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貴族的書店改造計画

作者: 京本葉一

 私は、とある小さな書店の常連さんです。

 とある中型書店の立ち読み常習者でもありますが、それはとりあえずおいておきます。


 数年前より、ワンピース、ナルト、ブリーチ、ジョジョリオン、金田一少年の事件簿、範馬刃牙、といった漫画や、「小説すばる」という雑誌などを、その小さな書店で購入するようになりました。

 近くには新しい大型書店があるにもかかわらず、どうして昭和の雰囲気が漂う、大きな地震がきたら崩壊しそうな角地ビルの一階にある、古臭い小さな書店に通っているのか。店主が美人だとか美少女だとか、そういう理由ではありません。売り場面積の五割強が18禁の出版物で占められていたからでもありません。


「あんまり流行ってない店で買い物をすると、金回りが良くなるよ」


 という話を知ったからです。

 試してみてどのようなデメリットがあるのかを考え、「雑誌ならとくになんもない」「どこで買おうともワンピースには違いない」「なにをどう間違っても百万円の壺を買わされることはない」という答えを導き出しました。

 損害がないのならやってみようと考えた私は、流行ってなさそうな書店に通いました。

 月に二回か三回ほど訪れ、通い続けること数年。

 私は宝くじに当選することもなく、なんにもないまま平穏無事に常連さんへと成長を遂げました。



 三年ほど通った頃でしょうか。

 心境の変化があり、私は図書館で本を借りることを中断しました。

 小さな書店の常連になる以前より常連であった、図書館通いをやめたのです。



「中古でいいよ、無料って最高だよ」


 そんな信条が揺らいだのは、「小説家になろう」さんに登録させていただき、多くの作品を無料で読ませてもらっていたこともあるでしょう。

 これは買わんと悪いね、と思うまでに楽しみ続けていた私は、よくよく考えてみました。

 選挙権もある大人ではあるが、主婦ではなく、主夫でもない。安ければオールオッケーでもよいのだろうか。自分だけではなく、世の中全体の経済について考えるべきではないだろうかと。


 社会を身体でたとえると、お金は血液にあたる。うまく回っていれば健全といえる。どうやって大動脈や大静脈の流れをよくするか、については政治家や企業家の仕事だろう。

 ならば、社会の末端構成員たる私にできることはなにか。

 バリバリと仕事をしてお金を稼ぎ、どーんと税金を納めることが最良だとは理解しているが、いまできることはなんであろう。停滞している感のある毛細血管ならば、それなりの貢献ができるのではないか。


「流行っていない店で買い物をすると金回りがよくなる」


 ここにきて思い出すことになるとはおもいませんでした。

 社会のほうかよ、個人の財布じゃないのかよ、と勝手に落ち込んだりもしました。


 ちょうどその頃、TVアニメ『まおゆう 魔王勇者』が某局にて放送されていました。以前より興味があったため第一話を視聴し、見事にやられてしまったにも係わらず、私は第三話を見逃しました。

 あの箱の中身はなんだったのか?

 魔王は村長になにを見せたのか?

 気になってしまった私は、通いなれた小さな書店を訪れ、薄っすらとホコリを被っていた『まおゆう 魔王勇者 ①』を救出することにしたのです。


 水であれ、血液であれ、お金であれ、本であれ、停滞すると汚れてしまう。


 お金を使うのなら本がいい。なにより続きが気になる。

 小さな書店にて密やかな社会貢献をすることに決めた私は、お財布と相談しながら『まおゆう 魔王勇者』の全五巻を一冊ずつ購入していきました。

 そして、外伝が書店に置かれていなかったこともあり、となりにならんでいた『ログ・ホライズン』に手を出しました。

 それは「小説家になろう」にて無料で読ませてもらっている作品のひとつ。あらためておもしろいと感じたうえ、義理を果たせたような気もします。


 ひとつ、またひとつと買い、四巻まで手にしたときです。

 店には五巻までしかない、六巻は注文しなければ、と考えて、私は閃いたのです。



 この小さな書店ならば、自分好みに改造することが可能ではないだろうか?



 大型書店と比較すれば売り上げ額は少ない。

 百万円のなかの千円より、一万円のなかの千円のほうが価値は大きい。

 ようするに私は、なかなかの影響力をもっている。


 選択と集中。


 小さな書店において、すべての出版物を扱うことは不可能。

 客のニーズに合わせて発注しなければならない。

 今でこそ三割ほどに落ち着いたものの、売り場面積の半分強をエロス要素で占めるなど客のニーズに応えつづけた結果に違いない。あれがすべて店主の趣味だとは信じたくない。


 自分好みの本を、注文して買い続けることで、書店を改造できるのでは?


