魔術師たちの昏き憧憬 #1
体が鉛のように重い。目覚めの時はいつもそうだ。
毎夜とりとめのない夢を見ている気がする。気がする、というのはひとえにその内容をちっとも覚えてやしないからだ。ただ起き上がるまでに数十分、沈んだ気持ちを整えるのに四、五分の時間を要することから、その夢が決して気分の良いものでない内容であることだけは察しがつく。
トキヤ・カンザキの日常は、おおむね午前十時に始まる。
職を持っている身としてはやや遅めの起床であると言えるが、別段彼が怠け者というわけではない。故郷に居たころはもう少し早い時間に寝起きしていたし、睡眠時間も律義に六時間を保っている。それなのに生活ペースが徐々に夜行性に引きずられつつあるのは、移り住んだこの町―― シュト市の在り様に原因がある。
ねんがら空を覆う灰色の雲と黒く穢れた霧。それのおかげで太陽光は遮られ、市街は常に薄暗い。昼間でも日蔭の場所は明かりなしでは歩けない。傘や外套を忘れようものなら、衣服はたちまち煤に汚れる。
トキヤがこの街に来てそろそろ六年が経つが、彼はその間一度たりともこの街の空に太陽が坐している様を見たことがない。近頃の異常な速度での技術革新の弊害によって世界中どこに行っても汚染とは無関係ではいられないが、このシュト市は大気汚染、水質汚染―― 考えうるすべての汚染が凝った有数の「汚染都市」として諸外国に名を馳せている。
――太陽の昇らぬ街。時を忘れた都市。
発展の皮肉ともとれるようなあだ名を持つ、時間の経過による昼夜の変化の乏しいこの街で暮らしていれば時間の感覚は否でも狂ってくる。このまま体内時計が狂ってゆけば、いずれ定まった六時間という睡眠時間にも影響を及ぼすかもしれない。それが最近のトキヤのもっぱらの悩みであった。
六時間睡眠。それが一番マシなのである。
トキヤは市による健康診断を毎回欠かさず受け、外出後の身体のケアを怠らないほど健康に気を遣う性質だ。その甲斐あって一度たりとも大きな病気は経験したことがないし、シュト市で暮らせば三年内にかならず患うと謂れる「公害喘息」にも脅かされずに済んでいる。
体は資本。思想を実直に体で表しているトキヤだが、なぜか寝起きだけは悪い。
低血圧なわけでもないのに、朝起きると猛烈な気分の悪さを感じ、気分が沈む。その「朝の憂鬱」がもっとも早くに収束するのが「六時間の睡眠をとった時」であるというのだ。
本人以外からすれば眉唾な話であるが、トキヤはこの「朝の憂鬱」とはシュト市に出てくる前、故郷に住んでいたころから十年来の付き合いである。自分の体と度重なる経験と検証の結果なのだから、本人にとってはそれが真理。ゆえにそれが脅かされることが心配でならない。