魔女【カナ・アークノート】
目の前に展開される魔法陣。
それは私が今まで見たこともないものだ。
陣が発光すると、私の体は吹き飛び家の外へ強制的に飛ばされる。
魔法の展開から発動までの時間が極端に短い。
これは手強い相手だ。
「アンタを坊やのところへは行かせないよ。そういう約束だからね」
「約束?」
「なんでもないさ。とにかく、アタシは魔女だ。誓約とかはお手の物だよ」
それはつまり、私がロキアに会いに行けないような呪いじみた誓約をかけることができるという意味なのだろう。
敗北と同時に私に誓約を掛けるつもりなのだろう。
つまり、負けは許されない。
私が負けるということロキアを殺してしまうことと同義なのだ。
「今回ばかりは、負けられないのよっ!」
たとえ相手が古馴染みだとしても容赦はしない!
失われた楽園《ロスト・エデン》を取り出し、漆黒の翼を広げ、制空権を得る。
禁忌の楽園も展開するが、ネラも領域系の能力を展開していたようでそれは打ち消される。
だが、それは大した問題ではない。
リーデヴィッヒの時に使用できなかった事もあり、その可能性は常に頭の片隅に置いている。
領域系の能力は強力だが、同系統の能力をぶつけられると無効化されるのが難点。
だが、領域を展開しなくとも、ネラの力は人の枠を越えたものではないはず。
ネラは年齢が不明だが、魔女とは言っても所詮は元人間。
さっさと片付けてロキアのところへ向かわなければ。
「《流星雨》」
ネラの言葉と共に上空に現れる巨大な魔法陣。
そこからは物凄い勢いで複数の光が雨のように降ってくる。
その一つ一つが見るからに高威力。
「なっ!?魔女とはいえ、元人間が扱えるような魔法じゃーー」
「あんまりアタシを舐めるんじゃあないよ」
的確に私のいる場所を指定した魔法。
だが、この程度なら。
スガガガガァァンンンッ!
「障壁だけでなんとかなるわ」
私の障壁は魔法攻撃ならば、相手の使用した魔法の魔力を糧とし、より強化される仕組みになっている。
私の障壁を破るには圧倒的な火力を叩き込むか、魔力、霊力を使わず、生身で破るかしかないのだ。
「厄介な障壁だねぇ」
「とても便利なのよ」
障壁なら、周りのものも壊さないし、全力で行使できるのでとても便利なのだ。
「でも、アタシに魔法で勝とうなんて百年早いよ」
「あら、どうかしら?試してみなきゃわからないじゃない」
私が複数の魔力弾を放つと、相殺するようにネラも魔力弾を放つ。
魔力弾の質を上げて放ってみてもまた相殺。
「その程度かい?じゃあこったからもいくよ」
私の周り三六〇度が魔法陣で埋め尽くされる。
「消し飛びな」
「お断りするわ」
障壁を私の周りに球体のように展開。
障壁の向こう側では火、水、氷、風、風、光、闇。
様々な属性の魔法が襲ってきている。
魔女とはいえ、魔法の適性がこんなにも多いのは才能ではどうにもならない。何十年もの研鑽を積まないとこんなにも多い属性を使用することなど出来ないはずだ。
だが、私の障壁はそれらの魔法をすべて防ぎきる。
ネラは私に魔法は効果が薄いと見ると収納から錫杖のようなものを取り出し、魔力を纏わせる。
「今度は接近戦といこうか」
フワッとネラの体が中に浮くと、私の方に勢いよく突っ込んでくる。
ネラが空中で錫杖を振るうと魔力弾が飛んでくる。
私はそれをロストエデンで斬りながら、こちらもネラに接近。
ガギィン。
刀と錫杖がぶつかり合う。
私の刀は相当な名刀だというのに錫杖は傷ついた様子はない。
あちらの武装も名のあるようなものなのだろう。
だが空中戦ならば翼を持つ私が有利。
縦横無尽に空を駆け回り、ネラの視界から外れる。
ネラの後ろをとり、刀を突き出す。
それに素早く反応したネラは横に回避。
それを予測していた私は突き出した腕をそのまま横薙ぎ。
これは錫杖で受け止められる。
刀を受けたことで空いた脇腹に蹴りを入れる。
ネラの周りに展開された障壁で威力は下がったものの、体を吹き飛ばす。
追い打ちをかけるように魔力弾を放ち、私はネラの後ろに回る。
このままはさみ打ち。
私は刀を振り上げーー。
「《落雷》」
突如私の頭上が光る。
