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記述あらそい

掲載日:2026/10/16

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ここのところ、紙の本もだいぶ値上がりしたと思わないかい?

 ひと昔前はワンコインで買える単行本とか、そこそこあったのになあ。少し背伸びをしたものだとケタがひとつあがってしまう。

 電子書籍になって、紙がいらないとなれば値段も下がるかなあ、と思っていたけれど紙と比べて大差ない値段設定なものもしばしばだ。儲けとか、いろいろ考えたら仕方のない事情もあるのだろうけれど。

 我々が見るのは本の内容。されど触るのは個人の持つ端末。これから先、もっと多くの仕事や作業が端末ひとつの身体でこなされることになろう。これまでの道具たちが集めていた手垢も、どんどん端末へ集中していくだろうな。

 物を扱う。はるか昔から行われているが、自分が一から作ったものでない限り、自分の手元へ来るまで誰がどのように扱ったか分からないのがやっかいだ。

 本に関しても同じだ。図書館という不特定多数が集まる場に置かれる本、いったいどれほどの経験を経て、しまいにはどんな力を宿すに至るのか。

 僕のむかしの話なのだけど、聞いてみないか?


 あれは、いつしかの課題の調べものだったな。

 家の中じゃゆっくりやるのが難しくって、図書館の自由研究用スペースを借りて、作業をしたのを覚えている。

 百科事典も項目ごとに何冊か持ってきてさ。机の上へ寝かせていたんだ。必要なとき、いつでも手にとれるようにてね。

 自分の家と違って誘惑も少ないし、作業は着々と進んだ。すでにいくつか本を開いていたけれど、全行程のなかばほどで、はじめて手に取る一冊があったのだけど。


 その一冊、つかんだだけでも重さを感じた。

 いずれの百科事典も分厚いし、運ぶときに相応に重いことは承知している。けれど、その本はこちらが力を加えるより先に、自らのヘビーぶりをアピールしてきたんだ。

 いったん手を離せば、嘘のように重さが消える。自分が疲れているとかではなさそうだけど、そのぶん本の異様さが際立った。

 気味が悪いけれど、用事はある。僕は本を引き寄せて、お目当てのページを開く。

 調べたかったのは、ある植物にかんすること。世間的にはマイナーな部類に属するが、いまならたぶんネットで検索かければ、すぐ出るんじゃないか?

 ゆえに、具体的な名前を明かすことはここじゃ避けたい。ヘタな名前も他の植物の学名なりともろ被りするかもだし、ここは開き直って「A」と呼ばせてもらう。


 Aは僕の住んでいる地域の民間療法で、ときたま名前が取り上げられる。

 ひとことでいえば、風邪の特効薬だ。

 しょぼいと思う人もいれば、すげえと思う人もいよう。市販の風邪薬と一線を画すのは、これが有象無象の病原菌によって起こされた風邪の症状のとき、こいつを飲めばおおよそ一晩で体調を確実に回復できるしろものだった。

 熱、鼻水、頭痛、腹痛その他たくさん……人がおおよそ、風邪の症状だと考えるものへ、てきめんに効いた。

 そんなもん、はやく確保しろ。ノーベル賞もんだろ、と思うのは無理ないところだが、こいつは健やかな心身を持つ者の前には、絶対に現れない。少なくとも現在のところは。

 体調を崩した者が食するもの、仮に何も食べずとも摂取した水の中へ突如として現れて、身体へ飲み込まれていくんだ。

 違和感を覚える者はときおりいて、吐き出そうと思ったものの目の前に転がるも、その姿は一瞬でかき消えてしまう。その姿は先端を切り取った葉ねぎによく似ているらしい。


 患者の口内に突如として現れる、謎の特効薬。個人的には植物と認められるかも怪しいが、昔からそう伝わっている以上、大事にとりあつかうべきだろう。

 それについて記事をまとめようと、事典の中から必要な箇所を調べて、かき出していく。

 正直、聞いたこともない情報がたくさん載っていた。

 Aは、尊き神様の小便を浴びた土地から生えたのだとか、元は悪神退散のために作られた武器であったが悪神はその姿を知るや、今に伝わる病魔へ変じて人々の目には容易に判断できない状態となったこととか、それがために例の植物も身体のうちから必要な分だけ生じるようになったとか……。

 ほとんど、おとぎ話のような内容だと思いつつも、このような記述もあるのだと記載はしておく。

 だが、問題はそのあとに起こった。


 それから一時間ほどで作業の区切りがついたのだけど、いざ見直しをして、例のAの部分の記述がぽっかり抜けているのが分かったんだ。

 鉛筆での下書き段階とはいえ、今回僕は消しゴムを使っていない。なのに、消し跡をまったく残さないまま、ぽっかりとスペースがそこの部分だけ開いている。

 書き損ねた? いやいや、書いた記憶はしっかりある。

 あらためて書き直そうと、さっきの事典を手に取った。今度は他の本と大差ない重さで、先ほどまでの不可解な感触がない。

 そしていざ開いてみると、Aの記述がぽっかり消えているのさ。すぐ後ろの項目が、あたかも最初からそこにいましたよ、といわんばかりに間を詰めている。

 結局、Aについては引用元がなくなったことで、凡百な内容におさめざるを得なくなったよ。


 記事の編集合戦が起きるのは、ネット社会では珍しくないが、必ずしもデジタルな場の特権ではないかもしれない。

 アナログな場でも編集合戦が起こっている。おそらくは人間業ではない技術の持ち主たちの間で。

 多く消されてしまうだろう情報の中で、運よくめぐり合った者たちが、あとあとの伝説なりを残していくんじゃないかなあ……などと考えてしまうんだよ。

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