獣
夜、月明かりが照らす森の中。
たまに吹く風が木々と肌を撫でる。
それ以外に生きているものがないかのような静けさが。
その中を俺、ルシア、エル、シュウの四人でリオを追っていた。
シュウの話によるとリオは俺とシュウが地龍と戦った付近で移動を止めたらしい。
シュウが戻ってからすぐに追跡を始めたが、もうその場所にいないという可能性はある。
なるべく早くその場にたどり着くことでその可能性を下げたかった。
リオと話すなら今日中がベスト。
理性が飛んだリオだが、まだ意識はあるのかもしれない。
本能に飲まれつつ、リオの意識は隅の方にあるのかもしれない。
そのリオの意識が、本能に完全に飲まれる前にリオに会いたかった。
先導していたシュウが足を止め辺りを見回す。
地龍戦で俺とシュウが派手に暴れたせいで木はあまりなく、半分以上が更地に近い状態だが、リオを森の中で相手をするのは骨が折れそうなのでいいだろう。
「ここだ、この辺で幼女は移動を止めたぜ」
「わかった。《索敵》」
俺を中心とした霊力の膜が展開される。
その中には、一つ大きな反応がある。
「上だ!」
索敵に引っかかった反応の場所を特定すると、真紅の眼をした大きな銀狼いた。
その眼は紅く、鋭くこちらを引き付けるような眼。
「…リオ」
「あれがか!?」
シュウが驚く。
そういえばシュウには何も説明してなかった。
だが、俺も完全獣化したリオは久しぶりに見た。
雰囲気、姿、どれを取っても野生の凶暴な獣にしか見えない。
リオの立つ場所はピキピキと音を立て凍りつき、体の周りは冷気が立ち込めていた。
リオから発されるさっきは肌をヒリヒリとさせるもので、威圧感はカナを相手にした時とそう変わらなかった。
「グルルル」
リオが唸り声をあげる。
こちらを敵として認識しているのだろうか。
だが、こちらは四人。
リオをなるべく傷つけないようにとは言っているが、数の暴力とは恐ろしいものだ。
「ごめんなリオ。リオを傷つけたくはないんだけど…ちょっと我慢してくれ!」
俺がそう言うと同時にリオは四本の足で跳躍した。
その高さは周りの木々を越えその姿は月を背負うようで幻想的。
だが、そんなことは考えている余裕はない。
リオが獣化した時の戦闘力は未だ未知数だ。
リオもまだ子供とはいえ、れっきとした神話に出るような伝説の魔物だ。
神殺しの牙や爪を持つ神滅狼。
神に対して有効なだけなのか、神をも殺す威力なのか。
前者ならばルシアとエルでもどうにかなるかもしれないが、後者ならば極めて危険だ。
「リオをあまり傷つけず、自分も傷つかず、リオを無力化してくれ!」
「それ、かなり無茶ですよ!?」
当然のツッコミだが、そうしなければ危ないのだからやるしかないだろう。
幸いこちらは四人だ。なんとかなるだろう。
「ガアッ!」
リオの咆哮と同時に衝撃波が放たれる。
所謂空気砲というやつだ。
だが、攻撃範囲は広く、俺たち四人は散らばる。
「傷つけないようにって、これ無理だぞ!剣とか使えねぇじゃねぇか!」
「その辺は気合いだ!」
自分でも中々にひどいことを言っているのはわかっているが、どうにかするしかない。
「では、威力を抑えた魔法でいきます!《聖柱》」
リオの上から光の柱が落ちる。
すぐに察知したリオは地面を強く蹴りルシアに接近と同時に魔法の範囲から離れる。
「くっ、すいません、この爪は素手じゃ受けられません。剣を抜きます」
「ガウアッ!」
リオが振り下ろす爪の鋭さを見て剣を抜き受けるルシア。
いい判断だと思う。
下手に素手で受けるとやられるどころか死んでしまうかもしれない。
「ルシア!援護するぞ《光円》」
爪を受けられ一瞬動きが止まったリオにエルの魔法を行使。
光円、光属性中級魔法、攻撃性は低く結界、拘束として使用される魔法。
「なんでどいつもこいつも詠唱無しで魔法発動してんだ!オレなんて魔法すら使えねぇぞ!」
あっ、忘れてた。
シュウは魔法無効化という特異な能力の所為か魔法が使えないんだった。
「グルウァ」
エルの魔法を衝撃波で強引に破り距離をとると、上空には無数の氷槍が展開されていた。
まさに雨のように降り注ぐ槍。
こんな時こそ!
「いけ!メイン盾!」
「ざけんなコラァ!」
シュウを蹴り飛ばし、ぱっと見一番槍が集中しているところに送る。
こんな時のための能力だろう?
