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魔術師たちの昏き憧憬  作者: 美凪
魔術師たちの昏き憧憬
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魔術師たちの昏き憧憬#22


「そ、その、それはこの部屋を隠していた魔法と同じ…… なんですか?」


 トキヤより一歩下がり、トキヤの陰に隠れるようにしているフウカがおずおずとそう訊ねる。フウカはトキヤの言った「幻術」という言葉を覚えていたのだ。人形はニヤリと笑みを強め、フウカを見据えた。


『カテゴリの上ではその通りだ。性質は全く違うし、規模も違う。それに、あれはわらわがやったものではない。さすがにこの身であそこまでのものをつくりあげるとなると、ちと悩ましいことになるでな』


 やはりこの隠し部屋を作ったのは、家主であるショウダイ・マミヤで間違いはなさそうだ。トキヤはそう確信する。そしてその確信を裏付けるかのように、人形が続けた。


『話を元に戻す。わらわが訊きたいことと云うのは、他でもない。わらわをここに隠した張本人のことだ』

「……ショウダイ・マミヤ氏ですね?」


 トキヤはショウダイの名を口にしてから、三度姉妹の様子をうかがった。

 思ったほどの動揺はない。祖父の持ち家で起こったことなのだから、ある程度予想はしていたのだろう。


『左様。そのショウダイであるが…… 奴はどうしている?』


 トキヤは自分が一番に答えるべきことではないと感じ、黙った。

 姉妹はトキヤ越しに顔を見合わせる。レイカが肩をすくめ、「仕方がない」とでもいうかのようにかぶりを振った。


「――死んだわ。残念だけど」


 淡々と答えて見せるレイカだったが、その裏には痛恨の念が見て取れる。


『ふむ。やはりそうであったか。奴には申し訳ないことをした。そういう「契約」であったとはいえ』


 人形は表情を曇らせ、遺憾のため息をついた。表面上はその事実を悲しんでいるように見えるが、その所作や表情は幻術によって見せられているものである。真意は測れない。


 それよりもトキヤには気になる言葉があった。


「契約、というのは?」

『わらわとショウダイが交わした契約だ。今のわらわは呪具に属する。所有者を選ぶ立場にないが、こうして意識を保っている以上、自身の扱いに関して交渉する余地はあろう? それに、わらわが呪具であるためにも必要なことがあってな』


 呪具というのは、魔術師が一定の目的のために作りだした実用品のことを云う。目的を達するためにつくられたものであるため、その目的のために誰が扱おうとも同じ効力を発揮する。無論、それは正しい使い方を心得ていることと、相応の準備を行うことができる、という前提あればこそだ。

 人形は呪具であるが、自ら意志を持って使用者、あるいは所持者と「交渉」を行うと言う。これは呪具の本質である「目的のための道具でしかない」という定義に違っていることになるが、「交渉」は人形が呪具であるために必要になる要素でもある、と。――論理的矛盾が生じてはいまいか。


 トキヤが悩ましげな表情を見せたためか、人形は苦笑する。


『少しは知っているのだろうが、未だおまえにも知らぬことがあるだけと云うことよ。まあ、おまえならばそうそう難しいことでもあるまい。こうなった以上、いずれ知ることになるであろう』


 含みのある言葉をトキヤに預け、人形は話の流れを変えた。


『確認するが、ショウダイは死んだのだな? 間違いなくに』

「ええ、私は直接確認していないから十割断言はできないけど、少なくとも世間では死んだことになっているわ。たしかニュース・ペーパーにも載っていたし」


 レイカも曲者じみた言い方をする。人形はしばし逡巡するようなそぶりを見せると、


『まぁ、良い。わらわと奴の間に(シュ)のやり取りがあったわけではないからな。奴との契約は奴の死を以て破棄された。――ということにしよう』

「ずいぶんいいかげんな契約なのね」

『そう言われてはその通りだと頷く他はないな。なにぶん、契約といえども口約束のようなものだ。無論わらわも務めは果たしたが、奴も最期までようやってくれたものよ。厳密にはおまえたちのこの訪れこそ奴の契約違反なのだが、良き判断だった。おまえら二人はショウダイの血縁者であろう?』


 二人同時に頷く。人形が満足そうにほほ笑むと、彼女が―― 彼女の羽が纏う光が柔らかみを増したような気がした。


『ずいぶんと回りくどいやり方をしてくれたようだが、こうしてわらわを見つけてもらえたのだから、感謝をしなければなるまい。それに―― 適任者も見つかったようだしな』


 適任者、という言葉とともに人形はトキヤを仰ぎ見る。その表情はごく穏やかなものであったが、トキヤは胃を冷たい手で撫でつけられたかのような居心地の悪さを覚えた。何か嫌な予感がする。


『――さて、ここで長々と話しているわけにもいかん。おまえたちに頼みがあるのだ。わらわをひとまず安全な場所へと連れ出してほしい』


 トキヤが何かを問いかける前に、案の定人形は不穏なことを言い始めた。姉妹は「安全な場所」という言葉に不信感を持ったようだが、トキヤには何か通ずるところがあったらしい。


