微妙な気分なんじゃが」

「貶されながら褒められてるからじゃないかね?」

「む。やはりか!」


 彼女の目がカッと開いた。紺碧をじっと見つめ、言い放つ。


「そんな器用なことをするとは、さすが紺碧だの! 妾も鼻が高いぞ」

「お褒め頂き光栄です」

「うわ、褒めちゃうんだ」


 荘周の呟きは緋迦には届いておらぬようで、紺碧には無視された。

 彼のことなど見えていない二人は、そのまま会話を続行させる。


「しかし、紺碧よ。少し腹ごなしをしたい気分なのだが、外を走りに行ってきて良いか?」

「今からですか? もう暗いですし、鳥目のこの身体では、周囲の確認が大変だと思いますよ」

「む」

「俺も止めといた方がいいと思うよ。夜に女の子の一人歩きは危ないからね〜」


 果たして緋迦を一般的な少女と分類していいのか、という疑問はあるが、擬態している姿は普通の少女なので、荘周もそれに従った忠告をしておく。

 もし強引に走りに行く、と言われれば、付いていくしかないだろう。

 放置しておいたら被害者が出る可能性が高いのだ。主に、彼女に手を出そうとした馬鹿者の方に。

 それを止める保護者は必要だ。


 一方で、そんなことなど全く考えていないであろう少女は、不服そうに口を尖らせる。


「むぐぅ。ならば、何か室内での遊びとかないのか?」

「室内での遊びねぇ」


 言いながら荘周は席を立った。

 室内で出来る遊び道具も一応はある。けれど、迦陵頻伽もルールを知っているかは分からない。

 それでも、部屋の片隅から麻雀マージャン道具を取り出し、少女達に見せる。


「俺たちの遊びで麻雀ってのがあるんだけど、知ってたりする?」

「知っておるぞ」

「ええ。問題ありません」

「マジか。じゃあこれで。頭数足りないから三人ルールね」


 少女達が卓を片付けている間に、荘周は点数棒を小箱に分けていく。それを二人に渡すと、片付いた卓に牌を置いた。


 荘周はこの遊戯が嫌いではない。

 最初は付き合いで始めたくらいだったが、やってみると中々に奥が深かったからだ。

 ゲーム自体は、絵や字の書かれた牌を決められたように揃えて役を作っていくだけなのだが、その途中で微妙な駆け引きや読み合いがある。

 相手の捨てた牌も自役を揃えるのに使用出来るルール上、自分が欲しい牌を相手に捨てさせたり、相手の待っている牌を予想して避けるという心理戦が発生する。

 後は、場に出ている牌から、作っている役が完成する確率を軽く計算できれば勝率が上がったりもするが、それくらいだろう。


 使わない牌を除き全て裏返すと、ジャラジャラと三人で牌を混ぜる。そうしていると、当然ながら、ある提案をしてくる奴が現れた。


「のう。せっかくだから、勝敗に何か賭けんか?」

「何か、ですか?」

「そんなこと言っちゃっていいわけ? 緋迦ちゃん」

「当然だ! 妾は強いからな」


 緋迦が胸を張ってふんぞり返る。

 絶対反対するだろうと荘周が紺碧を見てみると、彼女は薄く笑いを浮かべていた。それが腑に落ちず、彼は尋ねる。


「緋迦ちゃんあんなこと言ってるけど、いいの?」

「緋迦様は負けないでしょうから問題ありません」

「お、おう」


 どう考えても脳味噌空っぽな緋迦が負けそうなのだが、紺碧が断言してしまったのが恐ろしい。

 荘周が一抹の不安を感じている間に牌山は積み終わり、真剣勝負が始まった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ……なんだかチョボコくさいぞ……。 そんなところで祇沙流の野菜!(てってれー)
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