眠りし刻と愛の証明#9
12時の投稿に失敗していました。申し訳ありません。
※ 微修正
使用人らしき壮年男性→使用人らしき老年男性
「ほえー、やっぱり立派だねえ」
「……ええ、そうですね。ボクもこれほどのものとは思ってませんでした」
広場から歩き始めて十数分後、一行はトキワ家本家に辿り着いた。
敷地ばかりは有り余っている僻地において、その屋敷は相当に目立っていた。目前に辿り着くまでもなく遠目にその姿は映っていたが、近づくに連れその規模の大きさが際立ってくる。
外観は立派な洋館である。仔細までは窺い知れないが、東極が鎖国制度を撤廃し、他国の文化流入を受け入れ始めた頃の建築ではなかろうか、とトキヤは思った。シュトの高級住宅街には、これと似た豪邸がいくつも存在するが、それらよりも多少の経年劣化が見られた。
(……商家とはいえ地方の地主が、文化黎明期にこれほどのものを建てるとは)
ナナオは純粋に建物の規模に驚いているようだったが、トキヤは別の意味で喫驚を禁じ得なかった。
今でこそ西洋の文化に染まった一大都市であるシュトが成立し、その文化は人々に受け入れられているが、文化黎明期―― 今から三十年異常前の時期は、旧体制にしがみついて生きる人間も少なくはなかった。
次々とやってくる外国人を狙った犯罪や、新政府重鎮を狙ったテロなど。時代の転換期は荒れに荒れていた。
そんな中で、このような陸の奥地の領主が洋館を建てるとは。地方ゆえに偏った考え方の人間が多かっただろうし、何より海から列島の中心に入り込んできた文化を、海から遠い地方がいち早く取り入れるというのも妙な話である。
「驚いたか? でも、驚くのはまだ早いぜ」
呆けて洋館を見上げている二人に、おもちゃを自慢するこどものような言葉を投げかけるソウイチ。しかし彼の表情はバツが悪そうなものだ。
「こんだけでっけぇ建物なのに、中に住んでる人間は十人そこらだ。使用人含めてな」
「え、たったそれだけなんですか!?」
これだけ大きいのに! とナナオが口元に手を当てて大げさに驚いた。トキヤは特に反応をせず、ソウイチの言葉を受けて洋館の外観を端から端まで視界に収めようと数歩後退る。
「ええと、中心の棟が『中央棟』です。食堂やホールなどの主要施設はこちらになります。向かって右手側が『青龍棟』。お客様のお部屋などはこちらにございます。それから左手側が『白虎棟』。旦那様含め、ご親族のお部屋なんかはすべてこちらにございます」
カヤノがナナオに説明をしている声が聞こえる。
なるほど建物は主に三つの区画に分かれているようだ。建物は隣接しているので、内部で行き来ができるようになっているのだろう。
全体の形状としては、東西方向に伸びる長方形といったところか。屏や門などはなく、等間隔に植えられた木々がさながら領域の導のようだ。
トキヤたちが木々の合間に遠目に見ていた尖塔は、どうやら中央棟のものであるらしい。塔には巨大な時計が備わっているが、下から目を凝らしてみると針がまったく動いていなかった。
「ああ、あの時計か。オレも一度も動く瞬間を見たことがねぇんだよな」
トキヤが時計を見つめていることを視線をたどって知ったらしいソウチイが、同じく時計を見上げながらそう言った。
「何時頃から止まっているんでしょうか」
「知らねぇな。一応、時計を動かすための機構はあの塔の中にあるらしいんだけどな。壊れちまってるみたいだぜ。たまーに思い出したみてぇにちょっと動いてはすぐ止まるらしい。気づくと針の位置が微妙に変わってるんだよな」
まったく動かないのではなく、まれに動いては止まるというのだ。なんとなく気にはなったが、家の人間が「壊れている」と言うのならそのとおりなのだろう。――特に偽る必要がなければ、であるが。
「修理したりはしないんでしょうか」
「さぁな。それはオレの決めることじゃねぇし、第一"あの部屋"には誰も入れねぇんだ。オヤジも面倒なんだろうよ」