シュウは二本の刀を抜き槍を次々に霧散させていく。
一本も掠らずに次々に槍を斬る。
「シュウさん。魔法使い殺しですね」
そう言いながらも自分でも光の盾をエルと二人で傘のように展開し、俺もついでに守ってくれるルシア。
…俺だけまだ何もしてない。
「ガァウ!」
自分が発動した魔法を跳んでかい潜り防御に徹している俺たちに攻撃を仕掛けてくるリオ。
狙いは俺、跳んだ勢いのまま俺に噛みつこうとしてくる。
甘噛みくらいなら全然構わないのだが、これはヤバい。
「《煙幕》」
闇属性初級魔法、煙幕。
その名の通り黒い煙を一定範囲に撒き散らす魔法だ。
煙でリオの視界を遮り、噛みつきを回避。
「“闇は光を吞み込み、喰らい、自分の糧とする“《魔力吸収》」
闇属性中級魔法、魔力吸収。
間接的にでも対象に触れている場合、そこから相手の魔力を吸い取ることができる。
今は煙幕という名の俺の魔力がリオに触れているのでリオの魔力を吸い取ることができる。
リオの魔力をかなり吸収したところで煙幕が吹雪によって強制的に払われる。
しかし、魔力を吸い取られたことで体力が消耗されたようだ。
「ガゥアァッ!」
魔力を奪われてなお高火力な氷のレーザーが口から放たれる。
「やべぇ、怒らせた!?」
魔力を奪わなくても結局怒らせることになったのだが、タイミングが早かった。
怒ってももう何もできでないレベルになってから怒らせるくらいのつもりでやろうとしたのだが、仕方のないことだ。
俺の完全に反応出来ない速度で向かってくるレーザー。
にも関わらず俺は冷静だった。
「させませんっ!」
俺の目の前に光の盾が展開される。
その盾はレーザーを受けるのではなく受け流すような角度で展開され、レーザーは空の彼方へ消えていく。
「アァアオーン!」
ルシアの盾で姿の見えないリオの遠吠えが聞こえた。
その瞬間、視界が白く覆われた。
カナとの戦いで使っていた天候操作だ。
「三人とも、これは危ないので背中合わせでいきましょう」
「シュウの能力で消せないか?」
「俺の出来ることは魔法単体を消すことだけだ。この雪は魔力を含んだ雪。魔力だけなら消せるが雪みてぇな不純物が入ると無理だ」
くそ、これは危険だ。
こっちは視界が完全にふさがれ、向こうは匂いやらなんやらでこちらの位置を特定してくるだろう。
向こうの攻撃が至近距離にきて漸く反応出来るかどうか。
先ほどのようなレーザーを放たれては回避することはほぼ不可能だ。
「雪がなければいいんだな?」
「そうだが…皇女様にそんなことできんのか?」
「まあ、みていろ」
「では、私はリオちゃんに攻撃されないよう盾を展開していますね」
互いの声しか聞こえない中、エルが何か行うようだ。
「《銀光》」
吹雪で視界が覆われ何も見えない中、一つ眩い銀の光が迸る。
銀の光からは熱が発され、吹雪を払っていく。
「と、まあこんな感じだ」
吹雪は消え、視界には今の一瞬で溶けきらなかった雪と、氷槍を放ち、ルシアの展開している盾にそれを凌がれているリオの姿が目に入る。
「盾を解きます」
槍を防いでいた盾が消え、再び散る俺たち。
だが、散らばった四人を追うように雪で作られた腕が迫ってくる。
「これはリオじゃないから迷いなく攻撃できるな」
霊力で鎌を作り、伸びてくる腕を手首の辺りで切り取る。
魔法とはいえ雪なのだから固くはなく抵抗はあまりなく切ることができた。
「でも、これ、お決まりで再生とかするんだろうなぁ」
ズズズズ。
予想通り、そこらの雪をかき集め再び腕を形どる。
「やっぱりぃ!」
「ガアァ!」
腕で、俺の視界を覆い、その背後から攻撃をリオは仕掛けてきた。
迫り来る爪。
「ロキアさん!」
ルシアの声が聞こえる。
エルがこちらに向かって走ってくるのが見える。
だが、これは間に合わないと理解する。
憑依解除。
ドシャッ。
クレストの体はリオの爪で切り裂かれ、倒れる。
ギリギリで体から抜け出したから助かったものの一歩間違えていたら死ぬところだった。
クレストの体は元邪神。
神殺しの爪をまともに食らったのだ。
少なくともこの戦闘中は使い物にはならないだろう。
体は邪神で身体能力が高い。だが、中身は幽霊なので、魔力とかはリオには通じる。
そこがこの体の利点だったのだが仕方がない。
「《光円》」
「《聖鎖》」
光の円と、聖なる鎖がリオを取り押さえた。
ルシアとエルが二人がかりで魔法を行使し捉えたのだ。
当然動きが止まる。
『ありがとう。二人とも。《憑依》」
俺の霊体はリオの中に吸い込まれるように消えた。
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