優しさ
結構難産でした。
文字も少ないですが勘弁してください。
あれからどれくらいの時間が過ぎただろうか?
数ヶ月は過ぎていると思う。
あれからかなりいろんな事を試した。
まだ使っていない憑依の力を試してみたりした。
あれはだめだ。
能力的には悪くはないのだが憑依す
る相手がいない。
ゾンビや骸骨に憑依するのはいいのだが体が腐っているので臭いし、骨だけの体の骸骨なんてまともに歩くことすら出来ないのだ。
だが、いくつか分かったことがある。
憑依するのに必要な条件があるらしい。
一つ目は憑依する体の精神に勝つ必要がある事。
これは憑依するときに心身共に奪うという事だろう。
二つ目は憑依する相手よりこちらの方が強い、または相手の体力を減らす必要があるのだ。
これはまぁ、ポケ◯ンを捕まえる感じだと思ってくれればいい。
憑依に成功すれば、その体は俺の好きに出来る。
だが、幽霊の時とは違い疲労があり食事や睡眠を必要とする。
これは憑依の体の性質を受け継ぐと言う事なのだろう。
憑依した体との分離も自由自在に出来るようだ。
あと、ようやく喋る事が出来るようになった。
相変わらず口はないが。
幽霊から死霊に種族変更した事で固有能力"念話"が使えるようになった。
話し掛けるというより、脳に直接呼びかけるといった感じだが、大きな進歩だろう。
話す相手などいないのだがその辺はどうでもいいことだ。
未だにわからない事と言えば、幽霊と死霊の違いとかなのだが、ステータスを見てもあまり違いが無いように見えるのである。
戦闘に関してはまだまだと言ったところだと思う。
死霊に種族が変わったものの、体は未だに思い通りには動かず、物理攻撃が効かないのをいいことに十字架を一方的に刺しているだけなのである。
これは戦闘ではないと思うのは俺だけではないはずだ。
せめてまともな憑依ができる相手がいればだいぶ変わるのだろうが、贅沢は言えまい。
この体でなんとかしよう。
しかし、戦闘面で成長しないということは、ランクも上がらないというわけで。
最近で身体能力面で上がったといえば飛行で飛べる高さが三メートルから、五メートル程度に上がったのと、移動スピードが自転車程度になったくらいだ。
このままでは魔王など程遠い。
どうしよう。
まぁ俺の体は死霊だ。
幽霊の俺の体に寿命があるとは考えにくい。
睡眠は必要ない。つまり時間は無限にある。
ただひたすらに強くなることだけに集中出来るのだ。
無駄な時間などを作らなければ問題無く強くなれるはずだ。
そう自分に言い聞かせる。
モチベーションを上げでもしないと、戦いなどやっていられない。
攻撃が効かないとはいえ、怖いものは怖い。
ついこの間までは、ただの高校生。
なにか武術をやっていたわけではないし、大層な覚悟もない。
俺はただこの世界で俺の存在意義を探しているだけなのかもしれない。
日本ですら分からない人間の存在意義。
それなのに、人間ですらなくなった俺に存在意義などあるのだろうか?
考える度に不安になってくる。
考えないようにしてもいつも頭のどこかに引っかかる。
名前すら失った俺に、存在意義などあるのだろうか?
俺は誰からも必要とされていない。
だから日本からいきなりこの世界へとトリップしたのではないか?
そんな事を考えながら墓地を漂う。
強くなる事も出来ず、何かに秀でているわけでもない。
平凡なただの死霊だ。
こんな奴この世界には腐る程いるだろう。
いっその事十字架で自殺すれば日本に帰れるかなとも思う。
そんなネガティヴな事を考えていると薄暗いこの墓地に光が差した。
おかしい。この墓地には光が差す事がなくいつも薄暗いというのに。
顔を上げると神秘的とさえ思える光景。
大きな十字架の墓のようなもの。
上から差した光は月。満月だ。
それよりも俺の目が釘付けになったのは一人の女性。
長い腰ほどまである少しウェーブのかかった黒髪。
整った綺麗な顔。
白く綺麗な肌。
男なら誰もが目を奪われる抜群のプロポーション。
黒を基準としながらもオシャレと思える服装。
短いスカートから覗くスラリと長く白い足。
黒く吸い込まれそうな目。
年は俺とそう離れてはいないだろう。
ここまで完璧な美人を俺は見たことがない。
ふと女性がこちらを見た。
その瞬間、俺に恐ろしいほどの重圧がのしかかった。
体が震える。元々原型のない体がラグのようにブレる。
だめだ、この女性に逆らってはいけない。
戦闘を知らず、素人の俺ですら分かる圧倒的実力差。
少しゾンビと戦えるからと言って希望を持っていた俺などでは到底及ばない。
この人には、一生かかっても追いつけない。
そう感じさせられた。
女性がこちらへと歩いてくる。
俺の方へと手を伸ばし、その白く綺麗な手が俺に触れようとした瞬間、俺は我に帰る。
固有能力の限界突破を使い、体の動きの制限を無くす。
とっさに、近くにいたゾンビに憑依。
そして、念力で浮かせていた十字架を手に取り、剣のように構えた。
あの女性に勝てるとは思わない。
十字架を握る手が痛い。
持つだけでも十字架は死霊族の体にダメージを与えるようだ。
自殺しようとしていた俺だが、やはり何もせずにただ死ぬのは嫌だ。
向こうに敵意があるかも分からない。
しかし、味方という事でもないだろう。
よく女性の動きを見て・・・消えた?
