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『バックオーライ ケッカオーライ』10秒だけ時間を戻せる新米刑事。倫理観ゆるめでサーセンね。  作者: 団田図


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第23話 青春消滅狂嵐曲 ②

 そして迎えた、祭り当日。

 海果月みかづき神社の境内は、夕闇と共に幻想的な空気に包まれていた。

 参道に吊るされた無数の提灯に明かりが灯り、その下には焼きそば、たこ焼き、りんご飴といった極彩色の屋台が軒を連ねている。ソースの焦げる香ばしい匂いと、祭囃子のピーヒャラという音が、人々の高揚感を煽っていた。


 大鳥居の下。

 翔琉かける、貴之、洋介の男三人は、そわそわと待ち人を待っていた。

 三人の服装は、ダボっとした暗い色のシャツやパーカーに、ダボっとしたズボン。当時の田舎の中学生男子における精一杯の「オシャレ」だったが、華やかさの欠片もない。

「遅いな……」

 貴之が腕時計を何度も見る。

「おい、来たぞ!」

 洋介が声を上げた。

 人混みを割って現れた女子三人組を見て、翔琉たちは息を呑んだ。

 そこには、普段学校で見ているジャージ姿の彼女たちはいなかった。

 白、ピンク、水色。涼しげで艶やかな浴衣に身を包んでいる。

 髪は複雑に編み込まれてアップにされ、キラキラと光る髪留めが提灯の光を反射している。さらに、校則で禁止されている薄化粧まで施しており、唇は濡れたように艶めいていた。

 (誰だ、あれ……?)

 同級生のはずなのに、まるで大人の女性のように見える。

 その圧倒的な「女子力」の前に、翔琉たちは完全にたじろいでしまった。


 貴之が顔を赤くしながら、なんとか声を絞り出した。

「か、加奈かなちゃん。こんばんは。今日は来てくれてありがとう」

 中心にいたピンクの浴衣の少女、加奈がにっこりと笑う。

「こんばんは貴之君。誘ってくれてありがとう。楽しみにしてたよ」

 貴之はぎこちなく俺たちを紹介した。

「こいつら、俺の友達の洋介と、翔琉」

 翔琉は目を合わせられず、軽く頭を下げてボソッと名乗った。

「……どうも」

「ふふ、よろしくね。一緒にいる私の友達は、沙紀さきと……なな子」


 え?

 翔琉は弾かれたように顔を上げた。

 加奈の後ろにいた、水色の浴衣の少女。

 髪をアップにしてうなじを見せ、薄くピンクのリップを引いたその顔は、紛れもなく幼馴染のなな子だった。

 (嘘だろ……?)

