魔術師たちの昏き憧憬 #6
「祖父は今度、その「預り物」を私に託すように従者に言った。自分で持っているわけにいかなくなったからどうしても、ってね。祖母に『必ず返してこい』って言われてた従者は相当困ったらしいわ。気持ちは分からなくはないわね。祖母はメンドウな人だから。困ります、って何回も祖父を説得したらしいんだけど、こっちも譲らない。仕方がないから「預り物」をこっそり持ち帰ってきて、直接私に渡して寄越したわ。『どうか当主にはご内密に』って」
「ふむ。……それではその「預り物」は、今もレイカさんがお持ちなのですか?」
「ええ。これと」
レイカは腰に固定された小さなもの入れから懐中時計を取り出してテーブルの上に置くと、ハンターケースを指ではじくようにして開く。トキヤはその意匠を見、目を細めた。
それほど目が肥えているわけではないにしろ、その意匠はこれまで見てきたどんなものよりも繊細で奇妙なものだった。一部が剥き出しになっている歯車はきちんと噛み合っているのが不思議なほどねじくれたような形をしていて、文字盤は見慣れた記号式の数字以外に不可解としか言いようがない角度と曲線を組み合わせた図形が、クモの巣のように張り巡らされている。それらはじっと見つめていると、目の奥底がじりじりと弱い炎であぶられているような軽い頭痛を引き起こした。
――これにはおそらく、"時計として以外の用途"がある。トキヤはそう思った。なぜならこの不愉快という言葉が一番近しい印象は、過去に一度だけ関わった『魔術』の道具から受けたものに酷似しているからだ。
「それからこれ」
トキヤが時計を黙って見つめている間に、レイカは鍵を取り出した。
大きさ的に扉の鍵だろうが、こちらもまたいくつものらせん状の起伏に富む、奇妙な造形をしている。おそらくは合いかぎを作られたり、ピッキング等で強引な侵入をされるのを防ぐためだろう。――いよいよきな臭くなってきた。トキヤの心は風に揺られる木の葉のようにざわめく。
「これはまた―― けったいな」
うめき声が漏れる。
「レイカさんは、これらの用途はご存知ですか?」
「鍵は祖父が住んでた家の鍵。時計の事はよく知らないわ。私も気になったから訊きたかったんだけど、その前におじいちゃん、死んじゃったから」
「――やはりそうでしたか」
レイカの言葉を持つ間、少々ぬるくなった珈琲を啜っていたトキヤの手が震え、カップの中身をこぼしかけた。半ば予想していたこととはいえ、死が人の口で語られると肝が冷える。それは条件反射のようなものだ。トキヤはその「反応」が自分が抱えている些細な「異常」であることを知っている。
トキヤの微弱な反応には気付かず、レイカは頬を朱に染めて小さく咳払いをする―― つい「おじいちゃん」という呼称を用いてしまったことを恥じているのだろう―― と、続けた。
「二週間前に運河に浮いてるところを発見されたの。詳しいことは教えてもらえなかったわ。私たちが知ってるのは落ちる前に死んでたことと、普通の死に方じゃなかったってこと」
死、という言葉はやはり聞いていて気持ちのいいものではない。トキヤの背中に冷たい汗が伝った。
ふと視線を走らせれば、フウカは身を竦めており、膝の上に乗せられた両手はスカートのすそを手繰るように握られていた。それはどこか自分が「死」という言葉に持っている心傷が引き起こす反応に似ているようだ、とトキヤは感じた。少なくとも祖父の死に対する悲しみや、憤りが強まって現れた反応ではないだろう。そういう「段階」はもう過ぎたはずだ。
「それでは結局、お祖父様にはこれらのことは聞けず仕舞いだった、と」
レイカは黙肯する。トキヤは親指と人差し指で顎を撫でた。
「ふむ。お祖母様がお祖父様から何か聞いていた、ということは?」
「それとなく従者の人に探りを入れてみたけど、さっぱり何も。祖父もまともに話を聞いてもらえないと思ってたのか、時計と鍵を置き去りにするみたいな感じで帰っていったらしいわ」
「なるほど。ありがとうございます。続けてくださいますか?」
「……あなた、ほとんど何も訊かないのね」
レイカは呆けたように瞬きをしながら見つめてくる。レイカの始めて見せる「少しだけ無防備な表情」に、思わず笑みをこぼしそうになったトキヤは、鼻を撫でる振りをして体裁を整えた。
「現時点で二、三確認したいことがありますが、それは話をあらかた聞き終えてからにいたしましょう」
「どうしてか訊いても?」
「この質問によって、あなたがその瞬間に抱いた印象―― 要はあなたの主観ですが、それが影響を受けるかもしれないからです。これもボクのわがままですよ。なるべく客観的な立場にいたい、という」
「そう」
レイカは納得したのかしていないのか気のない返事を寄越すと、それ以上は触れなかった。