父親
「…ん、んん?」
目が覚めると、そこにあるのは見覚えのある天井だった。
それは何年も毎日飽きることなく見た、俺の部屋の天井。
「あれ、なんか夢を見てたような」
なにか、こう、充実した夢を見ていた気がする。
内容は思い出せないが、非常に心地の良い夢だった。
ふと目を枕元にある目覚まし時計に向けると、すでに時刻は十二時を過ぎている。
「やべっ、遅刻確定じゃん!」
ベットから飛び起きると、すぐに着ている寝巻きを脱ぎ、ハンガーにかけてあるワイシャツと制服を着る。
なぜか、この服を着るのが久しぶりな気がした。
だが、今はそんなことよりも、早く高校に行かなければ。
遅刻確定どころか、午前の日程をすべてすっぽかしている。
だからと言ってサボるわけにもいかないだろう。
制服を着ると階段を駆けおりる。
その際足がもつれ転げ落ちそうになったのだが、なんとか堪え、リビングへ。
「母さん!どうして起こしてくれなかったんだよ!」
「えー、起こしたのに黒斗が起きなかったんでしょ」
黒斗。自分の名前であるはずなのに、その名前に違和感を覚えた。
自分の名前ではないかのように、他に、自分の名前があるかのように。
そして、その名を呼んだ声もひどく懐かしい。
「ていうか、今日は日曜日よ?もう昼だけど」
「へ?」
「何言ってんの?アンタ大丈夫?」
あ、焦った。
学校かと思った。
「ほら、制服なんて脱いで、早く着替えてきなさい」
「分かった」
今日は日曜日だったか。
昨日が土曜日だと言うことが思い出せないほどに夢の内容が濃かったのだろうか?
先ほど転倒しかけた階段を一段一段登っていく。
何度も上り下りしたはずの階段で先ほどはなぜ危うく転ぶところだったのだろうか?
「うん、頭がぼーっとしてるんだな。そうに違いない」
大した理由が思いつかなかったので、寝起きで頭がはっきりしていないということにしておいた。
「おお、黒斗。遅い起床だな」
野太い男の声に後ろを振り返ると、階段の下からこちらを見上げている父さんの姿が。
「昨日夜更かししたんだよ。……多分」
「自分のことなのに多分って、お前頭大丈夫か?」
「大丈夫だよっ!」
心外である。
少し朝いや、もう昼か。
昼にぼーっとしているくらいで頭がおかしいなどと言われるとなんとなく苛立ちを覚える。
褒められるようなことはしていないが、偶には褒めてくれても良いのではないだろうか?
ほら、褒められると伸びるタイプだよ?
少なくとも、彼女の言葉は俺に成長するための気力を与え、背中を押してーー。
彼女?俺の周りにそんなガールフレンドのような女の子はいなかった。
先ほどから引っかかりの覚えるようなことばかりが起きる。
「くそっ、なんかモヤモヤする」
制服を脱ぎ捨て、パーカーにジャージというファッションセンスの欠片もない服装に着替えると、再びリビングへ。
「ほら、トーストと目玉焼き作っておいたから、朝兼昼ご飯食べなさい」
「サンキュ」
手短に礼の言葉を済ませると、ジャムをトーストに塗りかぶりつく。
目玉焼きには醤油をかけ黄身を崩さないよう白身を少しずつ食べる。
こんな庶民的なことは特に珍しいというわけでもないのにやはり少し懐かしさを感じる。
一体なんだというのだ。
「ご馳走さまっ」
ガタッと音が立つくらい荒く席を立つと、玄関へ向かう。
「どこ行くの?」
「どっか、散歩してくる!」
スニーカを履き、つま先をトントンと整えるとドアを開ける。
視界はごく普通の住宅街。
毎日のように見た風景。
「ま、なんか今日は調子が悪いんだろ」
ぶらぶらとあてもなく歩き出す。
しっかりと、周りの風景は目に焼き付ける。
記憶の中にあるこの風景は少しモヤがかかったかのようだ。
毎日のように見ていたはずの景色なのに、なにもかもに少し懐かしさを感じる。
人通りは少なく、周りに人はいない。
だが、この住宅街はご近所付き合いが盛んであるので、すれ違う時に必ず挨拶はする。
今も、数人とすれ違い、こんにちはと会釈をしてから通り過ぎる。
見たことのある近所のおじさんおばさんたち。
この住宅街には子供はあまり住んでおらず、友達も近くには住んでいない。
そのはずなのに、聞こえてくる少女の鼻歌。
トタトタと聞こえる可愛らしい足音。
視線の先には日本、いや、世界でもそう何人といない、綺麗な銀の髪をした美幼女だった。
「こんにちはっ!お兄ちゃん!」
「……あ、ああ、こんにちは」
笑顔でこちらに挨拶してくる幼女。
こんな子、この辺に住んでいただろうか?