 家で見る姿とは似ても似つかない。

 あまりの変貌ぶりに、翔琉の心臓がドクリと跳ねた。可愛い、と思ってしまった。

 だが、そんな素直な感想を口にできるはずもない。

 翔琉は動揺を隠すように、いつもの憎まれ口を叩いてしまった。

「えっ? なんでなな子(お前)がいんだよ」

 最悪の第一声だ。

 言った瞬間に後悔したが、もう遅い。

 なな子の柳眉がピクリと跳ね上がった。

「なによその言い方。私で悪かったわね。こっちだって翔琉君が来るなんて聞いてなかったっつーの」

 なな子も負けじと睨み返してくる。

 その様子を見ていた洋介が、ニヤニヤと茶化してきた。

「おっ? なんだなんだ、二人は知り合いか? なんか仲良さそうじゃん」

「「どこが!!」」

 翔琉となな子の声が綺麗にハモった。

 息ぴったりの否定に、周囲が一瞬静まり返り、すぐにクスクスという笑いに包まれた。

 翔琉となな子は顔を見合わせ、同時にお互いプイッと顔を背けた。耳まで真っ赤になっているのが自分でも分かった。


「ま、まあまあ、行こうぜ!」

 貴之が場を取り成し、男女六人のグループは神社の奥へと進んでいった。


 賑わう参道を歩く。

 貴之と加奈はいい雰囲気で話している。洋介も沙紀と何か盛り上がっている。

 翔琉となな子は、なんとなくグループの最後尾を、無言のまま並んで歩くことになった。

 浴衣の袖が触れそうになるたびに、翔琉は意識してしまう。

 いつもなら「邪魔だ」とか軽口を叩けるのに、今日はその水色の布地が聖域のように見えて、不用意に近づけない。


 しばらく進むと、射的の屋台が見えてきた。

 コルク銃で景品を落とす、祭りの定番だ。

 貴之が足を止めた。

「おっ、射的じゃん。やろうぜ!」

 貴之は加奈にかっこいいところを見せようと、張り切って提案した。

「洋介、翔琉、勝負しようぜ。誰が一番いい景品取れるか」

 それは、貴之を立てるための出来レースの合図だった。

 洋介と翔琉は目を合わせ、小さく頷いた。

「おう、乗った」


 まずは貴之。100円を払い、3発のコルク弾を受け取る。

 彼は真剣な眼差しで銃を構え、パン、パンと撃った。

 見事、キャラメルの箱と小さなマスコットを撃ち落とした。

「やった! これ、加奈ちゃんにあげる」

「わぁ、ありがとう! すごいね貴之君!」

 加奈が手を叩いて喜ぶ。作戦成功だ。


 次は洋介。彼は空気を読む男だ。

 狙いを定めるフリをして、わざと狙いにくい重心の重いフィギュアを狙い、派手に外した。

「うわー、惜しい! 全然だめだわー」

 道化に徹する洋介。沙紀が「あーあ、下手くそ」と笑う。いい感じだ。


 最後は翔琉の番だ。

 おばちゃんから銃を受け取る。

 狙うのは、当然外れやすそうな端っこのガムだ。

 翔琉は適当に構え、引き金を引いた。

 ポンッ!

 放たれたコルク弾は、狙ったガムの横をすり抜け――あろうことか、背後の棚に飾ってあった「特賞」の札がついた巨大なクマのぬいぐるみの足元に命中した。

 不安定に置かれていたぬいぐるみは、バランスを崩してグラリと揺れ、そのままドサリと下に落ちた。


 カランカランカラーン!

 おばちゃんが鐘を鳴らす。

「はい大当たりー! お兄ちゃん凄いねぇ! 特賞だよ!」

「えっ……?」

 翔琉は固まった。

 おばちゃんが巨大なクマのぬいぐるみを抱えて渡してくる。

 加奈と沙紀が目を丸くし、歓声を上げた。

「すごーい! 翔琉君、天才!? あれって絶対落ちないようになってるんだと思ってた!」

「ヤバいっ! マジかっこいい!」

 女子たちの注目が一気に翔琉に集まる。

 しかし、翔琉の背中には、冷たい視線が突き刺さっていた。

 一つは、主役の座を奪われた貴之からの、怨念めいた視線。

 そしてもう一つは、なな子からの視線だ。

 彼女は喜ぶことも騒ぐこともなく、ただ静かに目を細め、翔琉をじっと観察していた。

 (またやったわね。ズルをしたんでしょう?)

 そんな声が聞こえてきそうな、全てを見透かす目。


 まずい。

 このままでは貴之の顔が立たないし、なな子にはまた「インチキ野郎」だと思われる。

 翔琉はクマを受け取る直前、瞬時に決断した。


 パチパチパチ バック!


 視界が歪む。鐘の音が逆再生され、ぬいぐるみが棚に戻り、コルク弾が銃口へ吸い込まれる。

 意識が再構築される。

 時間は、翔琉が銃を構えた瞬間に戻っていた。

 隣には貴之がいる。まだ希望に満ちた顔をしている。


 翔琉は呼吸を整え、今度は銃口をわずかにずらした。

 絶対に当たらない角度へ。

 引き金を引く。

 ポンッ!

