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『バックオーライ ケッカオーライ』10秒だけ時間を戻せる新米刑事。倫理観ゆるめでサーセンね。  作者: 団田図


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第3話 新米刑事と黄色の日 ③

 海果月みかづきショッピングモールの方角から、巨大な火柱が天を衝くように立ち上っていた。まるで特撮映画のワンシーンを見ているかのような、現実感のない光景。だが、頬を撫でる熱風と、遅れてやってきた衝撃波が髪を激しく揺らす感覚は、紛れもない現実だった。

 黒煙がもくもくと空へ昇っていく。その禍々しいシルエットは、平和な休日を食らい尽くす巨大な怪獣のようにも見えた。


 俺のことをクレイジーだと? 心外だな。俺はただ、少しばかり諦めが早く、そして少しばかり「やり直し」が効く体質なだけだ。

 俺は立ち上る黒煙を見上げた。爆発の勢いで膨張し続けるその黒い雲は、まだ形を変え続けている。

「俺ってそんなにクレイジーかねー?」

 呟きと共に、俺は素早く瞬きを三回繰り返した。


パチパチパチ バック!


 その瞬間、世界が裏返る。

 吐き気を催すような浮遊感。視界の景色がビデオテープを急速に巻き戻すように歪み、音が逆再生の不協和音となって鼓膜を叩く。色彩が溶け合い、光の帯となって俺の身体を過去へと引きずり戻していく。

 『バック』。

 それが俺の能力だ。三回の瞬きをトリガーに、時間を十秒だけ巻き戻すことができる。

 たった十秒。されど十秒。

 意識が暗転し、そして再構築される。


『……こんちくしょー!』


 無線機から、懐かしくも騒がしい声が聞こえてきた。

 杵塚先輩の声だ。生きてる。いや、正確には「まだ死んでいない」時間に戻ってきたのだ。

 俺の心臓は早鐘を打っていたが、声色にはおくびにも出さず、俺は無線機の送信ボタンを押した。

「先輩? まだ大丈夫っすか?」

『生きてはいるが、大丈夫ではない! 遺書を残そうと家族にメールを打とうとしているところだ!』

 先輩の切羽詰まった叫び。その背景には、刻一刻とカウントダウンを進める爆弾の電子音があるはずだ。

「何度も取り込み中に、さーせん。ところで犯人が爆弾の解除方法を吐いたっす」

『本当か!? よくやった! 早く! 早く! それを言ってくれ!』

 食い気味に返ってくる先輩の声。

 隣にいる犯人が、驚愕の表情で俺を振り返った。

 無理もない。この世界線の彼は、まだ何一つ喋っていないのだから。沈黙を守り、勝利を確信してニヤついていたはずの刑事が、突然「犯人が吐いた」などと嘘をつき始めたのだ。

 (は? 俺は何も言ってねえぞ……?)

 そんな心の声が聞こえてきそうだ。だが、俺は構わずに続ける。さっきの「未来」で、こいつ自身が得意げに語った真実を。


「あのーっすね、さっき言った4本のケーブルを正しい順番で全て切るってのはウソで、本当は爆弾の裏にある黄色いコードを切れば解除できるみたいっす」


 一瞬の沈黙。無線越しの空気が張り詰める。

『……爆弾裏の黄色いコードを切るんだな?』

 先輩の声が低く、慎重になる。

『もう一度繰り返す! 爆弾裏の黄色いコードを切るんだな? 間違えないな? え? どうなんだ?』

 さっき俺は適当な色の順番を教えて、一度先輩を爆死させているが、今回は正しい。はずだ。

「《《これは》》合ってますよー。あいかわらず慎重ですねぇ先輩。ちなみにホームパーティーへのご招待はパスでお願いしゃす」

『《《これは》》ってどういう意味だ? それに、ホームパーティーへ誘おうとしてたのをなぜわかったんだ?』

 先輩が動揺する気配が伝わってくる。以前の雑談で、事件が解決したらホームパーティーを開きたいと語っていたのを思い出したのだ。そんなプライベートな「未来の予定」を言い当てられたことで、俺の言葉に奇妙な信憑性が生まれたらしい。

『まあいい、しかしよくやった! 信じるぞ、兎木緒ときお君! 切るぞ!』


 ブツリ、と通信が切れた。

 俺は無線機をダッシュボードに放り投げると、犯人の横に並び立った。

 二人して、遠くに見えるショッピングモールの巨大な建物を凝視する。

 犯人の額には脂汗が滲んでいた。

「おい、刑事……お前、何を、どうなってやがる? 裏のコード、なんで……」

 俺は答えず、ただ静かに秒数を数えた。

 さっきの世界線なら、もうとっくにドカンといっている時間だ。

 だが、静寂は保たれている。

 風の音だけが、耳元を通り過ぎていく。


 そして、無線が再び鳴動した。


杵塚きねづかより本部! 海果月ショッピングモールに仕掛けられた爆弾の解除に成功しました! タイマー停止! 脅威は去った。繰り返す! 脅威は、去ったぞ! 兎木緒君! よくやった!!』