「君、最近この辺に引っ越してきーー」
「ゴメンね、今急いでるんだっ!またねロキアお兄ちゃん!」
ズキン。
いっつ。
急に頭が痛み出した。
偏頭痛のようにズキズキと頭が痛む。
今日調子が悪かったのはこのせいなのだろうか?
…そういえばあの娘はなんて言った?
黒斗とは言ってなかった。
ここ最近聞き慣れた名で呼ばれたような気がする。
だが、その名を聞くと同時に頭痛が襲い耳によく入ってこなかった。
聞きなおそうにも既にその娘は過ぎ去った後だった。
「本当にもう、なんなんだよ」
あんなに痛かった頭痛も嘘のように痛みがなくなり、もう何が何だかわからない。
病院、言ったほうが良いのかな?
「おう、何しけたツラしてやがんだ!」
バンッと背中を強く叩かれ、少し前のめりになってしまう。
イタタタと呟きながら振り返ると、またもや銀の髪色に、ツンと少しワックスをつけたかのような髪型。
憎むべきイケメンがいた。
誰?あったことがあるのかもしれないが思い出せない。
俺とそう歳は変わらないはず。
「ったく、オレのライバルやってんだからもっとシャキッとしろよな!今日は勘弁しといてやるからな」
元気出せよと再び背中をバンバン叩き、行ってしまった。
いや、だから…誰?
向こうは俺のことをきっていたようだったし、ライバルとも言っていた。
ライバルとまで言うほどの間柄流石に人違いということはなさそうだ。
「全くシュウさんは荒っぽいんですから」
今度は女の子の声。
この辺には俺に近い歳の奴なんていなかったはずなんだが、今日はなぜかよく見かけるなぁ。
と思いながら声のした方を向くと、金髪の美人さん。
外人?俺に外人の知り合いはいないし、いたとしてもこんなに可愛い娘が知り合いだったら忘れるはずもない。
だが、俺の記憶にはこんな娘は存在していない。
「どこか調子が悪いんですか?気をつけてくださいね。すぐ無茶するんですから。困ったら私を頼ってくださいねロキアさん」
ズキン。
いっ。
まただ。また頭痛のように頭に痛みが走りうまくその名だけ聞き取ることができなかった。
ここまでくると、何かファンタジーのような呪いでも俺にかけられているのではないかと思ってしまう。
「ん?大丈夫か?顔をしかめてるが…」
またもや女の声。
振り返るとまたもや銀髪の女性。
なんでこんなに銀髪と多いんだ?
「…ああ、いや、大丈夫です」
「なんで敬語?私とお前の仲だろうに」
どんな仲だったのかすごい気になる。
こちらには初対面に思える相手と会うのは既に三人目。
「まあ、いいや。気をつけろよ!」
今回は頭痛はなく、少女が去ってしまった。
これはもう、聞き覚えのある名前がトリガーとなっているとみて良いだろう。
もう、いいや。
取り敢えず、気晴らしにでも行くか。
先ほどから不可解な現象が起きるので気が滅入ってしまった。
足は俺が何度も行った場所へと向かう。
到着したのは、既に廃校となった学校の屋上。
廃校自体がちょっとした高台にあるので、ここからは街が一望できるのだ。
漫画とかでよくある、でかい景色を見てると自分の悩みがちっぽけになるという奴である。
「うーん、やっぱいいなぁ、ここ」
ここからの景色は基本住宅や、公園等しか見えないのだが、春になると、街に咲く桜を見れたりする隠れスポットでもあるのだ。
「そうね。分かるわその気持ち」
ハイきたー、来ましたよ本日四人目の声。
こんなところに来るのはよっぽどの物好きか、ここを知っている人しか来ないはず。
声の主は、完全無欠な黒髪の美人さんだった。
え、ええ?
世界にはこんな超絶美人が居たんですね!