 弾は何も無い空間を切り裂き、虚しく壁に当たって落ちた。

「あーあ、外しちった。やっぱ貴之には敵わねーわ」

 翔琉は大げさに肩をすくめて敗北宣言をした。

 貴之の表情がパッと明るくなる。

「へへっ、ドンマイ翔琉。ま、俺の実力ってことだな!」

 場が和む。

 翔琉はふと、なな子の方を見た。

 彼女は小さく息を吐き、呆れたように、しかしどこか安堵したように微笑んでいた。

 (バカね。わざと外したんでしょ)

 そう言われた気がした。

 やはり、あいつには敵わない。


 射的が終わると、いよいよ祭りのクライマックス、花火の時間だ。

 「いい場所知ってるんだ」と貴之が加奈の手を取り、人混みを抜けていく。

 それに続いて、洋介と沙紀も「私たちも飲み物買ってくるー」と言って姿を消してしまった。

 あっという間の出来事だった。

 気づけば、境内の片隅に、翔琉となな子の二人だけが取り残されていた。


「……みんなどっか行っちゃったね」

 なな子がぽつりと言った。

 周囲はカップルや家族連れで溢れかえっている。

 二人きり。

 急激に意識し始める翔琉。

 何か気の利いたことを言うべきか? それとも追いかけるか?

 頭をフル回転させたが、正解が分からない。こんな時こそ『バック』を使って会話のシミュレーションをしたいところだが、なな子の前で不自然な挙動は命取りだ。

 翔琉は、観念して言った。

「なんか人混みに疲れちゃったな。……あそこのベンチ、座らないか?」

 指差したのは、神社の裏手にある、大きなクスノキの下のベンチだ。そこなら祭り囃子も遠く、静かそうだった。

「うん、いいよ」

 なな子が素直に頷く。


 二人はベンチに腰を下ろした。

 その距離、約30センチ。

 触れそうで触れない、微妙な距離感。

 遠くでドーン、ドーンと花火の打ち上げ音が聞こえ始めた。木々の隙間から、鮮やかな光の輪が夜空に咲いては消えていくのが見える。

 沈黙が痛い。

 

 夜空に大輪の花火が咲くたび、一瞬だけ昼間のような明るさが訪れ、そしてまた深い闇が二人を包み込む。

 三〇センチの距離。

 翔琉は、横に座るなな子の横顔を盗み見た。

 浴衣姿の彼女は、いつものジャージ姿の幼馴染とはまるで別人だった。髪をアップにし、うなじを見せ、薄く化粧をしたその姿は、十三歳の少年を狼狽させるには十分すぎるほどの破壊力を持っていた。

 今までただの「腐れ縁」だと思っていた。だが、今の自分の心臓の鼓動は、明らかに友人に抱くそれではない。翔琉は、自分がなな子を「異性」として強烈に意識してしまっていることに驚き、戸惑っていた。


 (……あぶねー。もし貴之が狙ってたのがなな子だったら、俺、今頃どうなってたんだろ)

 貴之の目当てが加奈ちゃんでよかった。なぜか心底ほっとしている自分がいる。

 それにしても、貴之のやつ、今頃うまくやっているだろうか。もしあいつに彼女ができたら? 洋介も沙紀ちゃんといい感じだった。

 自分だけ置いていかれるのではないか。そんな焦燥感が、祭りの熱気にあてられた頭の中で膨れ上がる。


 翔琉は拳を握りしめ、ある結論に達した。

 ――告白しよう。

 急だが、この雰囲気ならいける。それに、俺には最強の保険がある。

 もし断られたら? 気まずい沈黙が流れたら?

 その時は「バック」すればいいじゃないか。何事もなかったことにして、ただの幼馴染に戻ればいい。

 最初は、そんな軽い気持ちだった。

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