犠牲を伴い
「カナの父親?」
いきなり目の前に現れた男はあろうことかカナの父親を名乗った。
「嘘をつくならもう少しまともなのをつけよ」
「いやいや、私は本当のことを言っているだけだよ?」
「証拠は?」
疑ってかからなければ、この男が俺の体を闇に染めている黒幕かもしれない訳だし。
「まあ、信用されないとは思ってたよ」
「だろうな」
「だが、話だけでも聞いてくれないかな?」
ここはどうする?
力ずく?交渉?
この男が嘘をつくメリットは感じられない。
おそらくこの男は俺よりも数段上の実力者。
わざわざ嘘をつく必要はない。
体に憑依で入ってきた俺を消したいだけならば実力行使が最も早いはずなのだから。
「おれがその通りにするかは聞いてからだ」
「それでいいよ。私もすぐに信用されるとは思っていない」
ふう、とアルテアと名乗った男は一息入れると口を開く。
「先ほども名乗った通り私はアルテア・アークノート。カナの父親だ。もっとも、カナが物心つく前に私は死んだから、カナは知らないだろうけどね」
「死んだ?何かあったのか?」
「邪神と神々の戦争が昔はあったのだよ」
む、似たような話を聞いたことがあるような、ないような。
「今生きている人で私を知っているのはネラヒムさんだけだろうね」
「ネラさんが?」
「知っているのかい?なら話は早い。彼女はアリア、カナの母親の親友だったんだよ。アリア経由で私も多少の関わりはあった。と言っても何度か喋ったことがあるくらいだけどね」
ネラさん。
彼女がアルテアのことを知っている。
これはこの男を信用する材料になるだろうか?
だが、ネラさんは悪い人とは思えないし、聞くだけ聞くのも悪くはないだろう。
「まあ、それは置いておこう。今はどんな状態か分かっているのか?」
「憑依してるんだろ?」
「それは中の話だよ」
中?ということは外では何かが起こっているのだろうか?
体が勝手に動いてセクハラ三昧とか!?
やばい!社会的に死ぬ前にここを脱出しなければ!
知らない間に捕まってバッドエンドなんてことに!?
「は、早くここから脱出しなければ!」
「?何を想像したかは分からないが落ち着きなさい。早く脱出しないといけないのはそうなのだが、急いでもどうにもならない」
「外で何が起こってるのか知ってるのか?」
「知っているとも。カナとそのお友達三人が君の体と戦っている」
「なんだ、それなら良かった」
俺がセクハラ三昧とかよりはよっぽどマシである。
アルテアのいう戦いがセクハラしようとする俺の体をなんとか抑えているとかではなければなんの問題もない」
「な、何がよかったんだい?」
「いやー、カナが戦って負けるはずがないから別に問題ないかなって」
「いや、確かに四人とも年齢の割に圧倒的な実力を有しているが、流石に分が悪いと見えるよ」
え!?カナがいて分が悪い!?
どんな状況になったらそんなことに。
「君の知識を使わせてもらうと、大体の攻撃無効化に再生能力まで持っているチートというやつだよ」
「チート!?それに俺の知識って……俺の体の中にいるからか?」
「そうとも、他にも幾多の怨霊みたいなものが君の体に侵入している」
怨霊…それがこの闇で、体は暴走状態にあるということか。
「で、どうすれば良いんだ?」
カナが強いとはいえ、そんなチート相手にいつまでも持つ訳ではないだろう。
早々にここを抜け出し暴走を止めなければいけない。
「私を殺すんだ」
「ーーーへ?」
「私を殺すんだ、ロキアくん」
「いやいやいや、何を言ってんだあんたは」
殺す?流石の俺もそんなことは出来ない。
カナの父親。
彼がそう名乗ったのだから少しの間だけでも良いからカナに合わせてやりたいと思ってしまった。
アルテアが本当にカナの父親かどうかはネラさんに聞けばわかるので、本物かどうかは今は疑っても仕方がない。
だから、信じようと思った矢先にこれか。
「何もおかしいことじゃない。君は自分のクラスを忘れたのかい?君は死霊使い、殺した死霊の能力を得ることができるのだよ?私を殺せば強くなり、ここから抜け出すことも容易となるだろう」
そうだ、確かに俺は死霊を殺すことで強くなれる。
でも、カナの、好きな人の親を殺してまで強くなりたい訳じゃない!