「え、えと」
「探したわよ?こんなところにいたのね」
こんな美人に探されていた!?
もうこれは詐欺なのではないだろうか?
よく考えてみれば、ほら、あるじゃん。
そんな感じの詐欺が。
俺はその標的になってしまったのでは?
ほら、俺とかいかにも引っかかりそうだし。
彼女とかいなくて、美人が迫ればすぐに騙されそうだし。
……自分で悲しくなってきた。
「フフッ、どうしたの?そんなに物思いにふけっているような顔をして」
「ふあっ!?いや、な、なんでもないです」
反射的に変な声が出てしまった。
しかも、美人さんに笑われてる。
俺の顔は熱を帯び、赤くなっていることだろう。
「敬語なんてなんで今更使うのかしら。いつも通りでいいの」
「い、いつも通りと言われましても……」
そのいつも通りがわからないから困っているのだ。
本当に、この人とはなんの関わりもない…はず。
「まあ、いいわ。でもなるべくいつも通りにね?」
「わ、分かった」
訪れる沈黙。
俺の耳に届く音は、風の音と、若干緊張しているせいか荒くなった呼吸の音だけである。
き、気まずい。
え?何か話とか振ってくれないんですか?
あの、俺から話すこととか何一つとしてないんですけど…。
そんな俺の気持ちを汲んでくれたのか、口を開く美人さん。
「ここも良いけれど、私が行ったことのある場所はもっと良い景色だったりするのよ」
「は、はあ」
「だから、いつか一緒に行きましょう?ロキア」
そう言ってカナは俺に手を差し伸べ手を取るように促す。
今度は頭痛など起こらずにはっきりと聞こえたその言葉。
初対面であるはずなのに、ふっと頭に浮かんできたカナという名前。
リオ、シュウ、ルシア、エル。
他にも、先程出会った人たちの名前が頭に浮かび上がってくる。
その瞬間、俺の視界は暗転した。
♢
ふと目がさめると、見覚えのある、暗黒の世界が広がっていた。
今度は、何があったかよく分からないなんてことはなく、頭はスッキリしている。
なぜ、俺がここにいるかも。
「憑依に失敗した?」
当然のようにすらりと言葉を発することができた。
俺の、ロキアの体は霊体であり、念話という方法をとらなければ会話をすることすら叶わなかった筈であるのに、言葉を発することが出来た。
よくよく見てみれば、俺の体は現在は霊体ではなく、しっかりと肉体を持っていた。
「ふむ、憑依が完全に失敗したわけではないと」
でも、ここは、リオを本能から救うために入った空間と酷似している。
憑依したのは確実なのだろうが、その後どうなったのかは分からない。
「この闇を払えばいいのか?」
《念力》
この異質な空間に暴風が吹いた。
いつも通り念力を使用して、闇を動かし、払う。
だが、そこで違和感を感じた。
いつもの念力の感じではない。
決して念力の性能が下がったわけではないく、むしろ格段に上がっていることに驚愕しているのだ。
俺の念力は、精々普通の家を浮かせることが出来るくらいのレベルだった。
だが、今は、大気を操ることができる。
俺の念力はしっかりと目で物を捉えられなければ効果はほぼない。
であるはずなのに、不可視である大気を捉えることができているのだ。
「自分の体に憑依、じゃなくて、戻ってきたから性能が上がったのか?」
クレストの体ではしっかり馴染まなかったから、性能が半減されたけど、自分の体でめっちゃ馴染んでるから、性能が二倍的な?
「好都合だ!」
念力の出力を強め、闇を払おうと風を起こす。
なんなら、闇を念力で操ってしまおう。
「取り敢えず、止めてくれないかな?」
っ!!
突然聞こえてきた知らない男の声。
即座に念力の行使を中止。
声の主から距離とる。
声の主は一人の男だった。
「誰だ!」
ふーむ、と顎に当て考えたような動作をしてから言った。
「僕はアルテア・アークノート。しがない邪神で、君の慕うカナの父親さ」
「なっ!?」
男の、アルテアの口から発された言葉は俺の予想を大きく上回るものだった。
申し訳ございません。テスト二週間前になってしまいましたので、更新を停止させて頂きます。
今、物語は山場だけに余計に申し訳ない。
一応、一本は予約投稿で11月23日21時に投稿予定です。
感想評価待ってます。