何か来ると、障壁を展開しようとするが間に合わず、体が焼けるように痛み、体は痺れ、視界は白く染まる。
その威力は伝説級魔法の威力を軽々越えている。
雷?まさか、魔法では自然に発生する落雷のような威力はでないはず。
「言っただろう?私は魔女なんだよ。魔法はお手の物なのさ。私の魔法の中で一番早い魔法で障壁が張られていない攻撃の瞬間をねらったよ」
油断していた。
まさかここまでの魔法をいとも容易く行使出来るとは思っていなかった。
身体はまだ動く。痺れもない。
「お返しよ」
私は飛び、一気にトップスピードへ。
ネラに正面から突っ込み、袈裟斬り。
それを錫杖で受けられると同時に膝蹴りをネラの鳩尾へ入れる。
「ガハッ」
くの字に曲がったネラの体を蹴り飛ばす。
が、距離を取ることはせず、ネラを追う。
ネラに追いつくと同時にゼロ距離からの魔力弾を放つ。
「《反撃》」
私の魔力がネラの魔力を加えて跳ね返ってくる。
ゼロ距離なので躱せるわけもなく左腕が吹っ飛ぶ。
「はあああああああ!!!」
右腕に持つロストエデンで袈裟斬り。
私が腕を吹っ飛ばされながらも反撃してくるとは思わなかったのか、回避出来ずまともにくらう。
骨を切らせて骨を断つ。そんな攻防。
即座に腕を止血。
ちぎれた腕は後で拾ってくっつけることができるので気にしない。
「いっつぅ、やるじゃないか。ギアを上げるよ?」
ネラの体を高密度の霊力が覆い、光り出す。
魔装?これは止めなければ。
「《多重魔砲》」
霊力の数本のレーザーがネラに飛んでいく。
パアンッ!
レーザーが弾かれる。
光が収まると、そこには二十代前半くらいまでに若返ったネラがいた。
「なら私も」
ネラはおそらく魔装の要領で魔力を使用し、一時的に全盛期の頃の力を取り戻したのだろう。
私は魔装など使わないし、使えない。
だが、私の体には幾つかのリミッターが掛かっている。
私は高位の邪神。
リミッターを掛けなければ、近くにいるだけで並の生物では息絶える。
「《虚》」
私はあまり属性魔法を使用せず、霊力による攻撃を使用する。
なぜなら霊力で事足りるからだ。
私の体から高密度な霊力が発生し体に纏う。
私の周りの空間が歪み、半透明なオーラが可視化する。
それは魔装のような物ではない。
ただ、身体強化の延長線上にあるようなものだ。
だが、この圧倒的な霊力により敵を粉砕する。
霊力=無属性魔法。
無属性とは即ち敵を無に帰す事。
「塵にしてあげる」
「はっ、調子にのるんじゃあないよ」
互いに距離をとったまま構える。
一瞬たりとも気を抜けば、すぐに落とされると理解しているからだ。
勝負は長引かない。
そうお互いが理解していた。
「《嵐》」
ネラの言葉と共に上空が暗くなり、雨が降り出し、風が吹き、雷が鳴る。
リオと同じ天候操作魔法。
おそらく、どのタイミングからでも魔法を撃てるのだろう。
気候を操れる故、詠唱どころか、魔法名すらも言葉にしなくてもいい。
完全に任意のタイミングで魔法を発動させることができるのだろう。
なら、的を絞らせなければ良いだけの話だろう。
翼の他に霊力を吹かし圧倒的な速度でネラに接近、そのまま袈裟斬り。
「残念だったね。私のコレは天候操作なんだけどね、ちょっと特殊なんだよ。知覚出来なくとも、空気の流れで感じる事はできるのさ」
ネラは錫杖で刀を受け止めると、魔力の鎖で私の体を拘束し、距離をとる。
「これは障壁破壊を付与した魔法だ。障壁じゃあ防げないよ。消し飛びな」
私の目に入ったのは身を切り裂くような風の刃、高速で迫る雷、圧縮された大気の爆発。とても、じゃないが障壁でどうにかなる威力ではない。
魔力の鎖を引きちぎったばかりの私にそれらが襲いかかる。
「《天変地異》この魔法に名前をつけるならそんな感じかね。何はともあれ、これで終わりだ。これでようやく誓約をーー」
「《虚》は、全てを無に帰す。例えそれが魔法であろうと、自然であろうと関係ない。今の私には攻撃なんて無意味」
襲いかかる魔法の全てを無視し、翼と吹かす霊力で魔法の中に突っ込む。
私に直撃するも、その全てが霧散する。
「なっ!?」
「これで、終わりよ」
私の突き出した刀がネラの体を貫いた。




