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旅と出逢い。




「はーっ!」


 祥は大きく溜め息をついて座り込んだ。大きな荷物はクロードが全て持ってくれているが、やはり悪路を長く歩くのは辛い。


「大丈夫か?」


「…なんとか」


 口では大丈夫だと言えるが、足裏の血豆を始め、身体のあちこちが痛い。


「…ったく。異郷の地、しかもこんな不毛な谷では俺の力もなかなか回復しないし。本当だったらひとっ飛び、というところなんだがな」


 クロードの方は全く疲れている様子は見えない。いや、見せないのだろうか。とにかく普通にしているように感じられる。


「すみません…私、足手まといですよね」


 いつ敵が来るか分からない中、早く都につかなければならない。クロードは煩わしく思っているかもしれない。


「…まあ正直に言うとそうだ。しかしお前には重要な役目がある。苦労して連れて行く甲斐はあるだろう」


 気休めを言われても祥はきっと気に病むだろう。しかし今のようにハッキリと言われてもやはり落ち込むのだった。


『…役目…か』


 自分の価値はそんなものか、と自覚したような、虚しい心持ちがした。


 そんな感情を誤魔化すためにも、祥は血の滲んだ足の包帯を変えた。


「…っ」


 体力がないわけではない。むしろ普通の女性よりあるほうだ。しかしこの土地は石がごろごろと転がり荒れきっている。



「人間とは大変なものだな。俺には全く分からん」


 確かにクロードには全く分からないかもしれない。しかし、辛い思いをしていた祥には、その言葉は嫌味にしか聞こえなかった。


「分からなくて結構です!足手まといにならないように頑張りますから、もう喋らないでください」


 少ない休憩をした祥は、溜め息をついて歩き出した。そんな彼女を見てクロードは首を傾げるのだった。


「…分からないな」




‡†‡†‡†‡†‡†‡†‡†




 祥とクロードが黙って歩いていると、だんだん辺りが暗くなってきた。


 暗くなる前に野宿の準備をしなければいけない。クロードも同じ事を考えたのか、立ち止まった。祥は薪になる小枝を集めようと周りを歩き出した。


 ここは珍しく森になっていて、祥は少し嬉しくなった。土が足の裏に優しいし、木々の湿った匂いが心地いい。


『いつもよりたくさん集められそう!木莓なんかもあるかな…。あ、良さそうな小枝!』


 祥は小枝を拾うために屈んだ。危険が近づいているとは知らずに。


「えっ…」


 勢い良く立ち上がった祥の目の前には…10人ほどの男達が立ちふさがっていた。


 彼らの容姿は薄汚く、着ている着物もボロボロだ。眼と持っている刀だけがギラギラと光っている。


「女がこんなところにいるとはなぁ」

「暗くてよく見えねぇがかなりの上玉だぜ」


 そこら中から聞こえる下品な笑い声、向けられるいやらしい目線に祥は立ち竦んでしまった。恐怖で動けないし声も出せない。


「そうそう、動くなよ。いい子にしてれば優しくしてやるからよ」


