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魔術師たちの昏き憧憬  作者: 美凪
魔術師たちの昏き憧憬
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魔術師たちの昏き憧憬 #5



「私の顔に何かついてる?」


 レイカが眉根をひそめてそう言ってようやく、トキヤは思考の世界から現実に帰還した。


「……失礼。お二人とも美しいばかりに、つい」


 それは咄嗟のごまかし文句とは言え、本音だった。

 西欧生まれのトキヤにとっての「美人」の感覚と極東のこの国での「美人」の基準は微妙に異なるが、それでもトキヤは目の前の姉妹を美しいと思った。なまじタイプが間逆であるがために、二人並ぶと一層に視界が華やぐ。彼女らを不躾に見つめていたのはあれこれと分析するためだったが、見とれていたのだろう、と言われれば否定もできない。――そんな少しのうしろめたさが現れた確かな「本音の一部」。それに対する反応はやはり面白いほどに異なったものだった。


 レイカは不機嫌そうだった顔にさらに呆れを織り交ぜたような表情でため息をつき、フウカはうつむきがちだった顔を真っ赤に染めて、もじもじと膝をすり合わせるように身じろぎをした。


「――あなたね」


 また一段と低くなったレイカの声音に、トキヤは苦し紛れの笑顔で応える。

 発言した本人であるトキヤも口に出してからしまったと思ったが、もう取り返しがつかない。


「もうちょっと気を利かせてよ。ニヤリともせずに真顔でそんなこと言われると、さすがにどんな顔をしていいかわからないわ」

「世辞を言ったつもりはないのですが」

「それは素直にうれしいけれど。――そうじゃなくて、別にそんなこと考えてたわけじゃないんでしょう? 自慢じゃないけど不躾な視線には慣れてるの。あなたのソレはそういうイミのものじゃなかったように見えたんだけど、違って?」

「……む」


 トキヤは感嘆の息を漏らした。

 レイカは自分にまったく疑いを持っていない。容姿にも、観察眼にも。

 傲慢と矜持とは似て非なるものであるがゆえの大きな隔たりがある。会って間もないレイカという少女は、絶妙なバランス感覚でこの隔たり―― 壁の上に立っているように思えた。

 不躾な視線には慣れていると言ったが、慣れるとは麻痺することとほぼ同義である。その中で自分もきっちり「観察」されていたのだと知ると、トキヤは自分を棚に上げて感心の念を抱かざるを得なかった。


「――バレてしまっていたとは面目ない。この際ですから、ボクが考えていたことに関して少しおうかがいしたいのですが」

「どうぞ」


 白旗を上げそう問いかけると、レイカは鷹揚に手を振って応える。

 トキヤはそれでは失礼をばして、と一度咳ばらいをし、


「先ほどアカギリと名乗られましたが、お二人はあの『赤桐』の縁者なのですか?」

「ええ。縁者―― というか跡取り娘よ、私」

「…………なるほど」


 なんの逡巡も屈託もなく帰ってきた回答に、トキヤは簡素な感想とは裏腹に思わず頭を抱えたくなるような衝動に見舞われた。浮世離れしたセンス。オーダーメイドであろう服。矜持と傲慢紙一重の気質。すべてに納得のいく説明がついた気分だった。


 ――長く鎖国状態だったこの国が開国して以来始まった他国との貿易。その黎明期から関わっている由緒正しい貿易商のアカギリ一族。『赤桐』はその社号である。


 アカギリ一族は夜明け直後の国を支えた名家として有名であるが、その一方で変わった家風であることでも広く知られている。


 人々は彼の一族を女傑族、と呼ぶ。

 新文化になったとはいえ、女性の地位は男性に比べてまだ確立されきっているとは言えない。だから、アカギリの代表者もまた男性である。しかし代々の当主は皆一様にして婿養子であり、家内の実権はその妻―― すなはちアカギリ一族直系の女性が握っているのだ。男性当主はいわば傀儡であり、アカギリに婿養子に入る男性はそれを前提としなければならない。

 外側から見れば男性の矜持を踏みにじる酷な風習のように見えるが、それだというのにアカギリの跡取り娘には求婚が絶えないという。


(まぁ、表ヅラ偉そうにしてるだけで、自分ではほとんど何もしないでも養ってもらえる―― ということに気づけば、無気力で身なりだけは良い有象無象が群がってきても不思議ではないか)


 そりゃあ不躾な視線にも慣れるはずだ。トキヤは自分勝手に解釈し、ひとりでに頷いた。


「ありがとうございます。少々順序を異にしたようで、申し訳ありません」

「構わないわ。……まぁ、そういうことだから、報酬の心配はしなくても大丈夫」

「報酬の心配は最初からしていませんよ。むしろ心配だったのは、あなた方が今の時点でボクを見限って他に行ってしまわないかどうか、ということです。仕事さえいただければ、報酬は二の次です」

「随分と健気ね。でも、そんなこと言ってると足元を見られてしまうわよ?」

「自分を過小評価しているつもりはありません。きっちり仕事をこなした暁には結果に見合った報酬をいただきます。……ただ、万が一それが払いきれなかった場合、ボクの場合は多少融通が利くということです。たとえば、代わりに周りに紹介していただくとか」

「……それでも舐めた態度をとられる可能性は変わらないでしょう? 自分の価値はきちんと最初に提示しておくべきだわ。現実的な金額として。そうじゃないといつか食いっぱぐれるわよ、あなた」