「ひとまず…… となると、ボクが預かることになるのでしょうか」


 思案顔でそうつぶやくと、人形は大きく頷く。


『それがいいだろう。ショウダイが死んだことを確かめた今となっては、ここに居続けることは叶わぬ。そこな女どもがわらわを持ち帰るのも危険であろう。ショウダイから辿ればすぐにでも悟られる場所だ』

「ちょっと待って。いいかしら?」


 人形とトキヤのやりとりにレイカが割って入る。訳知りの二人はそれを予期していたのか、別段驚いた風ではなかった。


「ここで流れに任せたら取り残される気がするのだけど?」

「そんなことはありませんよ。依頼のこともありますし」

「そうだとしても! いくつか確認させてちょうだい。……あなたがその不気味人形を持ち帰るって?」


 不気味人形という暴言に某か反論の言葉があがったが、誰も取り合わない。


「ええ。そのつもりです。今彼女が言ったように、彼女をここに置き去りにすることと、お二方にお預けするのには高いリスクが伴うと判断しました」

「その理由は?」

「…………この呪具とお祖父様の死に、なんらかの関連があると思われるからです」


 なるべく言葉を選んだつもりではあったが、効果は見られなかったようだ。


「その…… 根拠は……?」


 レイカの声が震えている。彼女は馬鹿ではない。トキヤの発言と、人形の今までの言動を照らし合わせて、信憑性を手繰り寄せたのだろう。それでもトキヤに訊ねる言葉には、諦念とわずかな希望が含まれていた。

 しかし――。


「お祖父様が亡くなる前にとった不可解な行動と、託された鍵。指標になった時計。彼女はここに隠されていました。しかし今回与えられた数々の現象(ヒント)は、見つけてくれと言わんばかりです。現状ではまだ穿った考えですが、お祖父様はどうにかこの地下室をお二方に見つけてもらいたかったのだと思います。そして、そうせざるを得なかった理由を考えると――」

「祖父は死期を悟っていて、そうなる前に手を打った、と言いたいのね?」

「可能性はあると思いますが」

「そこはそんな風に言わなくても大丈夫よ。……私だってそうなのかもしれないとは思った。何か―― 祖父が何かを隠していて、私に見つけてくれって言っているんだってね。そう思ったからこそ拘った。あなただって雇ったわ。でも」


 力なくかぶりを振るレイカに、トキヤはかける言葉すら見つからない。レイカの示した反応は彼の予測を超えていた。


「見つかったのはこんなわけのわからないもので? それが私たちにまで害を及ぼすかもしれない? ……そんな風に言われたら私は―― 私たちはどうすればいいのよ!? おじいちゃんはどうしてそんなものを私たちに見つけさせようとしたの? どうしてよ……」


 レイカの声は途中から激情をはらんでいた。目には涙がたまっている。

 フウカがよろよろと歩みだし、レイカと向き合うトキヤの横をすり抜け、姉に抱きついた。フウカの表情は、トキヤからはうかがい知ることはできない。慰めようとしたのだろうか。しかしそばから姉に抱き返される。涙を流す瞳には、しかし強い光が宿っている。


「トキヤ。あなたには感謝してるわ。私たちだけだったら、たぶん永遠にここには辿り付けなかった。けれど雇い主は私よ」


 トキヤはここにきて自分の失態を憂う。

 事態は確かに多数の問題をはらむ緊急性のあるものだが、それを優先させすぎた。


 慎重に裏書きを取るように事態を明らかにしていけば、トキヤは問題なく姉妹を納得させうるだけの説明をすることができるだろう。その自負もあるし、材料もある。しかしそれだけでは足りない。事務的な責任の果たし方では収まりきらない場合がある。第一、これはトキヤにとって解決すべき事柄であっても、トキヤの問題ではないのだ。


 叔父の言葉を思い出す。

 曰く、探偵の仕事のほとんどは、依頼者の疑念や勘違いに端を発するものである、と。そして探偵に求められるのはそれらの解消だ。

 簡単なケースなら、事態を説明することによって依頼者の疑念や不安を取り除くことができるだろう。しかし今回のケースは「簡単」ではない。トキヤは不透明なことがあっても冷静に優先すべき事項を判断するだけの知識と経験があるが、依頼者の二人にはそれがない。つまりは常に不安定な状態に立たされているということだ。


 状況を見れば、なるべくかけるべきではない手間だ。しかしトキヤがレイカの淡々とした態度に甘えていたのもまた事実である。


 ――後で説明すればわかってくれるだろう。そう慢心していたのだ。それまでの対応を思い出してみても酷いものである。迅速に事を進めるには必要なことであったかもしれないが、それは同時に姉妹に対する意見や意思の封殺でもあったのだ。理解できないなら理解しようとするな、とは知るものだからこそ口にできる類の「横暴」だ。