 趣味を満喫し、小さな書店の売り上げに価値ある貢献することで、末端構成員として世の中の役にも立つ。お金の使い方としては文句がない。それが無料で読みつづけた「小説家になろう」のお気に入り作品であるならば、完璧といっても過言ではない。


 私は自転車のペダルをこぎながら小さく笑みを浮かべました。


 店主は注文を嫌うだろうか。いや、それを嫌っては商売人ではない。むしろ店の前に「☆注文大好き☆」と張り紙があってもおかしくはない。

 クリックひとつで届けられる時代において、わざわざ書店に出向き、店主に説明をして注文を頼み、届くのを待ち、ふたたび書店へと買いに走る。

 それでいて、書店改造がうまくいく保証はない。

 もし仮にうまくいったとして、とくになにも意味はない。


 なんという無駄。

 なんという貴族的趣向。


 アホなことをアホと理解しつつ考えるのは、なかなかに爽快なものでした。



 が、私は甘かったのです。私が『まおゆう 魔王勇者①~⑤』『ログ・ホライズン①~④』を買ったことで生まれた空白スペースに、『シーカー ①~⑤』と『いい加減な夜食 ①②』が並んでいたのです。


 店主に、先手を打たれました。


 読んではいませんでしたが、私は『シーカー』が「小説家になろう」の作品であることを知っていました。念のために調べましたし、『いい加減な夜食』のほうもチェックしました。どちらもアルファポリスさんの「なろう作品」です。


 おそらく、私を狙って発注したのでしょう。

 たしかに九冊も買い続けていれば、「こんなのはどうだい?」と狙いもするでしょう。


 なかなかの衝撃でした。


 出版されているお気に入り作品を注文する、という計画でしたが、そこはやはり我がフィールド。他に本を買うのなら「なろう作品」を優先して買いたい、という心情もあったわけです。

 買うべきか、買わざるべきか。

 私は新たな問題と『ログ・ホライズン⑤』を持ち帰りました。


 買おうかなぁ、買っちゃてもいいかなぁ、と迷っていましたが、結局、「すいません。六巻は増刷中らしくて、まだ届いてないんですよ」という展開になり、空振りした私は『シーカー ①』を購入しました。

 当然、読みました。

 新感覚を味わいました。

 果てしなくノンブレーキな展開にのまれ、①~⑤まで買い揃えました。


 ときには冒険もしてみるもの。

 気をよくした私は『いい加減な夜食』にも手を出しました。

 女子向けの作品なのでしょうが、ヒロインのじれったさに惹き込まれ、後半は一気に読まされてしまいました。「女子はドS王子が好きなのかい?」そんな捨てゼリフを感想として、『いい加減な夜食 ②』も買いました。じれったいにもほどがあるヒロインです。「どうしてお前はそうなるんだ!」と感情を揺さぶられ、やはり一気読みです。


 私は店主の期待に応えました。

 もちろん『ログ・ホライズン ⑥』も購入しています。


 そうして私は、後悔とは無縁のまま、ついに『ウォルテニア戦記 ①②③』を注文しました。


 なかなか届きませんでした。



 空白だったスペースが、また埋まります。

 今度は『ルーントルーパーズ 自衛隊漂流戦記』と『僕の嫁の、物騒な嫁入り事情と大魔獣』です。

 どうしてお気に入り登録している『月が導く異世界道中』が入ってこないのか?

 おそらく小さな書店に回ってこないくらい増刷中なのでしょう。

 さすがは上位ランクの人気作品です。


 まったく知らなかった「なろう作品」でしたが、それは前回とて同じこと。私は攻めました。途中、「文庫本って安いよね」という思いから『陽だまりの彼女』と『葉桜の季節に君を想うということ』も買って寝不足になりましたが、私は冒険をやめませんでした。『僕の嫁の、物騒な嫁入り事情と大魔獣』は手にとることをためらう表紙でしたが、『シーカー』等々で抵抗力もついています。きっちり攻めました。読んでキュンとなりました。



 ようやく届いた『ウォルテニア戦記』も読み終えて、少しばかりWeb投稿版を読み返したりもして、私はふたたび書店に向かいます。

 目的は「ナルト」でしたが、そろそろ『月が導く異世界道中』も入っているだろうと期待していました。「小説すばる」も読み終えていないため、とくに急いでもいません。


 ただ、私はやはり甘かった。


 もはや私専用のコーナーともいえる場所が、五割増しに拡充されていました。お気に入り登録作品はひとつもありませんでしたが、「小説家になろう」さんのトップページにある、出版作品紹介でみたことのあるタイトルが、合計で十冊くらいならんでいました。


 書店改造計画が前進した、喜びが二割。

 お財布事情が気になり、困惑が八割。


 計画を思いついたものの、後先のことなんてまったく考えていなかった私は、それでも、波が来ていることはわかっていました。


 新しいレーベルもつくられ、「なろう作品」の出版がどんどん増えている。

 新しい時代の波に、時代に取り残されたような小さな書店がのっかろうとしている。


 私は計画を修正しました。


 なにもすべてを買う必要はない。計画は無理のない範囲で実行していけばいい。小さな書店とはいえ、漫画を買いにくる若者たちがいるのは間違いない。類は友を呼ぶ的なアレで、いずれは私以外の購読者があらわれるだろう。

 とにかく店主を萎えさせてはいけない。お気に入り作品に義理を果たすことは遅れてしまうが、冒険をしよう。そもそも出版されている以上、おもしろくないということはまずない。デビュー作ならなおさらだ。おもしろくないとすれば好みの違いで、そんなに好き嫌いがあるほうでもない。


 自分はただ、趣味を満喫すればいい。

 新しい波を大波とせんがためにも、この小さな書店で微力をつくそうではないか。



 私は買いました。


『邪神に転生したら配下の魔王軍がさっそく滅亡しそうなんだが、どうすればいいんだろうか』


 読みました。

 近々、間違いなく二巻目を買うことでしょう。 


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