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魔術師たちの昏き憧憬  作者: 美凪
魔術師たちの昏き憧憬
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魔術師たちの昏き憧憬#12


「資料、ですか」

「祖父が若いころに記者をしていた、って話はしたっけ」

「ええ。覚えています」

「その所為ってわけでもないかもしれないけど、祖父は昔からマメに調べ物をして資料を作成する、って趣味というか癖というか―― があったらしいのよね。で、なかでも民間伝承の類。もっとかみ砕いてえ言えばオカルト的な話を調べて分析することに一番熱心だったわ。祖父の部屋は手書きの資料がいっぱいでね。本でも作れそうなくらいだった」


 レイカによれば姉妹がまだ幼い頃、祖父は自分でまとめた資料の内容を「怖い話」としてアレンジし、姉妹に語って聞かせたことがあったのだという。


「怖かったり怖くなかったりまちまちだったけど、フウカは毎回べそかいて――」


 そう言いながらレイカがにやりと笑うと、


「そ、そそそんなことまで言わなくても……」


 フウカがやはり顔を紅潮させながら、姉の話を遮ろうと両の手を振り回す。レイカはそれを軽く手をかざしてなだめた。


「ま、私たちの昔話は置いておくことにして、私が探してもらいたいのはそのオカルト資料集なのよ。祖父が出ていくときに部屋の本も資料も全部持ち出したはずだ、って祖母が言ってたから、処分されてないのなら残っているはず」

「一応確認としてお尋ねしますが、レイカさんはすでに一通り例の屋敷を調べているんですよね?」

「調べられるところは全部調べたつもりよ。もちろん私は素人だし見逃したところがあるかもしれないけどね。……たぶん資料が隠されているとしたら書斎のどこかだと思う」


 レイカが発する言葉には、「たぶん」や「だと思う」というような憶測じみた語彙に見合わず、ほぼそう断定している意識が透けて見える。


「……まず、その資料がすでに処分されているのではなく、隠されていると考えた根拠を教えていただけますか?」

「それは私が資料を手に入れたがっている動機にもつながるんだけど、実は祖父母の不仲はその資料に関係してるの。祖父は父に代を譲ってしばらくしてから、オカルト嫌いの祖母を気にして細々と続けていた趣味を大っぴらにし始めたわ。何日も家を空けることがあったし、なんだか蒐集癖もついちゃったみたいで、変な古書をたくさん買ってきたりとかね。それで家にいるときはほぼ自室に引きこもって、挙句自室の扉に鍵までつけてしまったの。祖父は祖母にあまり逆らわなかったけど、体裁もあるからいい加減にしろって窘められたときにそりゃあもう怒っちゃって――」

「そのまま出奔した?」

「その通り。なんでそうなったのかきっかけはわからないけど、出奔までした原因の一端があの資料にあるのだとしたら、祖父がすでにそれを処分してるとは考えにくいじゃない?」

「絶対に残っているとは限りませんよ?」

「その時はその時。プロであるなたが見つけられなかったら諦めるわよ。でも、アレを調べれば祖父が出て行かなくちゃならなくなった理由がわかるかなーって思ったもんだから、残ってると信じたいところね」

「ふむ」


 トキヤはレイカから視線を逸らし、顎を撫でつける。


 持ち込まれた事件は単純な現象の発端を調べてほしいというものだったが、それがどうしたことか、背景に潜む事情はなにかと複雑であるようだ。

 ――おそらくは怪異を解明したところで、この姉妹とすぐに縁が切れるわけではないだろう。事後処理というには大分規模の大きい「仕事」が舞い込んできそうな気配がした。


「それでは、その資料が書斎に隠されている、と思う根拠のほうは……?」

「勘」

「…………はい?」


 普段無駄に相手の感情を刺激しないようにと極力低く調整しているはずの声が裏返る。


「勘、とは」

「そのまんまの意味だけど。勘よ勘」


 勘とはまた霊的な。

 そう思わないでもないが、書斎では現に「不思議な現象」が起きている。なんとなく特別に思えるのも無理からぬこと―― とも言えるだろうか。なんにせよ、トキヤにはこれ以上叩いてもホコリが出るようには思えなかった。


「……わかりました。結局のところ依頼内容はお祖父様のお屋敷の調査、ということですね。こう―― 全体的に」

「まぁそうなるのかしら。ざっくり言うなら、私たちが「わからないこと」をなくしてほしいのよ。ちゃんと納得させてほしい。それなりの根拠を明かして、ね」


 トキヤは無意識にこめかみを突く。

 探偵の仕事などというのは依頼者の「疑い」に端を発することが多い。今回もそのケースであると言えるが、それにしても依頼する建前としてはスケールが小さいことが最大の疑問であった。しかし「真意」を聞かされたことによって、この依頼の全体図がようやく輪郭を見せ始めた。


 レイカは恐れているのだ。


 書斎で起きている得体のしれない現象を―― ではない。その現象を起こしているであろう「存在」を、である。

 レイカは現実的な思考の持ち主だ。部屋に微妙な変化が起きているというフウカの言葉を真実だと仮定した場合、何者かがなんらかの意思でそれを引き起こしているのではないか、と考えるだろう。自分の知り得ない手段で屋敷に出入りしているのだとしたら、それは彼女にとって大変な脅威だ。


 家内で出くわしてしまうことがあるかもしれないし、自分が求めている祖父の資料が持ち去られるか、あるいは狙われているかもしれない、とも考えられる。そして様々な危機的状況を想像できるが、彼女はそれに対してなにひとつ対策をとることが出来ない。「わからないこと」が多すぎるからだ。

 屋敷の状況を明らかにし、安全か否かの判断を下せ、さらに探しものを手伝ってもらえるかもしれない人材―― 確かにレイカにとって、探偵はうってつけの「お手伝いさん」だ。


(……まぁ、裏表の事情がどうであれ、「仕事だ」と頼まれれば動かざるを得ないんだが……)


「――どうしたの。報酬を上乗せしたほうがいい?」


 難しい顔で考え込んでいたのが気になったのか、レイカが唐突に俯き加減だったトキヤの顔を覗き込もうとする。


「あ、いえ。少し考え事です。報酬に関しては今は放っておきましょう。ボクが無事に仕事を全うできるかどうかはわかりませんから。――それより、もうひとつ聞きたいことがあるのですが」

「なにかしら」

「こういうことを訊くのは少し躊躇われるのですが、お祖父様は事故か自殺か、あるいは――」

「他殺かどうか?」


 再び場の空気が凝ったように重くなる。

 フウカに目をやれば、不安げに姉を見つめていた瞳が逸らされている。


「私は他殺、だと思ってるわ。あくまでも私見で」

「レイカさんは『普通の死に方ではなかった』と仰いましたが」

「何度も言うようだけど、私は詳しく聞かされていないの。ウチの人間からの人づてで聞いた話。なんだか後ろから"すごく大きくて強い何か"にぶつかられたみたいだって。体のあちこちがひしゃげていて、それはそれは凄惨だったそうよ」


 淡々と話すレイカだが、顔色は良くない。


「確かに事故や自殺にしては―― ですね」

「私がこの目で確認したわけじゃないから定かではないけど、話通りならそう思うわ」

「なるほど。ありがとうございます。それと、不躾なことを訊いてしまって」

「いいわ。必要なことなんでしょう? あなたって必要以外はあまり口にしなさそうだものね」


 正確には必要な要素かどうか見極めるためでもあったが、トキヤはそれ以上言葉を足さなかった。


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