トキヤがあの部屋とは、と聞き返す前に、ソウチイが手を叩いた。乾いた音が鳴り響き、かしましく会話をしていたナナオとカヤノの視線もソウイチへと向けられた。出会ってからまだごく短い付き合いだというのに、女二人はほどよく打ち解けているようである。対面時のカヤノの緊張もだいぶほぐれてきたようだ。
「立ち話も何だ。ウチの連中がラウンジで待ってるはずだ。ひとまず落ち着こうぜ」
強引に話を打ち切られた感触がして心地が悪いトキヤだったが、たしかに人の家の前で立ち話を続けているというのも行儀がよくない気はした。
ソウイチに連れられて屋敷に入ると、エントランス・ホールでは使用人らしき老年男性が待ち構えていた。慇懃な礼に軽く手を上げて応えると、ソウイチはそのまま白虎棟と呼ばれていた西側の建物に向かって歩き出す。親族の集まるラウンジは白虎棟一階に位置しているらしい。親族会が開かれる日には、全員が揃うまではラウンジで待機するのが決まりとなっていた。
「今回はあんたらがコウジの変わりだ。昼間のうちは出歩いても問題はねぇが、晩飯時までにはこの部屋にいてくれよ」
言いながら、ソウイチは中央棟と白虎棟の連絡部分から一番近い扉に手をかけた。
ソウイチが扉を開く前、トキヤは反射的に扉の向こう側の気配を探った。人数は――四人。いや、五人か。耳を澄ませば会話が聞こえてくるが、愉しげな声音に反して気配は弓弦のように張り詰めている。だいたい予測はできるが、この場においてリラックスしている人間は一人も居ないらしい。
「入るぞ」
短く断りを入れ、ソウイチがラウンジの扉を開け放つ。中の人間の視線がソウイチへと集中し、次いで入室してくる見慣れぬ二人の人間―― トキヤとナナオに注がれた。
トキヤは室内の人間に不躾にならぬよう、気を配りながら視線を走らせる。
男が三人。女が二人。
女のうち一人は、部屋の隅で直立不動の姿勢を保っている。出で立ちはカヤノのものとおなじであることから、彼女もまたこの屋敷の女中なのであろうと予測ができた。気を張っている様子もなくすまし顔で控えているので、彼女の気配は強烈な存在感を放っている他四人の気配に隠れがちである。
男三人の様子はハッキリとしていた。
一番部屋の手前、壁に寄りかかっている男は背の高い伊達男。彼がナナオを見て唇を舐める瞬間を、トキヤは見逃さなかった。好色そうな男だ。顔立ちは東極人のそれだが、西洋産の染髪料でも使っているのか、不自然なほど鮮やかな栗色をしている。
ソファに腰掛けて挙動不審に視線をあちらこちらへと走らせているのは、太った男。顔の造形自体は壁際の男性にやや似ているが、頬や顎にたっぷりとつきすぎた肉がそれを台無しにしている。
時折苦しげに息を付いているのは、緊張感からなのか、肥満によるものなのか。一見しておとなしめに見えるが、別の意味で悪目立ちする存在である。
三人目―― 窓際に立つ男性。否、少年か。
ソウイチとくらべてしまえば見劣りするが、四肢はほどよく鍛え上げられている。小柄な体躯に反して、体力や筋力は十二分に備えられているだろう。
彼はトキヤたちを一瞬期の強そうな吊りがちの目で睨んだかと思えば、訝しげに眉をひそめていた。
最後にもう一人の女性。……こちらも女性というには些か若いか。太った男の向かい側に所在なさげに腰掛けている様子はいかにも儚げで、顔がすぐにふせられてしまった所為でよくは見えないものの、整った顔立ちの持ち主であることが伺えた。
長くつややかな髪をひとまとめにして後ろに流している。全体的に清潔感のある出で立ちも相まって、この場の清涼剤のようなイメージがあった。
「おう、またせたな。連れてきたぞ」
「連れてきたって…… 誰を?」
疑問を口にしたのは、窓際の少年だった。事情を知らなければ当然の疑問だろう。
「そういや、オマエにはまだ話してなかったっけな。この人らはコウジの代理だ」
「コウ兄貴の…… 代理?」