 そこでまた笑いが起きる。男達はじりじりと祥に近づいてきた。まるで祥の怯えきった表情を楽しむかのように。


『…もう駄目だっ!もう…無理』


 祥は震える手で懐剣を取り出した。男達が舌打ちをする。祥を急いで捕らえようとしてきたが、懐剣が喉元に向いた瞬間、男達は吹き飛んだ。


「…え…?」


 やっと出たかすれた声は、男達の叫び声にかき消された。


 男達は大きな狐に襲われていたのだ。橙色の美しい毛並みの狐。


「祥っ!!」


 唖然とする祥を呼ぶその声に、祥は安心して、ほっとして、気を失ってしまった。







†‡†‡†‡†‡†‡†‡†‡




 狗の背中に乗って、ほとんど走りっぱなしで3日間…やっと祥の気配を狗が感じ取れるほど、彼女の近くに来た。


「なあ、聞こえるか?祥の匂いの周りに知らない男の匂いが纏わりついている。危ないかもしれない」


 はっきり言って、煌貴は狗に乗っているだけでももう精一杯だ。体力の限界が近づいていた。


「…分かった…早く向かおう」


 しかし祥が危険と聞けば、そんなことも言ってられない。煌貴は力を振り絞った。




 案の定、祥は山賊かと思われる男達に囲まれていた。


「くそっ…!!穢らわしい者共めが!成敗してくれる」


 狗が鼻面に皺をよせ、牙を見せてうなる。よほど怒っているのだろう。煌貴を乗せているにも関わらず、男達にすごい勢いで向かっていった。


「うわっ」


 さすがに煌貴は掴まっていることが出来なくなって狗から転げ落ちた。


『祥を助けなければ!』


 煌貴はすぐさま立ち上がり、祥の元へと駆け寄った。


「祥!!」


 祥は懐剣を持って震えている。まずは安心してもらおうと煌貴は祥の手をとった。すると祥はこちらを見てはいないが、安心した表情で崩れるように倒れてしまった。


 怪我をするといけないので煌貴は急いで彼女を抱き留めた。


「…っ……」


 こんなときに不謹慎なのだが、小さい頃に抱っこしあったときとは違い、女性らしくなった祥の身体に煌貴は戸惑った。


 戸惑ってしまった自分自身に嫌悪を感じながら、煌貴はゆっくり祥を横たわらせる。


 苦しそうな様子も出血もないので、煌貴はひとまず安心して狗に加勢した。




‡†‡†‡†‡†‡†‡†‡†




「くっ!!」


 祥は跳ね上がるように起き上がった。まだ身体が震えている。沢山の上着がかけられていたので寒いわけではない、恐怖による震えだ。


 辺りを見回すと、くすぶった焚き火の周りにクロードや煌貴、何故か女の子の姿の狗が眠っていた。祥は安心して溜め息をついた。


『悪い夢を見た…』


 森で遭遇した危険が、過去の辛い記憶を思い出させたのだろう。幼い頃にうけた恐ろしい嫌がらせを夢に見てしまった。


『煌貴…来ちゃったんだ…』


 いつも煌貴に助けられてばかりだと祥は苦笑した。そして、また男達や夢を思い出してしまい、祥は膝を抱えた。食いしばった口からは情けない声が漏れる。せめて皆が起き出さないように、祥は声を殺して泣いた。昔もよく使用人の部屋でこうして泣いていた。