 歓喜に震える先輩の声が響き渡る。

 その瞬間、犯人は膝から崩れ落ちた。

「嘘だ……そんな、バカな……」

 地面に手をつき、絶望に打ちひしがれる男。自分の完璧な計画が、なぜ露見したのか理解できない様子だ。

「どうして、どうして、どうしてわかったんだ! 誰にも言ってないのに! おまえ、人の心を読めるのか?」

 恐怖すら滲ませた目で俺を見上げてくる。

 心を読める? まあ、惜しいけどちょっと違う。

「まさかぁ。そんなことあるわけないじゃん」

 俺はしゃがみ込み、男の目線に合わせてニヤリと笑った。

「解除方法はさっき自分で言ってたよ。人ってさ、言っちゃいけないことほどポッと言っちゃうことってあるじゃない? きっとそれだよ」

「言ってた……? 俺が? いつ……?」

 混乱の極みにある犯人は、さらに別の疑問を口にした。

「さっきのカーチェイスもそうだ! おれのスーパーカーに追いつくはずなんてないんだ。あのポンコツパトカーで、時速180キロの俺に張り付いてきやがって……! お前、プロのレーサーだったとかか?」


 レーサー? とんでもない。

 俺は肩をすくめた。

「運転はペーパードライバーなんだよね。覆面パトカーなんて今日初めて運転したし」

 ただ、結構苦労はしたよ。君の車に追いつくために、何度「バック」したことか。

 カーブを曲がりきれずに壁に激突しては、パチパチパチ。

 対向車と衝突しては、パチパチパチ。

 道を見失っては、パチパチパチ。

 あのカーチェイスの裏には、数十回に及ぶ事故の積み重ねがあるのだ。最後の仕上げ、犯人の車をスピンさせて停止させる体当たりに至っては、タイミングがシビアすぎて二十回はやり直した。

 アメリカの警察密着番組の動画でしか見たことのないあの大技。実際やってみるとメッチャ難しいんだよ、アレ。何て言う技か知らないけど、とにかく成功するまで繰り返しただけの話だ。


「まぐれってやつかなぁ。ビギナーズラックってやつ?」

 俺は男の腕を引いて立たせた。

「そんなことより、署まで行くよ。ほら立って。それから、クレイジーの称号はお返ししときますね」

 何を言っているのか訳の分からないといった表情の犯人は、もはや抵抗する気力も失ったようでおとなしくなった。俺は犯人をパトカーの後部座席に押し込み、海果月署へと車を走らせた。


***


 海果月警察署に戻ると、署内はお祭り騒ぎだった。

 俺が犯人を留置所へ引き渡し、刑事課のフロアに戻ると、そこには英雄の帰還を祝う輪ができていた。その中心にいるのはもちろん、杵塚先輩だ。

「やっぱラッキーカラーが大切なんだよ! 表のケーブルの4色の中に黄色が無かったのは変だと思ったんだよね僕。うん、”めざめるTV”の占いは当たるよー」

 先輩は同僚たちに囲まれ、身振り手振りを交えて武勇伝を語っていた。占いのせいにしているが、あの極限状態で裏のコードを切る決断ができたのは、先輩の胆力があってこそだ。……まあ、俺の情報がなければ今頃みんな黒焦げだったわけだが。


 杵塚先輩が俺の存在に気づき、人垣を割って足早に駆け寄ってきた。

 目の前へ来るなり、俺の両手をガシッと掴み、激しく上下に振った。握力が強すぎて骨が軋む。痛いって。

「おかえり兎木緒君! 待ってたよバディー! 犯人を捕まえるわ、僕の命を助けるわで、君は刑事初日に凄い事をやってのけたよ。とにかくありがとう!」

 先輩の目は潤んでいた。本気で感謝してくれているのが伝わってくる。

 違う世界線とはいえ、俺の軽率な嘘のせいで杵塚先輩を一度は殉職させてしまった事実が、胸の奥に小さな棘のように刺さる。後ろめたい所があって素直に喜べないが、結果オーライということで自分を納得させるしかない。


「いやいや、杵塚先輩こそ凄いっすよ。犯人とすれ違った時の素早い判断や、危険を顧みずに爆弾の解除に向かう雄姿。勉強になったっす」

 俺がお世辞抜きでそう言うと、先輩はまんざらでもない顔で頭をかいた。

「えへへ。そ、そうか? 兎木緒君にはまだまだ警察官としての資質が足りないところがあるからね。まずは僕の背中を見て感じてほしいと思っていたんだ。今日はそれが少しでも伝わってくれたようで、僕はとてもうれしいよ」