「グハッ」
女性は俺に近づき、俺の横腹を蹴っていた。
ゾンビの体から声が漏れる。
死ぬはずのないゾンビの体が痛い。
吹っ飛んだ体は瓦礫に当たりようやく止まる。
体が痛い。今にも死にそうだ。
でもせめて一矢報いるくらいはやってみせる。
立ち上がり、ゾンビの限界を無くした足で地面を蹴る。
瓦礫を、墓を、そこにあるものを全て使って縦横無尽に動く。
的を絞らせるな、動け、撹乱しろ。
女性の目は俺を追い続ける。
もっとだ、もっと速く、死角に入り続けろ。
女性が俺を追いきれなくなった時がチャンスだ。
地面を蹴り女性の後ろをとる。
女性は完全に追いきれていない。
足は限界を迎え変な方向へ曲がっている。
これが最初で最後のチャンスだ。
十字架を握りしめ懐へ・・・入る瞬間、俺はゾンビの体を捨て、後ろへ飛ぶ。
女性へと向かったゾンビの体は女性にぶつかる瞬間、消し飛んだ。
何が起きたかは見えなかった。
ただ分かることは、今のを喰らえばゾンビの体もチリ一つ残さずに消滅する。
「へぇ、今のをかわすんだ。なかなかやるじゃない。気に入ったわ」
女性の澄んだ声が聞こえると、いきなり俺の視界は暗転した。
♢
ここはどこだろう?
周りを見るといつもの墓地。
そして隣にはあの女性。
すぐに逃げようとしたが、体が痛み動かない。
「限界突破をあんなに使ったらそりゃ動けるわけないわよ。寝てなさい」
女性に敵意はないようだ。
あったら俺はとっくに死んでいるか。
「結構強く蹴ったりしたしね。でも、あれは貴方が悪いのよ、いきなり十字架を向けたりするから」
ぐっ、確かにそれもそうだ。
重圧こそあったものの、最初は女性は攻撃をしてこなかった。
女性を悪くはいえまい。
「貴方何者?ただの死霊には大した知能も付かないはずよ。それに限界突破を使っていたところを見るにクラスは私と同じ死霊使いじゃない?」
その通りです、はい。
女性と会話をするため《念話》を使う。
『はい、クラスは死霊使いです。何者って言われても分かりませんが』
女性は少し目を見開き、驚いているようだった。
「念話を使えて、更に会話まで出来るのね。やっぱり普通じゃないわ」
こんな美人に普通じゃないって言われた。
「ふーん。自分でもわからないんだ。・・・貴方私の弟子にならない?」
『え?どうしていきなりそんな事を?』
確かに強い彼女に師事すれば強くなれるだろうがいきなり言われても困る。
「幽霊が死霊になるにはね、一定以上の絶望と野心のような物が必要なの。つまり貴方はなにかを欲している、ちがう?」
その通りです。
絶望していたのも、野心に似た何かを持っているのも。
『貴方の弟子になれば強くなれますか?』
「それは貴方次第よ。本当に強くなりたいと思っているなら、強くなれるでしょうね」
ならば答えは決まっている。
『お願いします。えっと」
「カナよ。カナ・アークノート。貴方は?」
なんと名乗ればいいのだろうか?
日本にいた時の名前?
いや、ステータスでその名前が使われていない以上、この体でその名は名乗れないだろう。
『名前は・・・・・』
「ロキアよ」
『え?』
「今日から貴方はロキアと名乗りなさい。師匠命令よ」
涙が溢れそうになった。
もっともこの体で涙を流すことなど出来ない。
俺に何かある事を察してくれたのだろう。
そんな優しさが嬉しかった。
『はい。ロキアです、よろしくお願いします!』
忘れていた、他人の暖かさというものが心にしみた。
クサイ言いまわしだと自分でも思った。
それでもカナさんの優しさが嬉しかった。
《ステータス 魔力不足》
名前:ロキア
性別:男?
種族:死霊
称号:邪神族の墓地の孤独幽霊、優しさを知った幽霊
3話にしてようやく他のキャラとの会話と主人公の名前発表。
おせーよ!
すいません。
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