 しばらくして、祥はやっと気持ちが落ち着いてきた。しかしまた眠る気にもなれずぼーっとしていると、クロードがゆっくりと起き上がった。


「起こしてしまいましたか?」


 クロードは首を横に振る。


「あの…ごめんなさい」


 かなり足手まといになってしまっただろうと思い、祥は謝った。


「………」


 クロードから返事はない。


「もしかして怒ってます?」


「………喋るなと言われている」


 クロードは聞こえるか聞こえないかの境で小さく呟いた。


「あ……そうでした…。もういいです、答えてください」


 まだ覚えていたのかと祥は軽く呆れた。


「怒ってはいない」


「あの…もしかして山賊には気づいてましたか?」


「気づいていた。喋る必要はなかったから伝えなかったが、やはり伝えていた方がよかったな」


 だからあの時クロードは立ち止まったのだろうかと祥は考えた。何も考えずに歩き回るような軽率な行動をしてしまったと祥は苦い顔をして俯いた。


「まあ、無事だったのだろう?ならよいとしないか」


 クロードが祥へと歩み寄る。そして冷たい目をして言った。


「なあ、祥。お前を守ってくれる人間はもういることだし、お前は玉を探せ。俺は別行動をしたい」


「え…?」


 あまりに唐突に言われたので祥は呆然とした。


「聞こえなかったか?」


 クロードは片眉を上げて怪訝そうな顔をすると、屈んで祥の耳元に顔を近づけた。


「お前には玉を探してきてほしい。俺はその間竜に協力を求めに行く。いいか?」


 聞き慣れない艶めいた低い声に、耳の皮膚だけでなく、頭も粟立ってしまったようだった。


「大丈夫です!聞こえています!」


 赤面して慌てる祥をクロードは不敵に笑いながら立ち上がった。


「煌貴と美月殿の狐がいれば大体の人間相手は楽勝だろう。それは既に証明済みだから、安心してお前を預けられる。俺も何の気兼ねなくさっさと旅を進められる」


 言っていることは確かに妥当だが鋭い言葉に祥の心にはちくりと痛みが走った。


「そう…ですね」


 そんな祥の気持ちを知ってか知らずか、クロードはスッと祥に背を向け歩き出した。


「分かったならいい。玉の方はよろしく頼んだ」


 クロードはそう言うと、暗闇に溶けるように遠ざかっていった。


 あまりにあっさりと、呆気なく行ってしまったので、祥はただ何もせずその場に座っていることしかできなかった。







†‡†‡†‡†‡†‡†‡†‡




「ったく!!何なんだよあいつは」


 朝も早いのに、煌貴は怒りを露わにして大声を出している。


「五月蠅いなぁ。疲れてるくせにそういう元気はあるんだからよくわからない」


 祥の一行は狗が近くの森で捕まえてきた仔鹿を調理して朝ご飯にしていた。狗は相変わらず少女の格好だが、食べる量や口調は煌貴以上だった。


「まあまあ煌貴、本当のことだから仕方ないよ」


 祥は小さく微笑んで煌貴を見た。


「…でも、祥を護ってほしいってあいつには言ったはずなんだ。あんな危険な目にあわせるなんて最悪だよ」


 煌貴は祥の笑い方が気に入らなかった。何年も一緒にいるだけあって、これは辛いのを隠す笑い方だと煌貴は気づいている。


「他人任せなお前が悪いんじゃないか?」


 狗が険しい表情で挑発する。可憐な少女の顔でもなかなか迫力があった。


「…な、なんだと!?」


 煌貴は上手い具合に挑発に乗った。お互いに睨み合う。


「ぐるるるる」

「うー」


 見た目だけは少女の狗と、それに対して本気で睨む煌貴の姿が滑稽で、祥はついに笑ってしまった。胸に温かいものが広がるような、そんな笑い方だった。


「あ、祥が笑った」


 それに気づいた狗は、早々に睨み合いを切り上げて祥に飛びついた。


「わっ」


 祥は驚いてはいたが、まんざらでもない様子で狗を受け止めた。


「くよくよしないでさ、もうすぎたことなんだし」


 ゴロゴロという音が聞こえそうなくらいにご満悦な表情で狗は祥に抱きついた。


「…ねえ、本当は男の子なんだよね」


「うん、でも今は女の子だし」


 そういう問題じゃない、と煌貴が叫んだが狗は見事に無視した。素知らぬ顔で祥の胸に顔をうずめたまま、狗はしばらく動かなかった。


「昨日のこともあるし、祥が怖がっちゃうといけないから僕はしばらくこの格好でいようと思う」


 すると急に、祥を見上げ先ほどとは違い、真面目な表情で狗が呟く。祥は一瞬驚いた顔をしたが、少し瞳を潤ませて微笑んだ。


「…ありがとう、嬉しい」


 泣きそうになってしまったことが恥ずかしかったり、狗の言葉が嬉しかったりで、祥は思わず狗をぎゅっと抱きしめてしまった。


「むぐぅ」


「…う」


 煌貴が悔しそうに頭を抱えているのは祥には全く見えない。小さな狗の抱き心地が思いのほか良くて、祥はそのまま彼(彼女?)を抱きしめた。


「ん〜っ!!んっ!」


 しばらく温かい感覚に浸っていた祥だが、狗が苦しそうにもがきだしたので慌てて離した。


「ご、ごめん、つい…」


「色んな意味で、極楽浄土に昇っちゃいそうだった」


「…やっぱり、女の子なのは見た目だけだね」


 なにやら辛そうな煌貴を除いて、朗らかに一行の時間は過ぎていった。



†‡†‡†‡†‡†‡†‡†‡




「ねぇ、煌貴…。来てくれたのは嬉しいんだけど、本当に来て良かったの?」


 祥が獣の姿の狗の背中に乗りながら煌貴に尋ねた。祥の足はかなり傷ついていたので、狗の背中に乗せてもらったのだ。狗は「やっぱり野郎を乗せるより、可愛い女の子がいいね」と快諾してくれたので、祥も気兼ねせずにいられた。