目を剥く。そのリアクションに同じく反応したのは儚げな女性ただ一人で、顔を上げて少年の顔を見、続いてトキヤの顔を凝視した。真っ向から見合うことになった顔立ちはどことなくコウジやソウイチと似ている。……おそらく、コウジの言っていた「気にして欲しい妹」とは彼女のことなのだろう。トキヤは直感した。
太った男の視線は相変わらず定まらないものの、伊達男は興味深そうにトキヤたちを見つめている。こちらは先に話を聞いていたのだろう。その表情には驚きは見られない。
「そうだ。なんでもどうしても外せない用事があるんだとよ。だからわざわざ代理を寄越したわけだ」
「跡継ぎの話より大事な用事があるってのか?」
「アイツにとっては大事なことなんだろうがよ。ま、それだけの話だ」
ソウイチの言葉に、少年は黙りこくってしまった。やはり、ソウイチと同じくコウジに対して思い当たることがあるのだろう。
ソウイチは他に誰も何も言わないことを確認すると、トキヤたちに向き直る。
「……まずは顔合わせと行こうか。コイツ、このガキが――」
「ガキじゃねぇ! 俺はもう十六だぞ!」
「――この十六歳のガキが、タイキだ。一番下の弟だな。この通り礼儀がなっちゃいねぇが、よろしくしてやってくれ」
ソウイチの紹介に憮然としながらも、少年・タイキは「ども」と小さく挨拶をして頭を下げた。
「次にそこの色男だ。ソイツはミツヒコ。コウジの一つ下の弟になる」
ミツヒコ、と紹介された伊達男は、壁から背を話して姿勢を整えると、優雅な一礼をした。
「ミツヒコ・トキワです。よろしくどうぞ」
明朗で聴き惚れるような発音である。あえて悪い言い方をすれば気取った発音だが、コウジやソウイチとは違ったベクトルでハンサムなこの男にかかれば、わかっていても籠絡されてしまう女性が居るのかもしれない。
トキヤはすでにミツヒコは女好きである、と決めてかかっていた。最初の所作も原因のひとつだが、今しがたの挨拶も視線はナナオの方に向いていた。ナナオはといえばその視線を避けるようにトキヤの影へと潜り込むと、手首を擦るような真似をする。自分が馴れ馴れしいくせに、馴れ馴れしい男が好きではないのだ。
「んで、そこの挙動不審なヤツが四男のシロウだ」
名指しされ、シロウというらしい太った男の視線の動きがさらにおかしなことになる。どうやら彼は、フウカをよっぽどひどくしたレベルの人見知りらしい。――もしかしたらそのレベルではないのかもしれないが。
シロウはトキヤたちと視線を合わせようともしない。ただ水飲み鳥のようにこっくりと首をもたげたことから、あれが彼なりの礼なのだろう、と納得することにしたトキヤであった。
「それで最後に―― ウチの紅一点だ」
ソウイチが儚げな女性に視線を向けると、彼女はソウイチの紹介を待たずに立ち上がり、深々と腰を折って礼をした。
「――ミオ・トキワと申します」
鈴のなるような声だった。口元は微笑をたたえているが、眉は困ったように潜められている。
――なにか病んでいることでもあるのだろうか。トキヤにそう思わせるほど危うげな表情のまま、ミオは再び腰を落ち着けた。
ソウイチはその動作を見守ると、トキヤを視線で促した。トキヤが一歩前に出ると、ソウイチの手が肩に乗せられる。そのままポンポンと軽く叩くものだから、落としきれていない灰が少量空中を舞うことになってしまった。
「聞いてくれ。この御仁が今日の親族会でコウジの代役を務めることになった――」
「トキヤ・カンザキと申します。コウジ・トキワ氏からの依頼というカタチで参りました。――本日はよろしくお願い致します」
「ホンモノの探偵さんだ。滅多なことは考えないほうがいいぜ。おとなしくしてるこったな。ハハハ」
ソウイチの冗談のような一言に、笑みを返したのはミツヒコただ一人だった。場の空気が一瞬硬直したように思えたが、それはトキヤの思い過ごしではないだろう。コウジの言うとおり、今回の親族会には何か一筋縄ではいかない事情があるらしい。