「警察官としての資質っすか。ういっす」


 資質、か。

 確かにこれだけ熱意ある人の近くで働いていたら、俺も少しは考え方を変えられるのかもしれない。

 というのも、俺はこの特殊な能力のせいで、昔から「モラルが欠けている」だとか、「倫理観が低い」だとか、そういう類の事を周りの人からよく言われてきた。

 その特殊な能力とは、先ほども使った『バック』。

 マバタキを連続で3回行うと、時間を10秒前に戻すことができる能力だ。

 この能力には制約がある。10秒戻った後、例えばその2秒後にすかさず再度能力を使っても、さらに10秒過去へ戻ることはできない。最初に10秒戻った時点が「セーブポイント」のような限界点となり、そこから経過した2秒分しか戻れないのだ。つまり、過去への無限遡行はできない仕様になっている。


 なぜこんなありえない能力を持ってしまったのかは、わからない。

 ただ、幸か不幸か、血気盛んで多感な学生時代にこの能力を使いすぎた事が原因で、俺の人格は普通の人のそれとは大きくズレてしまったようだ。

 例えば、友人に酷い暴言を吐いて傷つけても、パチパチパチとやれば「なかったこと」にできる。

 テスト中に頭のいいクラスメイトの答案用紙をのぞき見しても、戻ればおとがめ無し。

 ジュースじゃんけん無敗。

 どんなに人としてありえない行動をとったとしても、即座にリセットできる万能感。それは、ある種の空想と現実、二つの世界を行き来するような感覚だった。その境界線が曖昧になり、俺の中で「責任」や「後悔」という概念が希薄になっていった。性格が歪んでいった自覚はある。

 そしてそれが原因で、俺の本質を直感的に悟った友達は、どんどん離れていってしまった。


 かくして、学生時代のある日、俺はふと思ったのだ。

 (このまま成長すると、俺はろくな大人にならないだろうな)

 かろうじて残っていた理性がそう告げていた。だから俺は、自分自身を律するために、あえて最も規律に厳しい「正義」を重んじる警察官になることを決めた。

 外側からガチガチに固められたルールの中に身を置けば、少しでもこの曲がった性格を矯正できるんじゃないか。

 目の前にいる、情に厚くて、暑苦しいほどに志の高い杵塚先輩。この人に付いていけば、こんな俺でもなんとかなるのだろうか。

 見捨てられないように、できるだけ食らいついていこう。改めてそう思った。


「杵塚先輩! 今後ともご指導よろしくお願いしゃっす!」

 俺が珍しく腹から声を出すと、先輩は満面の笑みで応えた。

「よし! いい心がけだ兎木緒君! じゃあ早速、その気合を入れるために武道場へ行って柔道で汗を流そうじゃないか。僕が直々に稽古をつけてやる!」


 ……あ、それはちょっと。

 俺は、逮捕術の基礎として警察官の必須科目となっている柔道を、仕方なくやっているだけで好きではない。むしろ男同士で密着して汗臭いのが嫌いなくらいだ。

 さらに言えば、俺の柔道の実力は5級。黄色帯を巻いている初心者同然だということを知られたら、先輩の指導熱がさらに上がりそうで恐ろしい。「まずは受け身の千本ノックだ!」とか言い出しそうだ。


 俺はそれを回避するため、すかさずマバタキを3回行った。


パチパチパチ バック!


 視界が歪み、一瞬で時間が巻き戻る。

 俺の口が「今後ともご指導……」と言いかける直前の時間だ。


「よし! じゃあ早速……」

 先輩が何かを言いかけたその瞬間、俺は素早く言葉を被せた。


「あ、杵塚先輩! そういえば定時なんで、俺帰りますね?。お疲れっしたー!」

 俺は先輩が反応する隙を与えず、素早く敬礼すると、脱兎のごとく出口へと向かった。

「え? あ、おい兎木緒君!? バディーの絆を深めるために稽古を……」

 背後で先輩の戸惑う声がしたが、聞こえないふりをしてドアを閉めた。


 俺はこんな調子で、とても厳しいと言われる警察学校や交番勤務を難なく、のらりくらりとやり過ごしてきた。

 性格を矯正したいと言いつつ、結局こうやって都合の悪いことはリセットしてしまう。ちなみに今後も能力を封印するつもりはない。だってあると使いたくなっちゃうんだもん。

 車を持っているからすぐ近くのコンビニまで車で行く。

 スマホを持っているから知らないことがあればすぐその場で調べる。

 それと同じだ。便利なツールがあるなら使う。それが俺の流儀だ。


 こんな甘い考えでも、俺は変わりたいとは思っている。思ってはいるが、「しかし」ってあるじゃない?

 警察官としての正義感と、リセット可能な倫理観。

 この矛盾を抱えたまま、俺の刑事生活は続いていく。

 はたしてこの先どうなることやら。

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