「申し訳ありません。事態を優先するあまり、お二方を蔑ろにしすぎたようです」


 表面上は親切だが、おまえはまだ思いやりというのを知らない、とは独り立ちする前に叔父に与えられた戒めのひとつだった。それを重く受け止めてなるべく丁寧に接してきたつもりだったトキヤだが、それはまだ適切な「気遣い」と呼べるものではなかったし、夢中になると度外視してしまうのはもっといただけない。


 素直に頭を下げれば、レイカは指先で涙を払い、バツが悪そうにそっぽをむいた。左手は未だフウカの背中を撫でさすっている。


「……私が合理的じゃないことを言ったのはわかってるわ。それに今、あなたをとっても困らせていることもね」


 トキヤが現状姉妹の不安を取り除くために出来ることがほとんど残されていないこともまた事実である。すでに取り返しがつかないと言えば大げさだが、レイカが不安をぶちまけた段階で手詰まりである。


「私たちには現状をどうにかすることはできないわ。だからこそ不安なの。……ごめんなさい、無駄な時間を使わせて。でもそれだけは分かっていてほしかったのよ」


 不安や疑念を晴らすために雇われた探偵が、依頼者の不安を募らせていたのでは話にならない。改めて戒めを胸に刻みつつ、トキヤは「いいえ、こちらこそ」と短い二度目の謝罪を済ませた。


『――もう構わないか?』


 探偵と依頼者の間に微妙な空気が流れ、場に沈黙がのしかかった刹那、人形が静かに告げる。


『済まないとは思っている。だが、わらわが抱えている問題はおまえたちが抱えている事情よりはるかに重要なものだ。確認ができたのなら迅速な行動を頼む』


 人形の態度は終始「偉そう」だったが、その言葉の傲慢さとは裏腹に、声には焦燥が滲んでおり、要請や命令というよりは、懇願に近い響きがあった。


『わらわも不安なのだよ。ここに居てはいつ危険に見舞われるかわかったものではないからな』


 とどめにそう言われてしまえば、トキヤとしてはその「空気の読めない」発言を嗜めることができなくなってしまう。仕方なしにトキヤはレイカに目配せをし、言った。


「改めてお願いいたします。この呪具を今夜だけでもボクに預けてはいただけませんか」

「いいわよ」


 今度は即答が返ってくる。レイカはニヤリと笑う。


「しつこいようだけど、必ず私たちにも理解できるように説明はしてもらうから。あなたならできるんでしょう? 探偵さん」


 からかうような口調だ。トキヤも平時の苦笑を見せつつ、


「ええ、もちろんです。必ず納得させてみせましょう」


 確かな自負を持ってそう答えると、レイカはフウカの肩を叩いて耳元で何事かを囁いた。

 フウカは姉の体を解放すると、ちらちらと部屋の様子を振り返りながらも、部屋を出て梯子を登って行こうとした。おそらく「先に上がっていろ」と姉に言われたのだろう。


 どことなく鈍くさいフウカのことだ。トキヤは頼りなく思って駆け寄ろうとしたが、レイカに止められた。


「大丈夫よ。落ちたりしないわ。……それよりその人形を持って帰るんでしょう? その大きなポケットにでも入れていけばいいと思うわ。ギリギリ収まるんじゃないかしら」

「ええ、はい。ですが」

「だから大丈夫だって。あの子ああ見えて私の数倍はすばしっこいし、力も体力もあるから」

「そうなんですか!?」


 性格や服装から、フウカは運動が苦手でレイカは運動もできるのだろう、と思い込んでいたトキヤは大いに驚いた。

 大げさね、と笑うレイカは言う。


「私、昔は体が弱くてね。汚染の少ない地域で暮らしてたことがあったんだけど、その頃は出歩くこともままならなかったわ。けど一緒に暮らしてたあの子は山の中だろうがなんだろうが、画材を担いで歩きまわってたのよ?」


 あのびくびくとした態度からは想像できないようなたくましいエピソードに、しばしトキヤは状況も忘れて呆気にとられてしまう。その間にもフウカは梯子を登りきってしまった。レイカもそれに続くべく、部屋を出て行く。


「――とりあえずあなたから詳細を教わるまでは、ここで起こったことは見なかったことにしておいてあげる。期待してるからね、探偵さん」


 皮肉ともとれるような一言を残して。


 ぼうっとしている場合ではない。すぐに後を追おうと歩き出そうとするが、今度はコートの裾を引っ張られた。


『忘れてもらっては困るぞ』

「ああ、すみません」


 なにやらニヤニヤと名状しがたい笑みを浮かべる人形を丁重に持ち上げ、コートのポケットに脚から入れる。――上半身が収まりきらない。たっぷりとした頭髪もあふれている。ポケットの幅が広いのでバランスは悪くはないが、これでは完全に隠すことはできなさそうだ。


『良い。中に余裕があるから、外に出るときに潜り込むことにする。ちと息苦しいが我慢しよう』

「お、お願いします」

『何、問題ない。女は強い』


 ――なんのことを言っているのか、トキヤは結局聞けず仕舞いであった。


◆◇◆


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