 煌貴は少し困ったような笑顔で答えた。


「俺は良かったと思ってる。こうして祥と一緒にいられるし」


「そういう問題じゃないよ」


 祥も煌貴と同様、何年も一緒にいるだけあって、煌貴が何かをはぐらかそうとしていることは分かっているのだ。


「煌雅様も紗奈様もきっと引き止めたはずだわ。どうやってここまで来たの?」


 煌貴はしばらく黙ってしまった。祥は少し心配になって声をかけようと口を開いたが、煌貴が手で制したので小さく頷いて黙った。


「確かにそうだ。自分の子じゃないとも言われた。でも俺は美月様に言われて気づいたんだ。祥を助けなきゃって」


 それから煌貴はここに至った経緯を祥に語り始めた。







†‡†‡†‡†‡†‡†‡†‡




「そんなことがあったの…」


「ごめん、勝手に来てしまって。でも俺はこれでよかったと思ってるんだ」


 煌貴はしっかり前を見ながら言う。祥には煌貴の横顔しか見えなかったが、真剣な表情をしていた。


「…煌貴がいいなら私に何かを言う権利はないわ。でも一つだけ約束して」


 祥は狗から静かに降りて煌貴の正面に立って彼の顔を見据えた。


「今すぐ帰れとは言わない。でも絶対、なるべく早く無事に家へ帰って」


「…わかった」


 祥には親という存在はよく分からない。しかし少なくとも煌雅や紗奈は煌貴を愛していた。そんな親を突き放して煌貴は来てしまったのだ。祥は心配になってきた。


「大丈夫、アイツはしぶといから」


 狗が祥の背中に鼻を押しつけた。


「しぶといってなんだよ!?」


「害虫みたいになかなか死なないっていうこと」


 狗と煌貴はまた口喧嘩を始めてしまった。相変わらず狗が一枚上手なのだが煌貴も食い下がる。


「はいはい2人とも、そのままじゃ日が暮れるよ」


 しかしそんなやりとりに慣れてきた祥の言葉で睨み合いは中止された。


「そうだな、クロードに負けないくらい急がなきゃな」


 煌貴は荷物を持ち上げ歩き出した。慌てて祥は狗に跨がる。朝の清々しい空気はだんだん暖かく心地いいものへと変わろうとしていた。




‡†‡†‡†‡†‡†‡†‡†




「…あれは…商人ではないな」


「しかも大きな獣に乗っているぞ」


 物陰から一行を見つめる複数の瞳…。暗闇に上手く隠れて姿は見えないが、聞こえる声は老いたものから若いものまで様々な齢の男達の声だった。


「あの獣は竜の遣い…もしや…。皆、手荒いまねをしてはいけない。丁重にお迎えしろ」


「はっ」


 次に聞こえたのは張りのあるよく通る男の声。若いようだが皆それに従っている。


 頭を垂れる男達を一瞥し、その声の主は立ち上がった。草で覆って隠してある見張り台から猫のように静かに飛び降りる。


 そして一吹きの風を浴びると、その姿が日に照らされた。


 昔は上等であったと思われるボロボロの着物をかなり崩して羽織り、汚れてはいるが端整で美しい顔を天に向けている。


 顔には何かの刺青、耳にはキラキラと光るモノの耳飾り…そして黒い瞳の奥に光る青…。かなり風変わりな容姿の青年は口元にニヤリと笑みを浮かべた。無邪気で輝くような笑い方だ。


 そしておもむろに首に下げた美しい翡翠色の勾玉を天に掲げる。勾玉は光を反射して輝いた。すると天から同じようにピカピカと何かが輝きながらすごい勢いで降りてきた。


「美月からの遣いか?近頃は来客が多いのう」


 降りてきたのは青年と同じくらいの背丈の小さな竜。薄藤色の鱗がとても美しい。緑の瞳が好奇心旺盛な輝きを宿している。まだ幼い子供らしく、声も可愛らしいのだが、口振りは年寄りじみていた。


「まだ分からないけど、迎えに行こうと思う」


 青年は竜の鼻面を撫でながら呟いた。






※2月26日に内容を訂正しました


閲覧ありがとうございます



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