「そんなことしなくても、他の方法で抜け出すことができるはずだっ!」
「ハハハッ、さっきまで疑ってたくせに、どうしたんだい、いきなり?」
くそっ、さっきからずっと、ニコニコ笑いやがって。
自分が殺されるっていうのに、なんで、そんなに笑ってられるんだよ。
「まあ、私はもうすでに死んでるしね。魂が消滅してるかしてないかの違いだよ」
「だからっ!魂だけでもあればカナに会うことだってっ!」
「………君は優しいね」
当たり前だ。
先ほど見た地球でのカナたちとの日常。
これはおそらくアルテアが見せたものだ。
「あんなの見せられたらそうなるだろうが」
もう会えることはないと思っていた両親と、俺に少なからず好意を抱いてくれる女の子。
その二つが揃うなんて幸せがある訳がない。
「ふむ、ばれていたか。君には大切なものをしっかりと思い出す、頭に刻みつけておいて欲しかった。その為ならなんだってできる、そうなれるように」
「自分を殺させる為に見せたって訳か」
「そうだよ。信用してもらうためにカナの父親であることを明かしたのだが、裏目に出てしまったようだね」
「……そうだな」
自分と外の四人の命か、カナの父親の魂の消滅か。
………比べるまでもない。そんなことは分かっている。
…でも。
「私を殺したのをカナに悟られるのが怖いかい?それとも罪悪感?」
「両方だよ」
「なら殺しなさい。何も君は悪くない。過去の亡霊を対峙するだけなのだから」
……ああ、そうだ。
選ばなくちゃいけないんだ。
先ほど、闇を祓おうとしてわかった。
俺の力じゃあ、この闇を祓うことはできないと。
アルテアの力がどれだけ強いのかは知らない。
だが、俺のクラス"死霊使い"は殺した死霊の能力を奪い、低確率でその死霊の全盛期の四分の一の力を引き継ぐことができる。
アルテアは邪神、殺した前と後では実力差が歴然である。
「……お前が祓うことは出来ないのか?」
「本来、この空間に干渉出来るのは君だけなんだ。それを力任せに私は実体化している。肉体もない今では何もできないさ」
そうか、もう、手段がないのか。
仕方がない、なんて思わない。
「俺が、父親のお前に代わってカナを愛してやるよ」
「……そう言われると、未練が残るな。まあ、君になら託そうかな。君の心を見た。君のカナへの気持ちは本物だ」
「当たり前だ。偽物な訳がない」
霊体の腕を剣に変える。
「君たち死霊が稀に使う《憑依》それは生き物に乗り移るだけではない。言うなれば魂への干渉。貴重で強力な力だ。使いどころは間違わないようにな」
「ああ。分かってる」
剣を構える。
「私の力じゃあ、内側からでは完全に闇を祓うことなんて出来ない。君が外に出るのが精一杯だ。力は中よりも外の方が発揮されるんだ。今、体の力を少し魂に取り込んだ君ならば外ではより強い力を出すことができるはずだ。覚えておくと良い」
「知らなかったよ。サンキュな」
「じゃあな」
「ああ」
ドスッ。
「カナを頼むよ」
「まかせとけ」
アルテアの消滅とともに能力と、低確率で発動の力の継承の方も発動したようだ。
いや、この力は能力で奪ったんじゃなく、貰ったのかな。
「さあ、ここから脱出だ!」
ブワァッ!
アルテアの力の発揮と共に抜け出せるほど、闇が薄くなる。
「今度は外から体を奪いに行ってやるよ!」
視界が、白く染まる。