「確かにお金は大事ですが、ボクらの業界では「実力の証明」が何よりも大事なんです。自分の実力を一番よく知っているのは自分ですが、自己評価だけでは認められないのですよ。外側から認められたという「評判」がなければ、特にボクのような非力な頭脳労働派は、荒事専門の同業者に仕事を持ってかれがちです」

「この街、探偵や護衛を生業にしている者たちが多いと聞いたけど、やはり競りが激しいようね」

「ええ。とにかく地道に点数を稼がなきゃいけません。そのために、どんな仕事でも完璧に成し遂げて見せる所存です」

「どぶさらいでも?」

「あなた方がどぶさらいをボクに頼むとは思っていませんが、「やれ」と仰るのならやりましょう」

「――あなたがおそらく私たちの期待にこたえてくれる人間であろうことはわかったけれど、少々皮肉が過ぎるんじゃないかしら?」

「これくらいの"あく"がなければこの街ではすぐに煤と灰に埋没してしまいます。それはレイカさんもよくご存じなのでは?」

「もういいわ。これ以上は不毛。――依頼の話をしましょう」


 コイツは手ごわい、と思ってくれたのかどうか。

 レイカは諦めたようにかぶりを振って、一段と射るように真剣な眼差しをトキヤに差し向ける。


「最初に単刀直入に言ってしまいましょうか。あなたにやってもらいたいことは、『怪異の調査』よ」

「…………」


 トキヤは押し黙る。彼はレイカの口から「怪異」という言葉が飛び出した瞬間、前途が暗闇に閉ざされてしまったかのような気分を味わった。


 ――まさか。まさか。適任というのは、そういうことなのか。

 話をすべて聞いてみないことにはわからないが、自分の"生い立ち"を知るのは、このシュトに於いては叔父のスメラただ一人だけだ。それを知っているからこそ自分を紹介したのなら、少々厄介なことになるかもしれない。トキヤはこの時初めて、尊敬する叔父を恨めしく思った。


「さっき赤桐ゆかりの者か、って訊いたくらいなんだから、私の実家のことはある程度知っていると思っても構わない?」


 沈黙を続きの催促と受け取ったのか、レイカは話を続けた。トキヤは慌てて肯定の意を示すために、首を縦に大きく振った。


「ええ。世間に知られている程度ですが」

「それで十分よ。少し私の家の内情を話すわ。……現当主は私の祖母。本当ならすでに祖母の娘の夫―― つまりは私の父が当主をしているはずなんだけれど――」

「四年前の海難事故、ですか?」


 トキヤの先取りに、レイカの表情が一瞬だけ曇る。

 トキヤがシュトにやってきて、ようやく生活にもなじんできたころの話だ。シュト沖合、やや西の大陸沿いの海上で、汽船が一隻行方不明になるという事故が起きた。この船には大陸での品評会に参加するため、赤桐の代表者であるトオル・アカギリと実権者であるキョウカ・アカギリが乗っていた。赤桐は手を尽くしてこの汽船の行方を捜したが、結局発見することは叶わなかった。


「……父はまだ帰らないわ。母も。だから、今は祖母が代表者をしているの。私が婿を取るまではね」


 まだ帰らない、と濁して口にしているあたり、レイカはまだ父母の死を認めてはいないのだろう。どの程度前のことだったかは忘れたが、トオル・キョウカ夫妻は公的には死亡扱いになった、という発表があったことをトキヤは覚えている。


「少し話がそれたわね。今は祖母が家の代表者なんだけれど、直系であるとはいえ体面を無視して祖母が代表者をやっていることの原因には―― 恥ずかしい話、祖父母の不和が関係してるの」

「お祖父様とお祖母様は仲がよろしくなかったのですか?」

「祖父が一族の当主をやっていたころは、そんなことはなかったらしいけど。一端その座を私の父に譲ったころから険悪になってしまったらしくて、ついに出奔してしまったのよ。たしか私が七歳かそのくらいの時だったと思うわ」


 言いながら、レイカは指折り数えて何度か頷く。


「……ん、間違いない。さて、多少前置きが長くなったけど、今回の依頼はその出奔した祖父に関することよ。出奔と言っても、実は祖父はずっと市内で暮らしていたの。うちに探す気がなかったから見つからなかっただけでね。――それがわかったのがつい数ヶ月前の事で、しかもきっかけは十年以上も音沙汰がなかった祖父が、いきなりうちの本家に姿を見せたことなのよ」

「十年ぶり、ですか。お祖父様はその間、何をなさっていたのでしょうね」

「知らない。祖母と結婚する前は記者だったって本人からは聞いてるけど、復帰してたのかどうか―― まぁ、それは今重要なことじゃないわ。祖父が姿を見せた時に私とフウカは居なかったから、これは祖母に聞かされた話なんだけど、祖父はいきなり現れて祖母に預けものをしたらしいの。それを持て余した祖母が従者たちを遣って祖父の居場所を調べさせて、預けものをつっかえそうとした」

「つっかえそうと、ですか」

「祖母は元々気性が荒い方だけど、何も言わずに出て行った不仲だった夫が、都合よく自分を頼って預けものをしていったりしたら、気分は悪いと思うわよ?」

「確かに。そうですね」

「それで、祖父の現住所を調べ上げた祖母は、「預り物」を持たせた従者を送り込んだの。祖父は祖母の従者の顔を見たとたん、『やはりそううまくはいかないか』って言ったらしいわ。半ば祖母の行動を読んでいたみたいね。……で、これからが本題」


 レイカは一度間を置き、浅く長く息を吐き出した。


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